災血一番隊長・恋王子ククル──最強な彼は、未亡人に甘えたくて今日もわざと怪我をする


「各都市より、同時多発的な異常事例が報告されています」

 結の災血が淡々と告げた。
 円卓中央に光が集まり、複数の都市の地図が浮かび上がる。

「死亡確認済みの人物が……突如現れるんだってぇ」

 雷の災血が低く言う。

「帝都でも、同様の事例が確認された」

 ヨルの声。
 その瞬間、ククルの視線がわずかに揺れた。
 中央の光が形を変える。映し出されたのは帝都の街路だ。

 そして……一人の若い男のシルエットが浮かび上がった。

「対象は、楠木ヒバリという女性の配偶者だった男性です」

 結の災血の声が、静かに告げる。
 ククルの指先が、わずかに強く組み合わされた。

「おそらくは人型錆鬼(サッキ)────ワシントン級の可能性が高いだろうな」

 毒の災血が断定する。
 その言葉に、円卓の空気が重く沈んだ。

 *

 錆鬼(サッキ)────それは、かつて皇国を裏切った「鉄の宮様」の異能によって生み出されたとされる、金属の災厄である。

 都市のどこかに現れ、鉄を侵し、形を得て、やがて巨大な怪物として顕現する。
 知性はなく、感情もない。ただ存在するだけで破壊をもたらす存在だ。
 その形状によって、錆鬼は大きく三つの等級に分類されている。

 『エリザベス級』
 四肢で地を這う獣型。
 熊や牛、狼を思わせる巨大な体躯を持ち、建造物を踏み潰しながら進む。
 質量と突進力に特化した最も一般的な個体であり、都市防衛戦の主敵となる。

 『ナポレオン級』
 猛禽類を思わせる翼を持つ飛行型。
 高高度から急降下し、鉄骨や兵装を引き裂く。
 その速度は砲弾にも匹敵し、対空防御を持たぬ都市にとっては悪夢そのものだ。

 『ビスマルク級』
 昆虫のような外骨格を持つ群体型。
 単体の脅威は低いが、無数に分裂・増殖し、街区一帯を覆い尽くす。
 鉄という鉄を侵食し、都市機能を内側から崩壊させる。

 これら三種が、錆鬼の基本形とされている。

 そして────
 それらとは明確に一線を画す存在が、稀に出現する。

 人の姿を模した錆鬼(サッキ)……『ワシントン級』
 それはもはや「怪物」ではなく、実際に交戦した異能者の証言から災厄そのものの写し身と呼ばれていた。

 *

「聞いたところじゃぁ、ワシントン級は“鉄の宮様”の複製と見なされているんだってぇ」

 雷の災血が低く告げる。

「完全な再現ではないようですけど。でも構造も挙動も酷似しているらしいです」

 水の災血が静かに補足する。

「要するに、すげーつえーってこったな」

 火の災血が舌打ち混じりに言った。

「んじゃ、決まりだな。恋王子、お前と俺で行くしかねぇ」

 ヨルが、ククルを見据えた。

「異議は?」

 円卓の視線が一斉にククルへ向けられるが、返事はない。あるのは沈黙のみ。

「……話をしてからだ」

 机に足を放り出し、メラヴが片眉を上げて言った。

「話だぁ? 錆鬼とおしゃべりでもするのかよ?」
「確認が必要なのじゃ」

 ククルの声は静かだった
 だがその静けさの奥に、硬いものが沈んでいる。

 言葉尻にトゲを隠そうともしない影の災血・ヨルが鋭く言い放つ。

「なにか含みがあるようだな、鉄の災血」

 円卓が冷え込む。疑いの念を孕んだ、ドロリとした空気だ。

「一番隊は動く」

 ククルはそう静かに宣言して立ち上がった。

「だが、殲滅はしない」

 それだけ言い残すと、ククルは身を翻して会議場を後にした。
 円卓からはざわめきが聞こえたが、彼の胸中にある声はもっと大きくて遮りようがない。

 ────あなた

 ヒバリの声だ。
 もしも、あの時現れた男が本当に錆鬼なのだとしたら……倒さねばならない。それは当然のこと。
 だがそうなったとしたら、ヒバリは二度も愛した男を失うことになる。
 彼女はまた深い喪失を味わうことになる。
 そんな苦しみを……自分は与えることになる。

「どうすればよいのじゃ……」

 答えは一向に定まらぬまま歩く速度だけが早まってゆく。
 ククルの苛立ちに応えるように、帝都に横たわる鉄という鉄がいまにも溶け出しそうなほどに震えていた。