ひとりぼっちの私のもとに現れたのは魔法使いでした。

 シャルルは懐中時計を閉じると、さっきままっていた人々は何事もなかったかのように動き出したのでした。
 ルーナは、不思議な光景を目の当たりにしてしまい戸惑ってしまったが何とか気持ちを落ち着かせようと深呼吸をする。

 「ルーナ」

 突然ルーナの手をシャルルは握り、次の瞬間、あの古そうな洋服店の前に立っていたのでした。

 「え……」

 思わず声が出てしまい、これも魔法の能力なのだとルーナは思ったのでした。

 「用事も済ませたし、そろそろ馬車に戻ろうか」
 「はい、シャルル様」

 シャルルが笑顔でルーナの顔を覗くと止まっていた馬車に乗り込み、ルーナも続けて乗り込むのでした。
 馬車が動き出し、お互い話すことなく沈黙の時間が流れる。
 そんな中で、ルーナは窓の外を眺めシャルルはルーナの様子を見ている。
 ルーナはシャルルの視線に気づいていない。
 『ルーナありがとう』
 シャルルは、ルーナには聞こえないほどの小さな声で伝える。
 
 道中を進んでいるとき、馬車から花畑が見えてきたのでした。
 パッとルーナの顔が明るくなり花畑を食い入るように見ている様子を見たシャルルはルーナに尋ねる。

 「ルーナ、近くで見てみるかい?」
 「良いのですか?」

 嬉しさが溢れているのがシャルルにも伝わってくる。

 「もちろんだよ」

 シャルルは御者(ぎょしゃ)に花畑の近くに馬車を止めてもらうように頼みます。
 ほどなくして馬車が花畑の近くに止まったのでした。
 ルーナは待ちきれずに急いで馬車から降りていきます。

 「気をつけないと、怪我をしてしまうよ」

 走りながらも後ろから聞こえるシャルルの声に返事をします。

 「大丈夫ですよ。シャルル様」

 ルーナが足を止めると、そこには辺り一面紫色の花畑が広がり、風で静かに揺らめいていた。

 「うわーあ、キレイ」

 心から出た言葉だった。
 ルーナは、紫色の花の近くに顔を寄せ香りを嗅いでいると、シャルルが遅れて花畑の前にやってきた。
 ラベンダーの香りは、柔らかく少しの甘さを感じた。

 「シャルル様、キレイですね」
 「そうだね。ところで、ルーナはこの花の名前を知っているかい?」
 「いいえ、知りません。何という名前の花なのですか?」
 「この花の名前は、ラベンダーといって、見るだけでなく、料理の香り付けや薬として使われているんだよ」
 「ラベンダーって、何でも出るんですね」
 「そうだね」

 ルーナの子どものような姿を、後ろでそっとシャルルは眺めていたのでした。
 思う存分ラベンダー畑を堪能(たんのう)しましたが、ルーナはまだ名残惜しそうに戻っている途中にも振り返りラベンダー畑を見ていたのでした。
 馬車に乗ってからもルーナはラベンダー畑が見えなくなるまで見続けていたのでした。


 最初の夜、シャルルとルーナは宿に隣接する土産屋に来ていました。
 部屋に荷物を置き夕食のために外出しようとしていたところ、シャルルが土産屋の看板を見つけたのです。
 「ルーナ、少し入ってみるかい?」
 ルーナは嬉しさを隠せずうなずいた。
 店内に入ると、棚に置物や食器、タイルコースターなどが並べられています。
 ルーナは、ハーブが並んでいる棚を見つけ、その棚を見始めました。
 教会を出てからある程度、困らないようにと基本的な字の読み書きを教会で教えてもらえるのですが、ルーナはもちろん教えてもらえず独学で本や人を見て真似し、読んだり書いたりして覚えたのでした。
 ローズマリー、ミント、カモミール、ラベンダー、その他にも色々なハーブが小瓶に入っています。
 中身は、乾燥させたハーブである。

 こんなにも沢山のハーブの種類があるのだと思いながら、紫色のラベンダーの小瓶を手に取る。
 (これがさっき花畑で見たラベンダーの花を集めたハーブなのか)
 ルーナの隣にシャルルがやってくる。

 「気になるものはあったのかな?」
 「いえ、ありません」
 ルーナは慌てて小瓶を棚に戻すと他の場所に移動していく。
 しばらく土産屋を見ると夕食を食べにお店に向かうことにした。

