未完成のトンネル、送り火、あの夏の校舎。先輩は、

次の日、ぼくは『ずっと誰かと目が合うの』と言ってお兄さんに泣きついた。

お兄さんは飛びついてきたぼくを抱きしめる。
ポンポンと、お母さんがしてくれるみたいに背中を優しく叩くお兄さんの手。
同じリズムで背中に伝わる音に、だんだん涙は引っ込んでいった。
小さくしゃっくりを上げながらお兄さんを見上げると、もう『誰かと目が合う』あの感じはなくなっていた。

「そういう時はね、“なーんにもいないいない”って心の中で唱えるんだ」

村で仲良くなったお兄さんは、凛々しい目元を優しげに緩めてそう言った。

ぼくが1人森で遊んでいるときに、『子ども1人じゃ危ないから』と手を引き森の外まで連れ出してくれた。
それでもぼくが毎日森へ遊びに来るから、観念したお兄さんは秘密のお友達になってくれたのだ。

お兄さんは森に行けばいつもいて、いつ会いに行っても神社の人が着るみたいな真っ白な着物姿をしている。
ぼくと会ってるのも秘密とかで、名前もなんにも教えてくれない。
けどいい人だってことは分かる。

17才だと言ったお兄さんは、つまりこーこーせいだ。
東京のお兄さんと同じ年くらいのこーこーせいは、ぼくが昨日みたいに見えてる黒い影(・・・)のことも、『そんなのいるわけねーじゃん!』と笑い飛ばしてくる。

お兄さんはぼくが見えてる黒い影(・・・)も、ぼくのことも、バカにしたりしないからだ。

こっちに目線を合わせてしゃがみながら、汗で張り付くぼくの前髪をそっと掻き分けるお兄さんの指。
お日様に照らされて空と地面からジリジリ焼かれて、前髪だけじゃなくぼくは全身汗でびっしょりだった。
お兄さんは真ん中で分けられた前髪から覗く形のいいおでこに、汗すら滲んでいない。
お兄さんの短い黒髪の、横に撫で付けてあった何本かが落ちてハラリと顔にかかった。
その髪を耳にかけるお兄さんがキレイだなってドキドキして、そんな風に誰かを『キレイだな』って思うのは初めてで、ぼくの頭はこんらんでグルグルしだす。

「りょうくん、顔が赤いね?」

もしかして熱中症かも…

お兄さんの心配そうなつぶやきから数分後、ぼくは木陰でお兄さんに膝枕されていた。

「やめてくださいお兄さん。ぼくはまだ7才です」

「知ってるよ?」

「まどわせないでください。7才もけだものになれるんです」

「もう少し休んだほうがいいね」

あっ全然しんけんに聞いてくれてないやつだ!『ぼく怒ってるんだからね!』を笑って流すお父さんとおんなじやつだ!
あっ、おでこに当たったお兄さんの手がひんやりして気持ちいい…

「りょう君が“見えてる”って分かる反応をすると、向こうは“かまってもらえる”って勘違いしちゃうからね。

ーそうして線引きを曖昧にしちゃうと、生きてる世界と死んでる世界も曖昧になってしまう」

だからああやって正しい世界に帰ってもらわないといけない。
お兄さんは眼下に見えるダム湖に流される灯籠を指差して、何かを思い出すような遠い目をした。

「ぼくも、しんじゃったら、ああなっちゃうの?」

「大丈夫。ほとんどの人はちゃんと死んだら行くべき場所へ行けるようにできてるんだ」

だからりょう君は大丈夫ー