災血一番隊長・恋王子ククル──最強な彼は、未亡人に甘えたくて今日もわざと怪我をする


錆鬼(サッキ)警報発令。臣民の皆様、避難区域へお急ぎください。繰り返します────」

 眠気を誘うほどの朗らかな帝都の昼下がりに、けたたましく警報が鳴った。その合間を縫うようにして、不穏な金属の足音が餅でも突くかのようにガシャンガシャンと響いてくる。
 明らかな異常事態である。しかし街ゆく人々の顔に焦りはない。むしろ興行にでも出くわしたかのような顔色で“位置取り”をはじめる有様だった。
 これから目にすることができるからだ────帝都を守るヒーローの戦いを。

「ちょっと押さないでよ、見えないじゃない……!」
「こっちのセリフですわ……あなたこそおどきなさい……!」
「うわぁぁ……今日はいいことあるわぁ……ありがてぇ、ありがてぇ」

 人々の視線の先には、帝都の大通りに立つ一人の青年。
 彼の柔らかな癖っ毛の金髪が風になびく。均整の取れたスタイルを包み込むのは異能特務隊の軍服だ。
 その後ろ姿だけでも卒倒するご婦人は少なくない。

「あっ、隊長どの。口元にケチャップついてるじゃないですか、もう〜」

 ささっと傍に寄ったおかっぱ頭の美少年が、仁王立ちの青年の口元を、小言を交えながら白いハンカチで優しく拭いている。
 一番隊の副官・チサキだ。
 副官もまた同様の軍服姿だが、纏っているのは女性用だ。つまるところ、見た目美少女な少年が女装しているわけだが、周囲のギャラリーはその事情を皆が理解していた。

「ねぇねぇほらほら。副官ちゃんが、隊長さんのお世話してるぅ〜」
「尊いぃぃぃ……ありがてぇ……」

 英雄でありながら、どこか“抜けている“隊長をかいがいしくお世話する女装男子なカワイイ副官。という構図。
 錆鬼を迎え撃つ前の、彼ら一番隊の定番ムーヴである。

「お昼ご飯、オムライスだったのじゃ」

 隊長は「のじゃ言葉」を使うことでも有名だった。
 金髪碧眼。彼の容貌は美しく、黙ってさえいれば高貴な品格を漂わせている。なれど、ひとたび口を開けば間抜けな口調が飛び出てくるのだから、それを愛嬌と捉えるか「アホ」と捉えるかは人によって評価が分かれていた。

「知ってますよ、おかわりしてましたもんね」

 あっ、ご飯粒ついてる。と、隊長のほっぺたにくっついていた米粒を摘んで、当然のように自分の口に運ぶ副官・チサキ。その瞬間を見たギャラリーから黄色い悲鳴が上がった。

「ん……でも威厳ってものがあるでしょうに。あなたはご自分が何者か、ほんとにわかってるんですか?」

 ズシン!と金属音が近づいてきた。
 隊長は白手袋のはめられた手でチサキをかばうようにして後ろに下げさせると、ふっと不敵な笑みを浮かべて言うのだった。

「無論。わかっているのじゃ」

 気づけば、耳障りなほどに打ち鳴らされていた金属の足音がぱったりと消えている。
 不思議がり、ざわつくギャラリーたち。やがてその中の一人の叫びに応じて、彼らは一斉に顔を上げた。

「上だッ────!」

 それは全長10メートルはあろうかという、巨大な金属の獣。
 ────錆鬼(サッキ)だ。
 熊とも牛とも、なんとも形容しがたい造形の、錆びた金属に体を覆われた四つ足が、風切り音を立てながら空から隊長めがけて一直線に襲いかかってきた。

 ────潰される!
 悲鳴交じりに、ギャラリーたちが目を覆った。
 だが彼らの耳に届いたのは、肉の潰れるような水音でもなければ、金属の爆ぜた轟音でもなく……涼やかな“鈴の音色”だった。

「わぁ……綺麗……」

 目を開けた人々はその光景にため息を漏らした。金色の花びらが、晩秋に落ちる紅葉の如くに降り注いでいたからだ。
 それは触れると砂のように砕けてゆく。まるで魔法にでもかけられたかのように。
 観客たちはしばらくこの光景に見惚れていたが、さっき空から降ってきた怪物が瞬きの間に倒された結果なのだと気づくと、彼らは自然と感嘆の声を漏らすのだった。

「キレイね……この花びらって、錆鬼の残骸でしょ?」
「あんなにも禍々しい化け物を一瞬でこうも美しく屠るなんて……」
「さすがは帝都の守り神……」

 先ほどの鈴の音色は、彼の異能“鉄の災血(さち)”が発動する合図である。

「私は何者かと。そう言ったな?」

 青年は軍服の肩に被さった花びらから軍帽を錬成すると、それを金髪の頭にそっと被せた。
 
「災禍十血、一番隊長・恋王子(れんおうじ)ククル……なのじゃ」
 
 恋王子ククル────最強の彼は二十歳となっていた。
 いまでは、歯磨きも自分できる。シャンプーは苦手なので、いつも副官にお願いしているが、それでも少年時代に比べると諸々が随分と成長している。一人称も「我」から「私」へと控えめになり、彼なりに庶民的な装いを意識するようになっている。
 それには全て理由があるのだが。

「お疲れ様です。隊長どの……って、うわぁ!?」

 駆け寄ってきたチサキが素っ頓狂な声を上げた。
 そして頬をぷくっと膨らめると、恨めしくククルを睨みつけて言った。

「また、わざと怪我しましたね? やめてくださいよ、怒られるの僕なんだから!」

 ククルは、自他共に認める最強である。ゆえに戦闘において傷を負うことなど普通ならばありえない。鉄の災血は、その名の通り鉄壁だからだ。
 だが、ある時を境に、錆鬼を討伐するたびに彼はどこかしら軽ぅぅぅ〜く負傷するようになったのだが……それは“故意に”怪我をしているに他ならないのである。
 今回は右手の人差し指の先っぽにちょっぴり裂傷を負っている。血は出ているが、痛みを感じないくらいの絶妙なレベルの怪我だ。

「さて、私はこれから行くところがある。あとは任せたのじゃ」

 無限にほっぺたを膨らませ続けるチサキの頭を撫でると、ククルは微笑みを残しその場を後にした。
 これもいつものやり取りだ。
 そして、ククル向かう先も……ひとつしかないのであった。
 そのために、わざと怪我をしたのだから。