未完成のトンネル、送り火、あの夏の校舎。先輩は、

麓にある村から随分と迂回してやってきたのは、山腹の巨大なダム湖の目の前だった。
2〜30分は登ったな…体力の限界を訴える膝を叱咤しダム湖の周囲に沿って歩くと、白装束を着た久勢先輩が見えてきた。
先輩に向かって駆け出したい気持ちに駆られたが、そこにいたのは先輩だけではなかった。何やら複数人の村人が湖面にせっせと何かを流している。

村人が手元から繰り出していたのは、湖面に浮かぶ縄で両端を繋げた連なる板だ。簡易的な橋にも見えるそこには等間隔で棒が立ち並んでいる。
棒の先端には丸印の描かれた紙が貼られている。

的のようにも見えるが、なんだろう…と考えていると、ヒュッと風を切る音とともに的を火の弾丸が通り抜けていった。

広い湖面の一部を横切る的、それでもかなりの長さだが…
その全ての的にボッ!という破裂音とともに火がつく頃には、通り抜けて行った弾丸は勢いをなくし湖面にボチャンと落ちる。

村人が拍手喝采を送りだした時にようやく、弾丸ではなく火矢を久勢先輩が放ったのだと気づいた。

「あんなに何十枚の的を綺麗に射抜けるもんなんですね…」

「神事でよく弓は射るからね。

2回目のお盆はこうして俺がダム湖に火を灯して、それを合図に山頂の神社の高台から村の人に灯籠を空に飛ばしてもらうんだ」

そうしてようやく死者を送り出せる。

久勢先輩の語る死者を送る儀式に違和感を覚えた。
7歳の俺に先輩が教えてくれたのは、このダム湖で流し灯籠をする行事だったはずだ。

「代々山頂神社のご子息さんがやってくれる“あなや送り火”だけど、久勢君のおかげで今年も無事死者を送り出せるな!」

違和感を覚えているのは俺だけなのか、村人が3人集まってきて久勢先輩に笑いかける。

「あなや送り火…」

「“あなや”ってのは昔の人がびっくりした時に言う言葉で…ちいかわで言う“ワァ!”みたいなやつだ」

「思いの外的が燃えてびっくりしちゃったんだな」

「でも思ったわけだ。死者を送り出す儀式なら派手な方がいい…この火力で行こうと」

古い時代にも悪ノリという文化はあったらしい。

「そういえばちゃんと自己紹介をしてなかったね。

はじめまして。
今年の送り火人、久勢 晃紀(くぜ あきのり)です」

改めましてかなー

久勢先輩は初めて会う口ぶりで、
でもよく見知った笑顔で俺に笑いかけた。