南沢くんと深瀬くんの交換日記。


「類のやつ、ちゃんと書いてくれたよな?いや、さすがに書いただろ。あいつなら、うん。あー見えて、なんだかんだ優しいからな、あいつ……」

翌朝、家を出て駅のホームに到着。ブレザーのポケットに手を突っ込んで、黄色い線の内側に立っている俺は、さっきから不審者ばりにブツブツと独り言を呟いている。

だって!我ながらめっちゃアホなこと書いたなと思って!

まずは、俺から何か書かなきゃ……。
そう思って、『今晩のおかずは、ちくわの磯辺揚げが食べたい』なんて。

うおぉぉぉい!マジでどうでもいいこと書いてんな、俺っっ!
母さんに宛てたご要望メモかよ!

駅のホームには人がたくさんいるのに、思い出しては頭を抱えて悶える始末。

『紙の無駄づかい。時間の無駄づかい。』

類にそうノートに書かれても、しょうがない。

……あー、自分の語彙力の無さを呪うわ。

いくら考えても、後の祭り。過ぎてしまったことを悔やむのをやめて、ポジティブシンキングを心がけることにした。

「……バレンタインかぁ」

残りあと、6日。
俺が誰かからチョコをもらうことは……たぶん、ない。少なくとも女子からはない。それは分かってる。

男子からは……うん、そうだ。
あんなものはチョコじゃないからいらないんだった。

だから、こんな砂漠化した心を潤わすために、交換日記という清く瑞々しさがあるものを始めたのに、出だしの俺がこんなんでどうするんだよ……!

「くそー、青春してぇー」

俺、いつになったら恋人できるんだろう。
高校では無理として、大学デビューとか、就職してからの運命の出会いとか、あるのかな?

はぁ……ダメだ。
果てしなく遠い未来な気がしてきた……。

──プシュー。

俺が天を仰いで絶望している間に、目の前に電車が停まっていた。
気を取り直して車内に乗り込んで、扉の横をキープ。気休めにスマホの画面をスクロールしていくけど、SNSのキラキラした投稿なんて、今の俺には毒でしかない。

そういえば……類って、彼女作らないんだよな。なんでだろう、あんなにイケメンなのに。

中学2年の時だったか。可愛い女子から告白されてるのをたまたま見かけて、その時あいつ、好きな人がいるとかで断ってたな。

中3になってからも何度か告白されてて、また、好きな人がいるって言って断ってた。

類に好きな人、ねぇ。
うーん、そういう話とかしたことないし、されたことないからアレだけど……。

たぶん、告白を断る時に使うよくあるセリフなんだと思う。
だって、あいつ、シンプルに恋愛とか興味なさそうだもん。いっつもミステリー小説ばっか読んでるし。犯人が誰なのか、推理するほうがよっぽど興味ありそう。

……てか。
そもそも、なんで類と親友になったんだっけ?

あれは、たしか……中学の入学早々のこと。
廊下側の一番後ろの席で、一言も喋らずに難しい本を読んでた類に、俺が「それ、何語?」ってバカ丸出しの質問をしたのがキッカケ。

周りのやつらが「深瀬って、イケメンだけど
なに考えてるか分かんないし、怖くね?」って遠巻きにしてる中で、俺だけがあいつの隣の席を陣取って、毎日毎日、飽きもせず話しかけ続けた。

​「お前、うるさい。少し黙ってろ」って何度言われたか分からない。でも、そう言いながらも類は、俺の隣からいなくなることはなかった。

俺がテストで赤点を取りそうになれば、無言で自分のノートを貸してくれたし、俺が部活で空回りして凹んでた時は、放課後の教室で黙って最後までそばにいてくれた。

​類にとって、俺は、手のかかるバカなやつなんだろうけど。
俺にとっての類は、俺の騒がしい声を真っ向から受け止めてくれる、かけがえのない存在なんだ。

ホント、優しいんだよな、あいつ。
いいやつなんだよな、類って。

​「──おっと」

​突然、ガタンっと電車が大きく揺れて、バランスを崩す。
ふとスマホから顔を上げると、少し離れたドア付近に、見慣れたシルエットがあった。

​「あれ……類じゃん」

​登校時の、すし詰め状態の満員電車。
なのに、あいつだけはモデルみたいな長身を崩さず、国宝級に整った横顔を本に向けている。人混みに紛れていても、類だけはスポットライトが当たってるみたいにすぐに見つけられるんだ。

