「きょう……………………か……………………?」
ちらりと見えた、涙に濡れた横顔。
それが、遠い日のあの少女・・・・と重なった。
次の瞬間、俺の足が勝手に動き始める。
「おい、ヴァニ?」
「悪い、気が変わった」
「ちょ──」
向かう先は今なお少女に罵詈雑言を浴びせかける性格の終わった冒険者たちの元。
そしてマルクスと呼ばれていたリーダーの男がこちらに気付いて訝し気な表情を浮かべるのを無視して、その胸倉を掴み上げた。
「がっ……!?」
「いい加減黙れ……屑野郎」
「テメェ! 何しやがる!?」
マルクスに追従していた男が吠えるが、俺がひと睨みすると黙りこくる。
女に至ってはマルクスの胸倉を掴んだ瞬間から顔を青ざめさせていた。
「絵に描いたような小物どもだな。寄って集たかって一人を責めて、自分たちの番になったらだんまりか」
思い描いていた通りの陰湿さに盛大なため息が漏れる。
「いいか、二度は言わない──今すぐこの場から失せろ」
「分がった、分がったから……!」
マルクスは苦しそうに俺の腕をタップする。
弱い者にしか当たれない人間だ、当然の反応ともいえる。
それに──まったく、首が絞まった程度で情けない奴だ。
俺は屑を床に投げ捨て、少女の方をちらりと見る。
少女は茫然とした様子でこちらを見つめていた。
ああ、間違いない。やっぱり彼女に似ている。
でも、彼女じゃない。
そんなことは分かりきっているさ。
何故ならここはあの世界とは違う場所で、彼女はもう──
「おい、ヴァニって! 落ち着けよ! どうしたんだ急に!?」
「……悪かった、つい頭に血が昇ってな」
シリウスが慌てた様子で俺の元までやってきて、困惑の表情を浮かべながら俺とマルクスたちを見比べている。
一度はシリウスを止めた手前、ばつの悪い顔をしながら俺は頬を掻いた。
そしていそいそとこの場から逃げようとするマルクスたちの背に向かって、声をかける。
「ああ、そうだ。この子のことだが……お前ら追放するって話だったよな? なら、こっちで預からせてもらう。……二度と彼女に関わるな」
「か、勝手にしてくれ!」
そうしてマルクスたちは今度こそ店の外に逃げていった。
後に残されたのは困り果てるシリウスと少女、それから呆気に取られた客たち。
この気まずい空気に耐えられなくなった俺は再び煙草に火をつけ、それから酒場全体に聞こえるように声を張った。
「あんたらも悪かったな。詫びと言っちゃなんだが、今日の支払いは全部俺が持つ。引き続き楽しんでくれや」
「「「おおおおおおおおおおおお!!」」」
その言葉に酒場中が沸き立ち、拍手の音が聞こえる。
中には「よくやった!」という声まで上がる始末だ。
まったく単純な連中だ。だが、それがいい。
再び活気を取り戻した酒場に満足した俺は、マルクスたちが座っていた席に腰を下ろした。
あんな発言をしたのだ、仲裁して少女を放り出して終わり、では話にならない。
「あの……」
「色々勝手に話を進めてすまん。俺はヴァニ、それで隣のこいつはシリウスだ。よろしくな」
「あ、わ、私はノエルです。その、ありがとうございます、助けてくださって」
「もっと早くに動くべきだったがな……」
「そんな! 気にしないでください!」
ノエル、と名乗った少女は食い気味にこちらの謝罪を辞謝じしゃする。
「でも、本当に驚いたぞ。我関せずを貫いてたお前が、急に殺気立ちながら向かっていくんだから」
「それはまぁ……なんていうか、気分だ」
「なんだそりゃ」
シリウスは呆れたようにため息を吐きながら店員を捕まえ、エールを注文した。
「でも、ノエルちゃん……だっけ? ──は、何であんな目に遭ってたんだ?」
「それは……」
それからノエルは今日あったことをぽつりぽつりと語りだした。
曰く、魔法士であることを聞いたあのパーティに勧誘され、一緒に依頼に向かったこと。
それから最初は順調だったが、それに気を良くしたマルクスたちがぐいぐいと進み、凶暴な魔物に遭遇して太刀打ちできずに撤退したこと。