 その後、夕食を済ませ宿に戻ってくるとテーブルの上には土産屋で見ていたラベンダーの小瓶が置かれていたのでした。

 「どうして」

 ルーナは小瓶を持ち上げると、贈り主のことを思い浮かべたのでした。
 パジャマに着替え終えるとトランクから日記を取り出すと日記を書き始めます。
 教会を出てからの日記帳にはこう記したのでした。
 『ラベンダーという紫色の花畑をシャルル様と見た。効能を教えてもらった。
 ラベンダーの小瓶の贈り物をもらった。この町の名物料理を食べた。とても美味しかった。新しい一日が終わってしまった』
 ルーナは小瓶を日記帳の横に置くと、ベッドに入り眠りに就いたのでした。 


 二日目の朝。
 ルーナは外の騒がしい音で目を覚ました。
 
 「何の音かしら?」

 まだ朝だというのに何があったのだろうかと、眠い目を擦りながらルーナはベッドから起き、部屋の窓から外を見ました。
 すると、大勢の人が一ヶ所に集まっているのが見えました。
 
 「どうしたんだろう?」

 外の様子を見ていると突然ドアがノックされる。
 「ルーナ起きているかな?」
 「はい、起きています」
 「朝の支度が終わったら朝食に行こう」
 「朝食ですか!すぐ支度します」

 返事を返し、ルーナはパジャマから白色のワンピースに着替える。
 昨日、机に出しておいた日記帳や小瓶をトランクに詰めました。
 朝食を食べてからすぐに出れるようにするためです。
 支度を終えたルーナはシャルルの部屋のドアをノックすると、シャルルがドアを開けた。
 昨日と違いかっちりとした服装ではなく平民の人々が着るような落ち着いた服装をしていたのでした。

 「支度を終えたんだね。行こうかルーナ」

 宿を出て正面のお店から二軒先に朝から開いているパン屋さんがある。
 パン屋さんに入ると焼きたてのパンの香りが店内に充満している。 
 パン屋さんの隣では数種類のスープを販売していた。
 ルーナは、バタールと野菜がたっぷり入ったスープ、シャルルはバゲットにクラムチャウダーを食べました。

 朝食を済ませ、宿に戻り、一階にある受付にシャルルが二部屋分の鍵を返します。
 外に出るとすでに馬車が停まっており、二人は乗り込んでいきます。
 最初の話題は朝の騒動の話で、それが終わると、ルーナは思いきってお礼を伝えます。

 「あ、あのシャルル様、小瓶の贈り物ありがとうございました」
 「ああ、うん。喜んでくれたなら良かったよ」

 シャルル様は何でもないかのように振る舞ってくれる。
 ルーナは横目でシャルルのあのキレイな横顔をただ眺めていた。


 随分長いこと馬車に揺られていた。
 田舎町からやって来たからなのか見る景色が変わり始めた。
 畑や羊などの動物は少なくなり高い建物が増えていって人が多くなっていた。
 すると、沢山の人々がある一定の場所に集まっていて溢れ返っているのが中から見えました。
 少し遠くにあるため何があるのかはよく見えずあの場所に何があるのか、シャルル様に尋ねる。

 「シャルル様、あの人だかりは何でございますか?」
 「あれは、マーケットといって野菜とか食器とかが売られている店だよ。ルーナ、行ってみたいかい?」
 「い、行きたいです」
 次は、我慢せずに言えた。

 マーケットの近くまで馬車を近づけると沢山の人々で各々欲しい商品を見定めて買い物をしています。
 馬車を下りると、沢山の人々が集まっています。
 ルーナとシャルルは人混みを掻き分けて商品を見て回ります。
 果物、食品、服、アクセサリー、どれもこれもルーナには、目に新鮮に映っていたのでした。

 「シャルル様、本当に沢山の様々なものが売っていますね。多さに圧倒されてしまいます」
 「そうだね。ルーナ、気になる店は見つけたかい?」

 ルーナは悩んでいるとアクセサリーが並んだお店を見つけ、ここに立ち寄ることにした。

 「いらっしゃい」

 お店の女性店主は優しい顔で迎えてくれる。
 ネックレス、指輪、耳飾り、ブレスレット、ピンズなどがキレイに陳列されている。
 ルーナはその中で小さな花びらが散りばめられた髪飾りに目を引かれ手に取り見ていると女性店主がルーナに話しかけてきた。

 「お嬢ちゃん、お目が高いね。どうだい?」
 「い、いえ大丈夫です」

 ルーナは髪飾りをもとに戻してしまいます。

 「次に行きましょう、シャルル様」

 その後もルーナは、見るだけでした。
 すると、シャルルがその様子を見かねて口を開く。
 「本当に何も買わないのかい?」
 「はい、見ているだけでとても楽しいですから」
 マーケットを出て近くのレストランで食事を済ませると、また馬車に乗り込む。

