(………………暇だ)
遊園地でのアルバイトを始めてはや一ヶ月が経過しようとしていた。
当初は平日は清掃員。土日祝でマスコットキャラクターの着ぐるみの中の人として働く予定だったのだが、マスコットキャラクターというのは案外やることが多いようで、平日はマスコットキャラクターとしての動きの練習であったり、パレードの講習などが忙しく、清掃員としての勤務は今までに一度もしたことがない。
一応清掃員としての制服はもらってはいるのだが袖を通したことはなく、袖を通したのはこの変なマスコットキャラクターの着ぐるみだけだ。
そもそも俺は剣道一筋だったため、この遊園地に遊びに来たことがない。
そのためこの遊園地のマスコットキャラクターと言われてあまりピンとこなかったが、思い返してみれば何度かテレビのCMで見たことがあるような気がする。
ほぼ黒に近い茶色の毛並みに、一九〇センチメートルはあるであろう大きな体。むき出しの牙と鋭い爪には何故か真っ赤な何かがこびりついており、それはまるで何かを殺めた後についたであろう返り血であった。
”血みどろベア”
それが俺が中身をしている遊園地のマスコットキャラクターの名前だ。
そしてはっきり言ってかなり人気がない。
それはこの怖すぎる見た目から安易に想像することができるだろう。通常のマスコットキャラクターであれば写真撮影をお願いされたり、手を振ったり、多少のダンスをしたりなどのパフォーマンスを求められるものかもしれないが、血みどろベアは本当に人気がないため、そういった要望を受けたことがないのだ。
そのため土日の着ぐるみバイトはかなり暇である。
一か月ほどこのアルバイトをしているが、誰からも声をかけられることなく、ただ一日中遊園地内の様々な場所を歩いて回り、ほかのキャラクターたちに絡んだりする程度で、それ以外の時間はただただ棒立ちしたり、ベンチに座ったりしている。
正直こんなことでお金をいただけていいのだろうかと不安になるほどだが、その棒立ちやベンチに座っているだけなのが、逆に血みどろベアの怖さを引き立てているらしく、先日面接を行ってくれた上司の水科さんや先輩の松本さんからは高評価をいただいているため問題ではないのだと思う。
本日もいつものように着ぐるみを着てバイトをしているのだが、案の定誰も近寄ってこない。しかし今日この日はいつもとは少し違っていたみたいだ。
(………………暇だ)
「……あの!」
突如背後から声を掛けられ、俺は勢いよく振り返り、反射的に声の主と距離を取った。この瞬発力は剣道で培ったものだが、まさか背後を取られても気づかないほど体が鈍っているとは思っていなかった。
しかし今はそんなことはどうでもいい。この一か月で初めて声をかけられたのだ。こんなに怖い見た目なのにもかかわらず声をかけてきたということは迷子の可能性もある。だが困ったことに着ぐるみの中の人は声を出してはいけないというルールが存在する。
これは研修時にレクチャーいただいた内容だが、キャラクターイメージを大事にしているため、着ぐるみの中の人がやってはいけない行動というものがあるらしく、「声を出してはいけない」「園内を走ってはいけない」「声をかけられたらどんなお客さんであろうとジェスチャーで接する」の三つは最低守ってほしいと言われている。
そのため声をかけてきた相手が迷子だろうと、声を出して案内してはいけないのだ。初めて声をかけられ、しかもその相手が迷子だったと思うとどのように接したらよいのだろうと俺は瞬間的に考えたが、その心配は杞憂に終わったのだが、別の心配ができた。
「驚かせてしまってごめんなさい。よかったら僕と写真を撮ってくれませんか?」
そう声を掛けてきたのは、俺が今学校で一番気になっている染谷由紀であった。学校以外で染谷を見るのは初めてであり、制服姿ではなく私服姿の染谷に新鮮さを覚えた。少しずつ暖かくなってきている気温に合わせて、白の半袖のTシャツに黒の少し薄めのカーディガン。パンツは黒のスキニーに、フラットシューズのようなスニーカーという組み合わせだ。
先ほどまで迷子だったらどのように接しようかと考えていた俺の脳内は瞬間的にどうして染谷がここにいるのか。そしてどうしてこんな不人気なマスコットキャラクターに声を掛けたのか。そんなことで埋め尽くされていた。
しかし今はそんな俺の脳内事情はおいておいて、マスコットキャラクターとして精一杯の接客をしなければならない。
俺は不慣れながらもまずは頷き、一緒に写真を撮ることを了承する。
そのジェスチャーに染谷は目を輝かせ、嬉しそうに微笑んだ。それから染谷は俺の隣に来るなり、少し抱きつくような感じを見せながら、スマホのインカメで俺と染谷が一緒に収まる画角を探り、シャッターを切る。
染谷は俺から離れると、今撮影したばかりの写真を宝物でも見るかのようにキラキラとした眼差しで見ていた。
「写真ありがとうございました! この写真待ち受けにしてもいいですか?」
(……待ち受け!?)