​なんだ、こんな近くにいたのか。

でも類は、たぶん俺には気づいてない。器用に片手で小説を持って、眉間に少し皺を寄せて活字を追ってる。あの集中力、テスト勉強の時に少しは俺に分けてほしいもんだ。

​『──次は、○○駅、○○駅です』

​アナウンスに弾かれるように、俺は人の波に押し出されてホームに降りた。
階段を駆け下り、改札を抜ける。
通学路に出ると、人の邪魔にならないよう端に寄って、後ろから歩いてくるはずの類を探した。

​あ、いた。
人混みの中で、一際目立つあいつの背中に向かって、俺は大きく手を振る。

​「おーい! 類っ!」
「……友」

​俺の声に気づいたのか、類がスッと顔を上げた。
こっちを見た瞬間、あいつの整った眉がほんの少しだけピクッと動く。あ、あれは間違いなく「また朝からうるさいのが来た」って顔だ。でも、無視しないで足を止めてくれるのが、やっぱり類は優しいところだと俺は思っている。

​「……朝から元気だな、お前は」

​類は読みかけの文庫本をパタンと閉じると、ポケットに突っ込んで俺の隣に並んだ。
朝の冷たい空気の中に、類がいつも使ってる、ちょっとだけ柑橘系っぽいシャンプーの匂いが混ざる。

​「だって、お前見つけたから!電車の中、近くにいたのに気づかなかっただろー。俺はすぐ分かったけどな!」

​「……そうか」

​「あ、もしかして俺に気づいてて無視した!?ひどい!これだからイケメンは冷たいんだ!」

​「自意識過剰。本に集中してただけだ」

​類は呆れたように前を見据えて歩き出す。俺も慌ててその横に並んで、短い足をせっせと動かした。

歩きながらも、俺の頭の中は交換日記のことでいっぱいだ。
……っていうか、もうそれしか考えられない。

​書いたかな?
いや、類なら書いてくれたはず。でも、あの磯辺揚げの件……今思い出しても恥ずか死ぬ……!

​「ねぇ、類」

​「なに?」

​「……あの、さ……例のやつ、持ってきた?」

​俺が上目遣いで、もじもじしながら聞くと、類は一瞬だけ歩く速度を緩めた。
それから、俺の顔を見ることなく、鞄の中に突っ込んだ手をガサゴソと動かす。

​「……忘れるわけないだろ。お前があんなに強引にねじ込んでいったんだから」

​「おぉ!さすが類!愛してる!」

​「……変なこと言うな。ほら、返してやる」

​類が鞄から取り出したのは、昨日、俺が渡した、あの場違いに可愛らしいパステルカラーのピンクのノート。
それを受け取ろうとした瞬間、俺の指先が、類の冷えた指に微かに触れた。

​「あ、冷たっ。類、手袋してないじゃん!霜焼けになっちゃうぜ?」

​「……平気だ。それより、早く行こう。校門が閉まる」

​類はパッと手を引っ込めると、少しだけ歩幅を広げて先に行ってしまった。

あ、待ってよ!
俺の足じゃ追いつかないってば!

​俺は受け取ったノートを胸に抱えて、走り出した。
類はどんなことを書いたのか、期待半分、不安半分。バクバク心臓が騒ぎ始めた。
きっと、走ってるせいでもあるんだろうけど。





「はよー、南沢!相変わらず、今日もチビで可愛いな!なぁ?山田」

「そうそう、川島の言うとおり。身長もだけど、南沢ってけっこう可愛い顔してんだよなー。お前が女だったら付き合ってたわ、マジで」

教室に入るなり、クラスの山田と川島が俺に向かってそんなことを言ってくる。

あのさ、キミたちそれ……セクハラだよ?

よく話すし、悪いやつらではないけど、たまにこんな冗談を言ってくるから、ちょっとイラッとする。

そりゃ、確かに俺、小柄だし?男っぽいより女よりだなっていうのは自分でも認めるよ。
その証拠に、小学生まで女によく間違われてたからな。



……って!

今は、そんなのどうでもいい!日記の返事!それが大事!

