災血一番隊長・恋王子ククル──最強な彼は、未亡人に甘えたくて今日もわざと怪我をする


 背中の奥で骨が鳴り、刃が体内を滑った。硬質なものが軋みながら肉を割き、内側を探るように進んでいく。遅れて、焼けた鉄を押し当てられたような熱が広がった。

 刺されたのだ。しかも────ヒバリの、夫に。いや、いまは違う。
 
 ククルの体が前へ流れる。重力が足元を引き寄せる。だが倒れない。倒れるより先に、手が動いた。

「下がれ!」

 ヒバリの肩を突き飛ばす。

 刹那、彼女の瞳に映ったのは、あまりにも鮮やかな血飛沫だった。
 彼の背中から凶刃が引き抜かれたのだ。
 それでもククルは振り返らない。

 ────ヒバリを守らねば!

 右手がわずかに動いて、空気が閉じた。
 すると、ヒバリの周囲に鉄が噴き上がる。石畳の隙間から、街路灯の芯から、遠くのレールの奥から。無数の刃が絡み合い、折り重なり、音を立てずに形を成していった。

 球状の殻────鉄の繭だ。

 花びらの代わりに、鉄片が静かに降り積もる。
 光を受けた断面が、鈍く、冷たく、春の日差しを拒んだ。

 触れていないのに、分かる。
 これはククルの鉄だ。
 彼の異能。彼の反射。彼の────守るという意思そのもの。

「ククル!」

 内側からの叫びを背で受けながら、ククルは半身だけ振り向いた。
 そこには、若い男が立っている。
 温度のない瞳。血の気のない顔。呼吸による胸の上下が、ない。
 人の形をしているだけの、空洞だ。
 手には黒光りする刃。
 その刃先から滴る血が、地面に落ちる前に錆の匂いへと変わっていく。

 ククルの青い瞳が細められる。

「なるほど……鉄の宮様か」

 男の口元が、ゆっくりと歪んだ。

「あぁ、そうだ」

 声は穏やかだった。だが、その響きはどこか空虚だ。

「はじめましてか? お互いによく知っているような気がするなぁ。不思議と……まあ当然か。同じ異能だ」
 
 笑みの形をしているが、そこに体温はない。

「いずれ、こちらから出向くつもりではいた」

 穏やかな声。だが、その奥に乾いた金属音のような響きがある。

「お前の弱みがその女だと、調べはついてたからな」

 ククルの視線が、わずかに揺れる。

「だからこのカラダを選んだのさ」

 ゆっくりと、刃の血を払う。

「言ったろう? お前と俺は同じ能力」

 風が止む。

「どうすれば“鱗”を剥ぎ取れるかは────」

 男の瞳が、冷たい光を帯びた。

「よぉーくわかってるんだよ、坊や」

 ククルの背筋に冷たいものが走る。
 足元の血が広がってゆく。
 それは石畳の溝に沿って流れ、桜の花びらを巻き込みながら、ゆっくりと形を変えていった。

 視界がわずかに暗くなり、春の光が遠のてゆくのがわかった。

 それでも、ククルの口元は笑みを浮かべた。

「面白いのじゃ」

 次の瞬間、空気が裂けた。
 桜の花びらが、爆ぜるように舞い上がり、春が……音を立てて壊れてゆく。

「ククル────!!」

 ふたつの異能が天地を揺らす中、ヒバリの絶叫だけが帝都の空にむなしく響きわたっていた。