あまりの染谷の予想外の発言に俺は思わず声が出そうになったが、声を出してはいけないというルールを忠実に守り、俺はジェスチャーで血だらけの爪を立ててきれいなサムズアップを染谷にする。
本来であれば血だらけの爪をたてられてもただただ怖いだけだと思うのだが、それを見た染谷は嬉しそうにしながらその場でスマホのロック画面に先ほど撮った俺(血みどろベア)とのツーショット写真を設定すると、またあの俺を虜にする笑顔を見せながら手を振り足早に染谷は去っていった。
そんな染谷の後ろ姿に俺も手を振りながら、見送る。
(なんだよあれ……。めちゃくちゃ可愛いじゃんか……)
俺は今初めて、声が出せないこの環境に感謝したかもしれない。
∴ ∵ ∴ ∵ ∴ ∵
「四季くん、隣いいかな?」
「あぁ、むしろ確保してたまである」
「ほんとにー? 嬉しいなぁ」
染谷とはあの入学早々の体力測定からよく話をするようになっていた。
クラスこそ違うものの、選択科目であったり分野科目であったりで俺は染谷と同じ科目を選択していたらしく、ほかに知り合いもいないからと隣の席で授業を受けることが多くなっていた。
本人との会話の中で知ったのだが、染谷は写真が趣味らしく、スマホで撮るだけではなく本格的なカメラも持っているらしい。中学では写真部に入っていたらしく、いろんな部活の大会に同行して写真を撮っていたとのことだ。
しかし旭川高等学校には写真部にはなく、写真は趣味として続けているらしい。
「そういえばどうして染谷は写真部がないのに、旭川を選んだの?」
「えっ……えっと……、な、内緒? みたいな」
「なんで疑問形? まぁいいけど」
染谷はたまにこうやって話を濁すことがある。
少し気になるところではあるが、きっと遊園地に近い高校を選んだ結果なのだろう。俺がマスコットキャラクターの着ぐるみを着た状態で染谷と一緒に写真を撮ってからというもの、毎週のように染谷は遊園地を訪れては、血みどろベアと写真を撮っている。
それを考えると染谷はおそらく血みどろベアの大ファンなのだと思う。そうでもなければあんな不人気なマスコットキャラクターと一緒に写真を撮りたいだなんて思わないだろう。
「そういえばさ……」
「ん? どうしたの?」
「写真はスマホで撮るの?」
「スマホで撮ることもあるけど、基本的にはカメラを使って撮ることが多いかな」
それを聞いて俺は若干の疑問を抱いた。
それは俺(血みどろベア)と写真を撮るときはいつもスマホのカメラ機能を使っているということだ。これまで何度か写真を撮ってきているが、そのどれもがスマホのカメラを使用して撮影されている。別にそれが悪いと言っているわけではない。しかし基本的には本格的なカメラを使って撮ることが多いと言っている以上、染谷にとってスマホで写真を撮ると言う行為自体が珍しいものなのだと感じた。スマホで撮ることもあると言ってはいるが、それはどういうときなのだろうか。
俺は若干のモヤ付きを感じながらも、染谷に問いただす。
「スマホのカメラと本格的なカメラで撮るのとは何が違うの?」
「そうだね……まずは画質も違うし、あとは色見も違うかな。シャッタースピードとか変えれば写真なのに動いてるようにも見えるし、やっぱり撮るならカメラがいいと思うよ」
「ごめん、そういう意味じゃなくてさ……。スマホで撮るときとカメラで撮るときって何で使い分けてるの?」
これは俺の聞き方が悪かったと反省し、改めて染谷にその違いを確認する。
「あ、なるほど! ごめん、僕の早とちりだったよ。そうだなぁ……撮りたいって思ったときにカメラを持っていればカメラで撮るけど、持ってなければスマホで撮るって感じかな。あとは何度も見返したくなるような写真はカメラで撮ったとしてもスマホにデータをコピーしていつでも見れるようにしてるよ」
やはり俺が知りたかったこととは少し違う返答をもらったが、少しうれしいことを聞けた。それは何度も見返したくなるような写真はカメラで撮ったとしてもスマホにデータをコピーしているということだ。つまり俺(血みどろベア)とのツーショットは少なくとも何度も見返したい写真ということではないだろうか?
