賢者が転生して最恐の暗殺者になるまで

■第五階層
石段を降りた瞬間、空気が変わった。
冷たい。
重い。
魔力の密度が明らかに違う。
吐く息が白く揺れる。
(ここから先は、これまでとは別物だな)
足元の石床は砕け、壁には巨大な打撃痕が刻まれている。
過去の戦闘の激しさを物語っていた。
――ゴリ……ッ
岩が擦れる音。
影が動く。
現れたのは――
オーガの幼体。
人の倍近い巨体。
灰色の皮膚。
丸太のような腕。
粗削りの棍棒を握っている。
赤黒い瞳が、俺を捉えた。
咆哮。
空気が震えた。
(まずは情報だ)
「鑑定」
視界の端に文字が浮かぶ。
オーガ幼体
危険度:中
耐久力:高
弱点:首・膝関節
火属性耐性:やや有り
(火が効きにくいか)
踏み込んできた。
地面が揺れる。
棍棒が振り下ろされる。
俺は横へ滑り込むように回避。
轟音。
石床が砕け、破片が飛び散る。
(まともに受けたら終わる)
間合いを取り、右手を向ける。
「ファイアボール」
火球が胸部へ直撃。
爆炎。
――だが。
炎の輪郭が一瞬、赤黒く歪む。
熱量が削がれたように威力が落ちる。
オーガは焼け焦げながらも倒れない。
咆哮。
突進。
(やはり足止め程度か)
棍棒が横薙ぎに振られる。
ガンッ!!
衝撃が腕に走る。
受け流しきれない。
身体が弾かれ、床を滑る。
鈍い痛みが走る。
「……ヒール」
淡い光が腕を包み、痛みが引いていく。
骨に異常はない。
(まだやれる)
オーガが再び踏み込む。
今度は正面から迎え撃つ。
「身体強化」
魔力が四肢へ流れ込む。
筋力。反応速度。踏み込み。
世界が一段速く見える。
振り下ろされる棍棒の軌道を見切り――
懐へ。
低く滑り込む。
短剣を走らせる。
膝裏へ一閃。
刃が腱を断つ感触。
巨体が揺らぐ。
だが倒れない。
(耐久力が高い…!)
距離を取る。
火球では決定打にならない。
なら――
レベルアップ時に習得した新魔法。
右手に魔力を収束させる。
圧縮。
収束。
形状固定。
炎が槍の形を成す。
「フレイムランス」
灼熱の槍が一直線に射出される。
空気を焼き裂き、
オーガの喉元へ直撃。
貫通。
一瞬遅れて内部から爆ぜる炎。
巨体が震える。
赤黒い瞳から光が消えた。
次の瞬間。
肉体は霧となり、空気へ溶けていった。
冷気の中で、自分の呼吸だけが響く。
身体強化を解除。
疲労がどっと押し寄せる。
(……フレイムランスは有効だな)
ファイアボールでは削り切れない敵にも通用する威力。
実戦で使える。
だが。
戦闘中に見えた違和感が脳裏に残る。
火球を包んだ赤黒い揺らぎ。
威力の減衰。
しかし今は、魔力の流れに異常は感じられない。
俺は小さく首を振る。
「気のせいか」
深追いはしない。
今日は十分すぎる成果だ。
踵を返し、来た道へ向かう。
冷たい空気の中、足音が静かに響く。
王立学園地下ダンジョン。
その奥には、まだ未知が眠っている。
だが――
確実に、俺は強くなっている。

ハルト「今日はここまでにしよう。」