何とか逃げ帰ってきたはいいものの、ノエルを役立たずと罵り、それに対して何も言い返せずに縮こまっていたこと。
「なんだよそれ……だって、パーティに入る前にちゃんと言ったんだろ? 少ししか魔法が使えないって」
「はい……でも、それでもいいと言ってくださったので」
「だったらノエルちゃんは何も悪くないだろ。なっ、そう思うよな、ヴァニ?」
「ああ、そうだな」
「へへっ、悪いなノエルちゃん。こいつ、誰に対してもこんな風に無愛想なんだよ。まぁ、悪い奴じゃないから気にしないでやってくれ」
「お二人とも……ありがとうございます。でも、やっぱり弱い私が悪いので……」
どうやら、ノエルの自己評価はかなり低いらしい。
魔法が使える。それだけで、本来は十分すぎるほどの才能だ。
仲間のカバーさえしっかりしていれば、レパートリーが少ないことなど問題にならないはず。
つまりはどう転んでもあいつらが悪いという結論になる。
冒険者は自己責任。責任を他人に擦り付けるなど、覚悟の伴っていないアマチュアがすることだ。
「それで、ノエルちゃんはこれからどうするつもりなんだ? コイツが面倒見るとかなんとか言ってたけど……」
「それは……やっぱり、ヴァニさんにご迷惑をおかけするわけにはいきませんので、私一人でもなんとかなる依頼を請けて頑張っていこうと思います」
シリウスに問われ、ノエルは諦めたように微笑む。
おいおい……そんな薄情な奴に見えるか、俺?
「それについては安心してくれ。俺が預かると言った以上、責任持って面倒を見るつもりだ。無論、ノエルが良いと言うならだが」
「でも、ご迷惑はおかけできません。私……本当に役立たずですので」
「役立たずかそうじゃないかは関係ない。重要なのはノエルがどうしたいかだ」
「大丈夫だぜ、ノエルちゃん。こいつかなり強いから。そうだよな、黒曜級のヴァニさん?」
シリウスは俺を肘で小突きながら「ちなみに俺も」と言って首元のタグを見せた。
それにつられて俺も自分の首元に目線を落とす。
「こ、黒曜級……!? それって、冒険者の中でも一番上の階級じゃ……!」
「そうそう、だから大船に乗った気でいるといいよ」
しかしノエルの困惑は増す一方で。
「どうして、知り合ったばかりの私にそこまでしてくださるんですか……?」
その不安もごもっともだ。まともな人間なら、何か裏があると思うだろう。
ノエルに問われ、俺は天井を仰いだ。
同情? それは違う。
確かに気の毒な境遇だとは思うが、それだけで決断を下すほど俺は甘い人間じゃない。
ならば何故か? ノエルが遠い昔の記憶にある彼女と重なったから、というのも少し違う。
どうして俺はさっき、ノエルの面倒を見るなどと口走ったのか。
『■■はさ、本当に優しいよね。ううん──優しすぎるくらい』
脳裏にいつかの記憶がフラッシュバックする。
そうか、こんなになっても俺はまだ、あの子の言ってくれた言葉を裏切れないのか。
でも──
「それは違うさ、鏡花……」
そんな呟きが勝手に口から零れる。
それはあまりに小さすぎて、シリウスたちには聞こえていないようだった。
俺は頭を振って現実に思考を戻し、テーブルに視線を落とす。
「……別に、ちょうど誰かと冒険してみるのも良いかと思っただけだ」
「ふふっ……なんですか、それ」
俺の答えに、ノエルはくすっと笑う。
初めて見せた笑顔だ。
その表情を見て、俺は少し安堵を覚えた。
隣に座るシリウスも、穏やかな表情で彼女を見守っていた。
「いやぁ、めでたいな。まさかあの孤狼のヴァニが、仲間を作るなんて」
「おい、なんだそのダサい二つ名は。今すぐやめろ。……チッ、何笑ってやがる」
「まぁまぁ、いいじゃんか」
親友のいじりにやれやれとため息を吐きながら、煙草を吸う。
「じゃあ、これからよろしくな、ノエル」
「はい。精一杯頑張るのでよろしくお願いします、ヴァニさん」
こうして、俺は冒険者になって初めての仲間を手に入れることになった。
しかし何故だろう。吸い込んだ煙草の煙の味がしないのは。
そこまで考えて、俺は「ああ」と結論に至る。それはそうだ。
だって俺は──〝死ぬ〟ために冒険者をやっているのだから。漢字