(……いや、そもそも待ち受けにしてるんだから何度も見たいに決まってるだろ。何考えてんだ俺……)
そんなタイミングで校舎中にチャイムが鳴り響いた。授業開始の合図だ。
染谷との世間話もそこそこに互いに授業に集中することにした。
俺のモヤモヤはまだ払拭できないままだった。
∴ ∵ ∴ ∵ ∴ ∵
「今日も写真お願いできますか?」
土日の染谷の来訪はもはや定番イベントと化していた。
血みどろベアの中の人をやっている俺は慣れたように首を縦に振り、左手を地面と平行になるように上げ、染谷が血みどろベアと写真を撮るときに来るスペースを確保する。それに対し染谷も少し恥ずかしそうにしながらも、俺の確保したスペースにすっぽりとハマるとスマホのインカメを翳《かざ》し今日もツーショットを撮る。
もう何度も一緒に写真を撮っているのだから、いい加減慣れてほしいものなのだが、染谷はいつまで立っても恥ずかしそうにするのをやめない。きっと何度写真を一緒に撮ったとしても慣れないほど、この不人気なマスコットキャラクターのことが好きなのだろう。
着ぐるみは思っている以上に視界が悪く、染谷の表情を完璧に確認することはできないが、顔を赤くし、あの俺を魅了した屈託のない笑顔を見せているに違いない。
そう考えると、染谷のことがかわいく思えて仕方がない。
しかし俺はここでふとあることが頭をよぎった。
染谷は毎週のようにこの遊園地に訪れ、血みどろベアとツーショットを撮っているが、お金は大丈夫なのだろうか?染谷との会話の中で実家が金持ちだとか、両親が社長だとか医者だとかは聞いたことがない。また俺と同じようにアルバイトをしているという話も聞いたことがない。
有名なテーマパークと比べ、この遊園地の入園料は安いとは感じているが、それでも高校生以上は三千円の入園料が発生する。すでに七回は一緒に写真を撮っているため、二万円以上かかっている計算になる。
俺はアルバイトをしているため知っているが、二万円はかなりの大金だ。それを高校生がポンと出せるわけがないだろう。
しかし俺は現在着ぐるみの中の人をやっているため、声を出すことが許されない。しかし学校で急に染谷に対し「毎週のように遊園地に行っているけど、お金は大丈夫なのか?」と聞いてしまえば、それは俺が遊園地で働いていることをばらしているようなものだし、さらに言えば血みどろベアの中の人が俺だと知れば染谷はショックを受けるかもしれない。
そうしてしまえば、染谷はもう遊園地に来ないかもしれないし、せっかく染谷との仲が縮まったと感じ始めているタイミングで距離を置かれてしまうかもしれない。
それだけは避けなければならない。
同じクラスの連中には、別に正体を明かしてもよいと思えるが、染谷だけには正体を明かすわけには行けない。しかし毎週来ることによって染谷自身に金銭的負担がかかっているのではないかと高校生ながら考えてしまう。
俺が声には出してはいないが、唸りながら思考を巡らせていると、染谷から声を掛けてきた。
「今日もありがとうございました! また一緒に撮ってください!」
そう言い残すと染谷は一礼をした後、振り返ることなくその場から走り去っていく。
俺はそんな染谷を追いかけることはせず、小さくなっていく染谷の背中に向かってただただ手を振ることしかできないでいた。
(……血みどろベアとじゃなくて、俺とは撮ってくんねーのかな……)
俺は着ぐるみを着ているだけでは説明が付かない程の身体の火照りを感じながら、気持ちを切り替え次の出没ポイントへと移動を開始する。
遊園地でのアルバイトを始めてはや一ヶ月が経過しようとしていた。
当初は平日は清掃員。土日祝でマスコットキャラクターの着ぐるみの中の人として働く予定だったのだが、マスコットキャラクターというのは案外やることが多いようで、平日はマスコットキャラクターとしての動きの練習であったり、パレードの講習などが忙しく、清掃員としての勤務は今までに一度もしたことがない。
一応清掃員としての制服はもらってはいるのだが袖を通したことはなく、袖を通したのはこの変なマスコットキャラクターの着ぐるみだけだ。
そもそも俺は剣道一筋だったため、この遊園地に遊びに来たことがない。