 この後も長い間馬車に揺られルーナたちは夜になり、また宿に泊まることになった。
 部屋でルーナが今日も日記を記している。
 『マーケットという場所に初めて行った。そこには沢山のものが売っていて、果物、服、アクセサリーなどがあり見ているだけでも楽しかった。また行きたいと感じた』
 幸せそうな顔をしたルーナが眠っている。


 三日目。
 ルーナは、ベッドから起き上がると伸びをした。
 今日はいつもよりも早く支度を終えると、隣のシャルル様の部屋に向かう。
 そっとドアをノックすると、スーツ姿でシャルル様が迎えてくれた。
 (もう起きていたのね)

 「ルーナ、おはよう」
 「おはようございますシャルル様」
 「もう支度を終えたんだね。僕はもう少しで終えるから僕の部屋で待っているかい?」
 「はい。では待たせていただきます」

 一人用のソファにルーナは座ると、シャルルはトランクの中に荷物を詰めていた。
 ルーナはキョロキョロとどこに視線を定めればよいのか迷っていた。
 (シャルル様を見てたら迷惑だよね。どこを見ればいいのだろう……)

 「ルーナ、こちらにおいで」
 そんなことを一人考えていたときにルーナはシャルルに呼ばれた。

 「はい」

 ルーナは立ち上がるとシャルルのもとに行く。

 「手を出して」

 何が何だか分からないままルーナは手を出すと、シャルルはそっと手に何かを乗せる。
 手には髪飾りがありそれは前日にマーケットでルーナが素敵だと思った小さな花びらが散りばめられた髪飾りでした。

 「どうして」
 「ルーナにとても似合うと思ってね」
 「ありがとうございます」
 「着けてもよろしいですか?」
 「もちろんだよ」

 ルーナは髪飾りをつけるとシャルルに付けた姿を見せる。

 「どうでしょうか?」
 「うん。とても似合っているよ」

 ルーナの長く美しい黒髪に髪飾りが映えていたのでした。
 朝食は宿に併設されているレストランで食事を済ませた。
 外に出るとルーナは空を見上げると、青く透き通った空がそこには広がっていた。
 あともうすぐでシャルルの屋敷がある水の都、フルスに近づいているのを感じるのでした。
 また馬車にふたりは乗り込むと、前日よりももっと長い長い道のりを馬車は進んでいくのでした。

 ルーナはふと教会を出発してからの出来事を振り返っていたのでした。
 私がこの選択をしなかったらこの土地でしか味わえない食べ物や景色をシャルル様と共に楽しむことが出来なかっただろう。
 こんなにも沢山の幸せな気持ちにならなかっただろう。
 シャルル様といると、落ち着くいている自分自身に驚いている。
 シャルルは窓の外を眺めていたが、ルーナの視線を感じたのかルーナに視線を移す。

 「どうかしたかい?」
 「いえ、何でもありません」
 「そう」

 ふたりは、お互い外の景色に視線を移す。


 ルーナがあくびをするのを手で隠すのを見たシャルルはいいます。

 「疲れただろう。眠るといい」

 そういうとシャルルは席を移動し、ルーナに肩を貸してくれるというのです。
 ルーナは最初は申し訳なくてからだに力を入れていましたが、深い眠りにつくと完全にシャルルに寄り掛かって眠っていたのでした。

 ルーナは、その頃不思議な夢を見ていたのでした。
 何処かの草原のようで、遠くには家々が見えており一人の男性がこちらに近づいてくるのが分かります。
 どうやらその傍には、女性がいるようでふたりは楽しそうに話しているようです。
 何を言っているのかくぐもって聞き取れない。
 夢の中の私はその人たちの顔を見ようとするが、眩しく光っていて顔をよく見ることが出来ないのです。
 なんだろうこの夢は……。

 「ルーナ、ルーナ」

 シャルル様の声がします。 

 「もう少しで着くよ」

 ルーナは瞳を開けると、まだ眠たいままの意識がはっきりとしない中でシャルルの肩から起き上がります。

 「シャルル様」
 「おはようルーナ」
 「ルーナ、窓の外を見てごらん」

 シャルル様に言われるまま窓の外に視線を移す。
 教会よりも大きな建物の外壁が細かい細工が施された建物、石像、そして沢山の人々が歩き馬車などがひっきりなしに行き交っていたのでした。

 「うーあ」

 思わず声を漏らしてしまう。

 「どう?驚いたかい?見慣れないものばかりだろう」
 「はい、私が住んでいた場所では見たことのないものばかりです」

 目的地に着くまで、ルーナはずっと窓から外の景色を眺めていると、馬車が突然止まったのです。
 ルーナはシャルルに視線を向けます。

 「ルーナ、着いたよ」

 そういうと、馬車のドアが開きシャルルは降りていきます。
 ルーナもシャルルの後に続いて降りると、ルーナの目の前に古びた屋敷が建っていたのでした。