ちらりと見えた、涙に濡れた横顔。
それが、遠い日のあの少女・・・・と重なった。
次の瞬間、俺の足が勝手に動き始める。
「おい、ヴァニ?」
「悪い、気が変わった」
「ちょ──」
向かう先は今なお少女に罵詈雑言を浴びせかける性格の終わった冒険者たちの元。
そしてマルクスと呼ばれていたリーダーの男がこちらに気付いて訝し気な表情を浮かべるのを無視して、その胸倉を掴み上げた。
「がっ……!?」
「いい加減黙れ……屑野郎」
「テメェ! 何しやがる!?」
マルクスに追従していた男が吠えるが、俺がひと睨みすると黙りこくる。
女に至ってはマルクスの胸倉を掴んだ瞬間から顔を青ざめさせていた。
「絵に描いたような小物どもだな。寄って集たかって一人を責めて、自分たちの番になったらだんまりか」
思い描いていた通りの陰湿さに盛大なため息が漏れる。
「いいか、二度は言わない──今すぐこの場から失せろ」
「分がった、分がったから……!」
マルクスは苦しそうに俺の腕をタップする。
弱い者にしか当たれない人間だ、当然の反応ともいえる。
それに──まったく、首が絞まった程度で情けない奴だ。
俺は屑を床に投げ捨て、少女の方をちらりと見る。
少女は茫然とした様子でこちらを見つめていた。
ああ、間違いない。やっぱり彼女に似ている。
でも、彼女じゃない。
そんなことは分かりきっているさ。
何故ならここはあの世界とは違う場所で、彼女はもう──
「おい、ヴァニって! 落ち着けよ! どうしたんだ急に!?」
「……悪かった、つい頭に血が昇ってな」
シリウスが慌てた様子で俺の元までやってきて、困惑の表情を浮かべながら俺とマルクスたちを見比べている。
一度はシリウスを止めた手前、ばつの悪い顔をしながら俺は頬を掻いた。
そしていそいそとこの場から逃げようとするマルクスたちの背に向かって、声をかける。
「ああ、そうだ。この子のことだが……お前ら追放するって話だったよな? なら、こっちで預からせてもらう。……二度と彼女に関わるな」
「か、勝手にしてくれ!」
そうしてマルクスたちは今度こそ店の外に逃げていった。
後に残されたのは困り果てるシリウスと少女、それから呆気に取られた客たち。
この気まずい空気に耐えられなくなった俺は再び煙草に火をつけ、それから酒場全体に聞こえるように声を張った。
「あんたらも悪かったな。詫びと言っちゃなんだが、今日の支払いは全部俺が持つ。引き続き楽しんでくれや」
「「「おおおおおおおおおおおお!!」」」
その言葉に酒場中が沸き立ち、拍手の音が聞こえる。
中には「よくやった!」という声まで上がる始末だ。
まったく単純な連中だ。だが、それがいい。
再び活気を取り戻した酒場に満足した俺は、マルクスたちが座っていた席に腰を下ろした。
あんな発言をしたのだ、仲裁して少女を放り出して終わり、では話にならない。
「あの……」
「色々勝手に話を進めてすまん。俺はヴァニ、それで隣のこいつはシリウスだ。よろしくな」
「あ、わ、私はノエルです。その、ありがとうございます、助けてくださって」
「もっと早くに動くべきだったがな……」
「そんな! 気にしないでください!」
ノエル、と名乗った少女は食い気味にこちらの謝罪を辞謝じしゃする。
「でも、本当に驚いたぞ。我関せずを貫いてたお前が、急に殺気立ちながら向かっていくんだから」
「それはまぁ……なんていうか、気分だ」
「なんだそりゃ」
シリウスは呆れたようにため息を吐きながら店員を捕まえ、エールを注文した。
「でも、ノエルちゃん……だっけ? ──は、何であんな目に遭ってたんだ?」
「それは……」
それからノエルは今日あったことをぽつりぽつりと語りだした。
曰く、魔法士であることを聞いたあのパーティに勧誘され、一緒に依頼に向かったこと。
それから最初は順調だったが、それに気を良くしたマルクスたちがぐいぐいと進み、凶暴な魔物に遭遇して太刀打ちできずに撤退したこと。
何とか逃げ帰ってきたはいいものの、ノエルを役立たずと罵り、それに対して何も言い返せずに縮こまっていたこと。