そのためこの遊園地のマスコットキャラクターと言われてあまりピンとこなかったが、思い返してみれば何度かテレビのCMで見たことがあるような気がする。
ほぼ黒に近い茶色の毛並みに、一九〇センチメートルはあるであろう大きな体。むき出しの牙と鋭い爪には何故か真っ赤な何かがこびりついており、それはまるで何かを殺めた後についたであろう返り血であった。
”血みどろベア”
それが俺が中身をしている遊園地のマスコットキャラクターの名前だ。
そしてはっきり言ってかなり人気がない。
それはこの怖すぎる見た目から安易に想像することができるだろう。通常のマスコットキャラクターであれば写真撮影をお願いされたり、手を振ったり、多少のダンスをしたりなどのパフォーマンスを求められるものかもしれないが、血みどろベアは本当に人気がないため、そういった要望を受けたことがないのだ。
そのため土日の着ぐるみバイトはかなり暇である。
一か月ほどこのアルバイトをしているが、誰からも声をかけられることなく、ただ一日中遊園地内の様々な場所を歩いて回り、ほかのキャラクターたちに絡んだりする程度で、それ以外の時間はただただ棒立ちしたり、ベンチに座ったりしている。
正直こんなことでお金をいただけていいのだろうかと不安になるほどだが、その棒立ちやベンチに座っているだけなのが、逆に血みどろベアの怖さを引き立てているらしく、先日面接を行ってくれた上司の水科さんや先輩の松本さんからは高評価をいただいているため問題ではないのだと思う。
本日もいつものように着ぐるみを着てバイトをしているのだが、案の定誰も近寄ってこない。しかし今日この日はいつもとは少し違っていたみたいだ。
(………………暇だ)
「……あの!」
突如背後から声を掛けられ、俺は勢いよく振り返り、反射的に声の主と距離を取った。この瞬発力は剣道で培ったものだが、まさか背後を取られても気づかないほど体が鈍っているとは思っていなかった。
しかし今はそんなことはどうでもいい。この一か月で初めて声をかけられたのだ。こんなに怖い見た目なのにもかかわらず声をかけてきたということは迷子の可能性もある。だが困ったことに着ぐるみの中の人は声を出してはいけないというルールが存在する。
これは研修時にレクチャーいただいた内容だが、キャラクターイメージを大事にしているため、着ぐるみの中の人がやってはいけない行動というものがあるらしく、「声を出してはいけない」「園内を走ってはいけない」「声をかけられたらどんなお客さんであろうとジェスチャーで接する」の三つは最低守ってほしいと言われている。
そのため声をかけてきた相手が迷子だろうと、声を出して案内してはいけないのだ。初めて声をかけられ、しかもその相手が迷子だったと思うとどのように接したらよいのだろうと俺は瞬間的に考えたが、その心配は杞憂に終わったのだが、別の心配ができた。
「驚かせてしまってごめんなさい。よかったら僕と写真を撮ってくれませんか?」
そう声を掛けてきたのは、俺が今学校で一番気になっている染谷由紀であった。学校以外で染谷を見るのは初めてであり、制服姿ではなく私服姿の染谷に新鮮さを覚えた。少しずつ暖かくなってきている気温に合わせて、白の半袖のTシャツに黒の少し薄めのカーディガン。パンツは黒のスキニーに、フラットシューズのようなスニーカーという組み合わせだ。
先ほどまで迷子だったらどのように接しようかと考えていた俺の脳内は瞬間的にどうして染谷がここにいるのか。そしてどうしてこんな不人気なマスコットキャラクターに声を掛けたのか。そんなことで埋め尽くされていた。
しかし今はそんな俺の脳内事情はおいておいて、マスコットキャラクターとして精一杯の接客をしなければならない。
俺は不慣れながらもまずは頷き、一緒に写真を撮ることを了承する。
そのジェスチャーに染谷は目を輝かせ、嬉しそうに微笑んだ。それから染谷は俺の隣に来るなり、少し抱きつくような感じを見せながら、スマホのインカメで俺と染谷が一緒に収まる画角を探り、シャッターを切る。
染谷は俺から離れると、今撮影したばかりの写真を宝物でも見るかのようにキラキラとした眼差しで見ていた。
「写真ありがとうございました! この写真待ち受けにしてもいいですか?」
(……待ち受け!?)
