あの夏の日、先輩は

幼い頃彼は祖父と、今と変わらぬ姿をした先輩が言い争う姿を見たのだという。

「人形神を持て余し始めた祖父は、まだ下弓月村にいた頃にそこの土地神様に助けを求めた。

私はまだ幼かったが、土地神さまは今と変わらぬその姿だったね。

彼が神様でもないとこの事象に説明がつかない」

「……」

俺が黙って話の続きを促すと、男性は咳払いをして話を続ける。

「おそらく私の父が早世したのも原因だったのだろう…

欲望を差し出せなければ周りに悪意を振りまく人形神の、最初の犠牲者は誰になると思う?

最初に人形神を作った者の近親者だ。

妻、両親、息子と亡くした祖父は、せめて孫の私だけでも助けるために人形神との契約を解除しようとした」

先輩は、『そんなものはない』と言ったという。


「自分で願っておいて人間の都合で捨てていい、そんな都合のいい神様はいないと」

「……」

「人形神は祖父の欲望を吸ってあんなに大きくなってしまった。

清廉な存在の土地神様にはあの存在は息苦しかったろう。

すまなかったね、夜が明けたようだよ」


もし何か困ったことがあればいつでも相談してくれ。

門まで俺達を見送った男性は、名刺を渡してきた。

未だ眠る先輩をおぶる俺には名刺を受け取る術がない。

「困っているのはあなたの方では?」

「ハハハ、まぁまぁ。

大人は子供を頼らないが、子供は大人を頼っていいんだよ?」

男性の引かない気配を感じ、なんとか指先で名刺を受け取る。

満足そうに頷き男性が家に引っ込んだのを確認すると、俺はしばらく歩いて辺りを確認する。

どうやらここは隣町のようだ。

男性がいないことを確認し、道端に名刺を捨てる。

また何か仕込まれていては溜まったものじゃない。




あの土蔵で感じた土の匂い。


資料館で赤い封筒に男が食べられたとき、人が消失したショックと先輩がターゲットかもしれないという二重ショックで忘れていた。

男を始末したあの赤い封筒からは、確かに同じ土の匂いがしたのだ。



そしてあの男性は“下弓月村で”先輩を見たと言った。

村から出た住民は、辻褄合わせによる補填で先輩のことを忘れるようにできている。

なのに彼は覚えているといった。



しかし先輩が効力を発揮できるのは村に入ろうとする害意のある人間、村を出ていった人間のみ。

それから今回の件で外からの怪異の他に、呪具やそれを持った人間も防げないことが分かった。

ならば村の中から出た呪具生成師にも先輩の力は発揮できないのだろう。




あのスーツの男性が先輩を狙っている。


おそらく狙いは人形神をどうにかしたい…それで先輩を使おうとしたのだろう。

どう方を着けるか考えながら、俺は帰路を急いだ。