「なんだよそれ……だって、パーティに入る前にちゃんと言ったんだろ? 少ししか魔法が使えないって」
「はい……でも、それでもいいと言ってくださったので」
「だったらノエルちゃんは何も悪くないだろ。なっ、そう思うよな、ヴァニ?」
「ああ、そうだな」
「へへっ、悪いなノエルちゃん。こいつ、誰に対してもこんな風に無愛想なんだよ。まぁ、悪い奴じゃないから気にしないでやってくれ」
「お二人とも……ありがとうございます。でも、やっぱり弱い私が悪いので……」
どうやら、ノエルの自己評価はかなり低いらしい。
魔法が使える。それだけで、本来は十分すぎるほどの才能だ。
仲間のカバーさえしっかりしていれば、レパートリーが少ないことなど問題にならないはず。
つまりはどう転んでもあいつらが悪いという結論になる。
冒険者は自己責任。責任を他人に擦り付けるなど、覚悟の伴っていないアマチュアがすることだ。
「それで、ノエルちゃんはこれからどうするつもりなんだ? コイツが面倒見るとかなんとか言ってたけど……」
「それは……やっぱり、ヴァニさんにご迷惑をおかけするわけにはいきませんので、私一人でもなんとかなる依頼を請けて頑張っていこうと思います」
シリウスに問われ、ノエルは諦めたように微笑む。
おいおい……そんな薄情な奴に見えるか、俺?
「それについては安心してくれ。俺が預かると言った以上、責任持って面倒を見るつもりだ。無論、ノエルが良いと言うならだが」
「でも、ご迷惑はおかけできません。私……本当に役立たずですので」
「役立たずかそうじゃないかは関係ない。重要なのはノエルがどうしたいかだ」
「大丈夫だぜ、ノエルちゃん。こいつかなり強いから。そうだよな、黒曜級のヴァニさん?」
シリウスは俺を肘で小突きながら「ちなみに俺も」と言って首元のタグを見せた。
それにつられて俺も自分の首元に目線を落とす。
「こ、黒曜級……!? それって、冒険者の中でも一番上の階級じゃ……!」
「そうそう、だから大船に乗った気でいるといいよ」
しかしノエルの困惑は増す一方で。
「どうして、知り合ったばかりの私にそこまでしてくださるんですか……?」
その不安もごもっともだ。まともな人間なら、何か裏があると思うだろう。
ノエルに問われ、俺は天井を仰いだ。
同情? それは違う。
確かに気の毒な境遇だとは思うが、それだけで決断を下すほど俺は甘い人間じゃない。
ならば何故か? ノエルが遠い昔の記憶にある彼女と重なったから、というのも少し違う。
どうして俺はさっき、ノエルの面倒を見るなどと口走ったのか。
『■■はさ、本当に優しいよね。ううん──優しすぎるくらい』
脳裏にいつかの記憶がフラッシュバックする。
そうか、こんなになっても俺はまだ、あの子の言ってくれた言葉を裏切れないのか。
でも──
「それは違うさ、鏡花……」
そんな呟きが勝手に口から零れる。
それはあまりに小さすぎて、シリウスたちには聞こえていないようだった。
俺は頭を振って現実に思考を戻し、テーブルに視線を落とす。
「……別に、ちょうど誰かと冒険してみるのも良いかと思っただけだ」
「ふふっ……なんですか、それ」
俺の答えに、ノエルはくすっと笑う。
初めて見せた笑顔だ。
その表情を見て、俺は少し安堵を覚えた。
隣に座るシリウスも、穏やかな表情で彼女を見守っていた。
「いやぁ、めでたいな。まさかあの孤狼のヴァニが、仲間を作るなんて」
「おい、なんだそのダサい二つ名は。今すぐやめろ。……チッ、何笑ってやがる」
「まぁまぁ、いいじゃんか」
親友のいじりにやれやれとため息を吐きながら、煙草を吸う。
「じゃあ、これからよろしくな、ノエル」
「はい。精一杯頑張るのでよろしくお願いします、ヴァニさん」
こうして、俺は冒険者になって初めての仲間を手に入れることになった。
しかし何故だろう。吸い込んだ煙草の煙の味がしないのは。
そこまで考えて、俺は「ああ」と結論に至る。それはそうだ。
だって俺は──〝死ぬ〟ために冒険者をやっているのだから。漢字