あまりの染谷の予想外の発言に俺は思わず声が出そうになったが、声を出してはいけないというルールを忠実に守り、俺はジェスチャーで血だらけの爪を立ててきれいなサムズアップを染谷にする。
本来であれば血だらけの爪をたてられてもただただ怖いだけだと思うのだが、それを見た染谷は嬉しそうにしながらその場でスマホのロック画面に先ほど撮った俺(血みどろベア)とのツーショット写真を設定すると、またあの俺を虜にする笑顔を見せながら手を振り足早に染谷は去っていった。
そんな染谷の後ろ姿に俺も手を振りながら、見送る。
(なんだよあれ……。めちゃくちゃ可愛いじゃんか……)
俺は今初めて、声が出せないこの環境に感謝したかもしれない。
∴ ∵ ∴ ∵ ∴ ∵
「四季くん、隣いいかな?」
「あぁ、むしろ確保してたまである」
「ほんとにー? 嬉しいなぁ」
染谷とはあの入学早々の体力測定からよく話をするようになっていた。
クラスこそ違うものの、選択科目であったり分野科目であったりで俺は染谷と同じ科目を選択していたらしく、ほかに知り合いもいないからと隣の席で授業を受けることが多くなっていた。
本人との会話の中で知ったのだが、染谷は写真が趣味らしく、スマホで撮るだけではなく本格的なカメラも持っているらしい。中学では写真部に入っていたらしく、いろんな部活の大会に同行して写真を撮っていたとのことだ。
しかし旭川高等学校には写真部にはなく、写真は趣味として続けているらしい。
「そういえばどうして染谷は写真部がないのに、旭川を選んだの?」
「えっ……えっと……、な、内緒? みたいな」
「なんで疑問形? まぁいいけど」
染谷はたまにこうやって話を濁すことがある。
少し気になるところではあるが、きっと遊園地に近い高校を選んだ結果なのだろう。俺がマスコットキャラクターの着ぐるみを着た状態で染谷と一緒に写真を撮ってからというもの、毎週のように染谷は遊園地を訪れては、血みどろベアと写真を撮っている。
それを考えると染谷はおそらく血みどろベアの大ファンなのだと思う。そうでもなければあんな不人気なマスコットキャラクターと一緒に写真を撮りたいだなんて思わないだろう。
「そういえばさ……」
「ん? どうしたの?」
「写真はスマホで撮るの?」
「スマホで撮ることもあるけど、基本的にはカメラを使って撮ることが多いかな」
それを聞いて俺は若干の疑問を抱いた。
それは俺(血みどろベア)と写真を撮るときはいつもスマホのカメラ機能を使っているということだ。これまで何度か写真を撮ってきているが、そのどれもがスマホのカメラを使用して撮影されている。別にそれが悪いと言っているわけではない。しかし基本的には本格的なカメラを使って撮ることが多いと言っている以上、染谷にとってスマホで写真を撮ると言う行為自体が珍しいものなのだと感じた。スマホで撮ることもあると言ってはいるが、それはどういうときなのだろうか。
俺は若干のモヤ付きを感じながらも、染谷に問いただす。
「スマホのカメラと本格的なカメラで撮るのとは何が違うの?」
「そうだね……まずは画質も違うし、あとは色見も違うかな。シャッタースピードとか変えれば写真なのに動いてるようにも見えるし、やっぱり撮るならカメラがいいと思うよ」
「ごめん、そういう意味じゃなくてさ……。スマホで撮るときとカメラで撮るときって何で使い分けてるの?」
これは俺の聞き方が悪かったと反省し、改めて染谷にその違いを確認する。
「あ、なるほど! ごめん、僕の早とちりだったよ。そうだなぁ……撮りたいって思ったときにカメラを持っていればカメラで撮るけど、持ってなければスマホで撮るって感じかな。あとは何度も見返したくなるような写真はカメラで撮ったとしてもスマホにデータをコピーしていつでも見れるようにしてるよ」
やはり俺が知りたかったこととは少し違う返答をもらったが、少しうれしいことを聞けた。それは何度も見返したくなるような写真はカメラで撮ったとしてもスマホにデータをコピーしているということだ。つまり俺(血みどろベア)とのツーショットは少なくとも何度も見返したい写真ということではないだろうか?
