賢者が転生して最恐の暗殺者になるまで

■学園へ
数年後。
屋敷に一通の封書が届いた。
王都の紋章が刻まれている。
父が封を切り、中の書状に目を通す。
父「……来たか」
静かな声だった。
父「王立魔法学園の入学手続きの通達だ」
アルベルトが口笛を吹く。
アルベルト「ハルトも受けるのか?」
クラウスが興味深そうにこちらを見る。
父の視線が俺に向けられた。
父「希望するか?」
一瞬だけ迷う。
魔法は弱い。
才能もない。
だが――
ハルト「受けます」
自分の声は驚くほどはっきりしていた。
屋敷を守れる力が欲しい。
家族を守れる力が欲しい。
そして。
あの日失ったすべてに、もう一度向き合うために。
父は小さく頷いた。
父「準備をしておけ」
こうして俺は、
王立魔法学園という新たな世界へ
足を踏み入れることになる。
そこが――
自分の無力さを思い知る場所になるのか、
それとも運命を変える場所になるのか。
この時の俺には、まだ分からなかった。
王立魔法学園――
王都の北区に広がる、城塞のような巨大施設。
石造りの校舎は幾重にも連なり、中央には魔術塔がそびえ立つ。
塔の周囲を、結界の光が淡く揺れていた。
(……規模が桁違いだな)
前世でも王立級の学院は見てきた。
だがここは、それらと比べてもなお異質だった。
魔力密度が高すぎる。
空気そのものが魔術媒体のようだ。
教師「今日からここがあなたの生活の場になります」
案内係の教師が淡々と告げる。
新入生たちは緊張した面持ちで頷いた。
俺もその列の中に立っている。
胸の奥に、わずかな高揚を感じながら。
寮は四人部屋だった。
木製の壁に囲まれた質素な室内。
だが魔導暖房が組み込まれており、快適性は高い。
「俺はガルド。南方騎士団の家系だ」
筋骨隆々の少年が胸を叩く。
「エリオットです。よろしくお願いします」
眼鏡の少年は魔道具オタクらしく、既に机に部品を並べ始めている。
「……リオ」
窓際の少年はそれだけ言って、外を見続けている。
そして――
「レオン・ハルトです」
俺は静かに頭を下げた。
(悪くない顔ぶれだ)
寮生活は情報の宝庫。
強くなるには、環境を最大限利用することが重要だ。
翌日、学園での授業が始まった。
魔力制御基礎。
属性理論。
魔法陣構築。
戦闘魔術概論。
どれも初級内容だが、体系化は見事だった。
王立魔法学園が長年かけて蓄積してきた知識体系。
その一端に触れているのだと思うと、自然と背筋が伸びる。
今日は初日ということで、自己紹介を兼ねながら自由に魔術を試してよいらしい。
教師は教壇に立ち、静かに言った。
教師「魔力量が多い者が強いとは限らない」
(その通りだ)
教師「魔力をいかに効率よく変換するか。それが魔術師の技量である」
生徒たちが一斉に魔力を練り始める。
教室の空気がわずかに震えた。
俺は掌の上に火球を生み出す。
小さい。
やはり出力が低い。
だが揺らぎはない。
形状も温度も、理論値に限りなく近い。
(効率なら負けない)
そう確信した瞬間――
???「ふん、その程度か」
静かな嘲笑が背後から落ちた。
振り向くと、金糸の刺繍が施された制服を着た少年が立っている。
鋭い目つき。整った顔立ち。
周囲には自然と距離が生まれている。
貴族特有の空気。
フェリクス・ドラグナー。
王国でも武門として名高いドラグナー家の嫡男だ。
ドラグナー「名門レオン家の三男と聞いたが、大したことないな」
教室がざわつく。
視線が集まる。
俺は肩をすくめた。
ハルト 「期待に応えられず、すみません」
数人が吹き出した。
緊張が少しだけ和らぐ。
ドラグナーは鼻を鳴らし、興味を失ったように背を向けた。
挑発は無意味。
今は目立たないことが最善だ。
――だが。
(いずれ関わることにはなるだろうな)
貴族社会において、序列は避けて通れない。
俺は火球を消し、静かに席へ戻った。
授業の合間、周囲の生徒たちと自然に言葉を交わした。
「その制御、すごく安定してるね」
声をかけてきたのは、柔らかな笑みを浮かべた少年だった。
「僕はミハイル。平民出身だけど、魔法が好きでさ」
ハルト「レオン・ハルトです。よろしく」
「俺はジーク。剣も魔法も中途半端だけどな!」
大柄な少年が笑う。
「中途半端は応用力が高いということだ」
眼鏡の少女が静かに訂正する。
「セレスティア。魔法理論専攻志望」
気取らない空気。
打算のない会話。
(悪くない)
学園生活は孤独になると思っていた。
だが、ここには様々な出自の生徒がいる。
視野が広がる環境だ。
午後の実技訓練。
訓練場に出た瞬間、空気が変わった。
炎が空を裂く。
爆ぜる轟音。
熱波が頬を撫でる。
振り向くと、そこにいた。
ルーナ・スカーレット。
彼女の周囲だけ空気が揺らいで見える。
放たれた炎球は標的へ直撃し――
一瞬で消し飛んだ。
木製標的が炭化する暇すらない。
周囲の生徒が息を呑む。
そして次の瞬間、歓声があがった。
「すげぇ……」
「次元が違う…」
「これが名門ルーナ家…」
ルーナは賞賛に反応しない。
ただ静かに炎を消し、呼吸を整える。
その仕草は洗練されすぎていた。
やがて彼女の視線が、まっすぐこちらに向く。
ゆっくりと歩み寄ってくる。
足音は静かだが、不思議と周囲の音が遠のいていく。
スカーレット
「あなた、まだ違和感を抱えているわね」
ハルト
「違和感?」
彼女の紅い瞳が、俺の内側を覗き込むように細められる。
その瞬間。
胸の奥で、何かが微かにざわついた。
まるで――
見透かされそうになる感覚。
スカーレット
「……いいえ、なんでもない」
彼女はわずかに首を振った。
だが視線は逸らさない。
まるで確信に届きかけているのに、言葉にできない――そんな表情。
ハルト 「気になる言い方ですね」
スカーレット「気にする必要はないわ」
短く告げると、彼女は踵を返した。
去り際、小さく呟く。
スカーレット「でも……おかしいのよ」
風に紛れるほど小さな声だった。
だが確かに、俺の耳に届いた。
残された俺は、胸の奥に残る違和感を押さえるように拳を握る。
(……何を感じ取った?)
周囲の喧騒が戻ってくる。
だが、さっきまでとは少し違って聞こえた。
まるで世界が、わずかに軋んだかのように。
寮の消灯後。
静寂。
規則正しい寝息。
俺は目を開いた。
(……行くか)
窓から音もなく外へ出る。
前世の経験が、張り巡らされた結界のわずかな綻びを教えてくれる。