「お前ら、あとで覚えとけよ」

一応根に持つ俺は、そう言い捨て、気持ち悪くニヤニヤしている山田と川島を突破すると、自分の席についた。  

うぉし!授業が始まる前に読んでおかなきゃ!

隠すように、机の中の教科書に挟んでカモフラージュをしながら、俺はこそこそとノートの中身を確認する。

「うわ、やば、字うまっ」

俺のあっちこっち向いた字とは正反対の、綺麗に整列された字に思わず声が出てしまう。
顔だけじゃなくて字までイケメンとか、あいつのスペックどうなってんだよ。

勉強もできるし、運動神経だって悪くない。おまけに声だってイケボで声優にでもなれるんじゃね?っていうぐらいだし。

神様は二物を与えないって聞くけど、あれは嘘だ。神は二物も三物も四物も同じ人物に与えやがる。俺にもその半分とまではいかなくていいから、ちょっとだけでいいから、身長が伸びるようにして!お願いします!

……って、そうじゃなくて。

今度こそ集中して、類の書いた字を目で追う。

え、えっと……。

『やっぱり、想像した通りアホな文章だな。ちくわとかどうでもいい。お前はちくわより野菜を食え』というツッコミが書かれていた。

「うっ……」

わあぁぁぁ……!
類にちくわのこと触れられたぁぁぁ……!

はずっ!めっちゃはずっ!
俺が書いたんだから当たり前だけど、やっぱりその返答を見ると、顔から火が出そうなほどだ。

恥ずかしさに耐えきれず、足をドタバタ床に足踏みさせたあと、二、三回深呼吸をして続きの文に視線を戻した。

『ノートの一番後ろを見ろ。それ、お前にあげる』

​え、一番後ろ?

​書いてある通り、一番後ろのページを開いてみた。すると、文房具屋のロゴが入った細長い小袋が、セロハンテープで上と下にわりとガチガチに止められている。

​「……なんだ? これ」

​薄い紙越しに、何かシャーペンらしき棒状の感触がある。
まさか、類が昨日、買いたいものがあるって言ってたのってこれか?

​──ペリッ……カサカサッ。

​袋を破らないように慎重に開封してみると、中から出てきたのは、やっぱりシャーペンだった。しかも、類とこの前、となり町の文房具屋に行った時、「俺が書きやすくて欲しい」って言ってた銀の重みのあるシャーペンだ。

これ……類、あいつ、わざわざ俺のために……?

「る、類!」

急いでシャーペンを手に持ち、類の席に向かう。俺の慌てている様子とは裏腹に、落ち着いた綺麗な仕草で小説を読んでいる類を見て、胸の奥で何かが弾けた。

──トクン。

「へ?は?なに?……は?」

「……なんだよ。シャーペンの文句か?」

「い、いや、全然そうじゃなくて!いや、その……うぅっ!」

俺を真っ直ぐに見る類。いつものポーカーフェイスなのに、口元がちょっとだけ緩んでいて、目も何だか優しくて。

あ……なんだ、これ?
俺……どうした?

さっきよりも、もっと激しく心臓がドキドキしてる。

え、俺、病気?

「……友?おい、本当にどうした?まさか、熱でもあるんじゃないだろうな」

類の長い指が俺のおでこに伸びてくる。自分でも何がなんだか分からないけど、気づいたらその指を払っていた。

「い、いいって!熱なんてない!いたって元気!超元気だから!と、とにかく、シャーペンありがとうな!類」

「……べつに。これといって意味なんかないけど、それでお前の下手くそな字が少しでもマシなればいいって思っただけ。たまたま、そこに用があったし……」

「なっ……」

なるほど~!
なんだぁ、そういうことか!

俺が欲しがってたシャーペンを、俺のためにわざわざあんな遠くまで買いに行ってくれたかと思ったぜ!

「そのシャーペンで、交換日記の返事書けよ。お前から始めたんだから、最後までちゃんとやれ」

「おっ……おう!あったり前!」

「……次は、くだらないこと書くなよ?」

「わ、わかってるって!」

……そうだ。
買ってくれたことに変わりはないんだ。
礼はちゃんとしなきゃ、だよな?うん。

「類、今日一緒に帰ろうぜ?そんで、ファミレスで奢ってやる」

「……いいけど」

「そんじゃ、決まりな!」

俺は自分の席に戻り、ドキドキした心臓を落ち着かせようと、しばらく静かにしていた。