(……いや、そもそも待ち受けにしてるんだから何度も見たいに決まってるだろ。何考えてんだ俺……)
そんなタイミングで校舎中にチャイムが鳴り響いた。授業開始の合図だ。
染谷との世間話もそこそこに互いに授業に集中することにした。
俺のモヤモヤはまだ払拭できないままだった。
∴ ∵ ∴ ∵ ∴ ∵
「今日も写真お願いできますか?」
土日の染谷の来訪はもはや定番イベントと化していた。
血みどろベアの中の人をやっている俺は慣れたように首を縦に振り、左手を地面と平行になるように上げ、染谷が血みどろベアと写真を撮るときに来るスペースを確保する。それに対し染谷も少し恥ずかしそうにしながらも、俺の確保したスペースにすっぽりとハマるとスマホのインカメを翳《かざ》し今日もツーショットを撮る。
もう何度も一緒に写真を撮っているのだから、いい加減慣れてほしいものなのだが、染谷はいつまで立っても恥ずかしそうにするのをやめない。きっと何度写真を一緒に撮ったとしても慣れないほど、この不人気なマスコットキャラクターのことが好きなのだろう。
着ぐるみは思っている以上に視界が悪く、染谷の表情を完璧に確認することはできないが、顔を赤くし、あの俺を魅了した屈託のない笑顔を見せているに違いない。
そう考えると、染谷のことがかわいく思えて仕方がない。
しかし俺はここでふとあることが頭をよぎった。
染谷は毎週のようにこの遊園地に訪れ、血みどろベアとツーショットを撮っているが、お金は大丈夫なのだろうか?染谷との会話の中で実家が金持ちだとか、両親が社長だとか医者だとかは聞いたことがない。また俺と同じようにアルバイトをしているという話も聞いたことがない。
有名なテーマパークと比べ、この遊園地の入園料は安いとは感じているが、それでも高校生以上は三千円の入園料が発生する。すでに七回は一緒に写真を撮っているため、二万円以上かかっている計算になる。
俺はアルバイトをしているため知っているが、二万円はかなりの大金だ。それを高校生がポンと出せるわけがないだろう。
しかし俺は現在着ぐるみの中の人をやっているため、声を出すことが許されない。しかし学校で急に染谷に対し「毎週のように遊園地に行っているけど、お金は大丈夫なのか?」と聞いてしまえば、それは俺が遊園地で働いていることをばらしているようなものだし、さらに言えば血みどろベアの中の人が俺だと知れば染谷はショックを受けるかもしれない。
そうしてしまえば、染谷はもう遊園地に来ないかもしれないし、せっかく染谷との仲が縮まったと感じ始めているタイミングで距離を置かれてしまうかもしれない。
それだけは避けなければならない。
同じクラスの連中には、別に正体を明かしてもよいと思えるが、染谷だけには正体を明かすわけには行けない。しかし毎週来ることによって染谷自身に金銭的負担がかかっているのではないかと高校生ながら考えてしまう。
俺が声には出してはいないが、唸りながら思考を巡らせていると、染谷から声を掛けてきた。
「今日もありがとうございました! また一緒に撮ってください!」
そう言い残すと染谷は一礼をした後、振り返ることなくその場から走り去っていく。
俺はそんな染谷を追いかけることはせず、小さくなっていく染谷の背中に向かってただただ手を振ることしかできないでいた。
(……血みどろベアとじゃなくて、俺とは撮ってくんねーのかな……)
俺は着ぐるみを着ているだけでは説明が付かない程の身体の火照りを感じながら、気持ちを切り替え次の出没ポイントへと移動を開始する。



