「次の方、どうぞ」
春の光が、診療所の窓からやわらかく差し込んでいた。
仮設の足場が組まれた帝都の通りは、まだところどころ瓦礫の名残をとどめている。それでも人々は歩き、店は開き、子どもたちは笑っている。戦いは終わったのだと、誰もが自分に言い聞かせるように。
診療所の中は忙しかった。
包帯の消費が増え、薬棚は何度補充してもすぐに空になる。戦後の混乱は、静かな形で人々の体に残っているのだ。
「はい、これで大丈夫。次は三日後に来てくださいね」
ヒバリは患者に微笑みかける。
声は以前と変わらない。けれど、その表情にはどこか揺るがない静けさがあった。
患者が礼を言って去る。
椅子が空く。
「次の方、どうぞ」
カーテンの向こうで、ためらう気配がした。
そして、ゆっくりと開く。
濃紺の軍服。白手袋。やけに姿勢のいい背筋。
そして、わざとらしく腕に巻かれた包帯。
ヒバリは小さく息を吐いた。
「……死闘だったのじゃ」
先に口を開いたのはククルだった。
「最強だっていう割には、よく怪我しますね?」
「やかましいのじゃ」
ふっと口元を綻ばせ、ヒバリは椅子を引いた。
「座ってください」
ククルは素直に腰を下ろす。
差し出された手を、ほんの少し躊躇ってから預けた。
包帯をほどく────やはり、かすり傷だ。
「……わざとですね」
「ハズレなのじゃ」
「当たりですよ」
ふいに沈黙がストンとふたりの間に腰を下ろした。
窓の外では、子どもたちの笑い声が弾ける。春の風がカーテンを揺らし、白い布が光をやわらかく拡散させた。
ヒバリは新しい包帯を巻きながら、ぽつりと言う。
「もう、怪我しなくても来ていいんですよ」
ククルの指が、わずかに動く。まるで言葉を探すように。
「……帝都の防衛ついでじゃ」
「そういうことにしておきます」
包帯の端を結び終えると、その手が、ふと止まる。
ヒバリは一瞬だけ迷い────ククルの頭に、そっと手を置いた。
撫でる。ゆっくりと。
ククルの肩が、わずかに揺れたのがわかった。
「……無礼者。やめぬかっ」
声は小さい。
「いい子だね」
ヒバリは笑う。あの日と同じ言葉だった。
ククルは音もなく立ち上がり、帰ろうとして────やはり立ち止まる。
「ヒバリ」
「はい?」
振り返る。
優しげな青い瞳が、まっすぐにこちらを見ていた。
「……また来る。今度はその……無傷でな」
ヒバリは微笑んだ。
「はい。お待ちしてます」
ククルは頷き、診療所を後にする。
春の光の中へ────
その背中を見送りながら、ヒバリはふと、自分の左手に視線を落とした。
薬指には、もう何もない。
それでも、胸の奥にぽっかりと空いていた場所は、いつのまにか静かに埋まりはじめていた。
カーテンが揺れる。
今度こそ、止まらずに進んでいく。



