あの夏の日、先輩は

ココ…デ、ワタシ、ハ、ウマレタノ…


ギシギシと鈍い音を立てながら近づいてくる人形にハッとして、俺は服のポケットというポケットを探る。

ジャージのズボンポケットには、さっき先輩と見つけた“石”が入っていた。

それを出来る限り蔵の奥へ放り投げる。


ザザザザザッッッ


まさに蜘蛛のような動きで石を追いかけていく人形。


俺は先輩を抱えたまま土蔵の扉を叩く。


「誰か!誰か開けてください!!」

先輩をあまり揺らさないように片手で懸命に扉を叩き続ける。


と、手に感じていた扉の硬さが消失する。

外から扉が開いたのだ。


先輩を胸に抱き込むようにして外に飛び出す。




扉が閉められると、途端に


ザザザザザ…ガンッッ!!!

俺達が外に出たことに気づいたのか、地面を這い回り扉に体当りする人形ー

容易に想像できて、身震いする。


先輩を抱えたまま地面で呆けていると、扉を開けてくれた人影が手を差し出してきた。


「誰彼構わず悪意をバラ撒いて…

手を焼いてますよ」



喫茶店で出会ったスーツの男だった。








「あれは人形神(ひんながみ)と言ってね。


私の祖父が作ってしまった憑き物だよ」


男性が1枚の写真を机に差し出す。

服装こそ異なるが、今目の前にいる男性そっくりの男が映る50年前の写真だった。


俺は先輩を膝に抱き、俺に寄りかからせながら話を聞いている。

隣の和室でちゃんと布団に寝かせようという提案が男性からあったが、この状況で先輩から離れるという選択肢はありえなかった。

いいんだよ今俺は先輩の安楽椅子なので…

一刻も早く帰りたい旨を伝えたが、おそらくこの敷地内から出ればあの人形は土蔵から出て追いかけてくるとのことらしい。

少なくとも夜が明けるまではここから動かないほうがいいとのことだった。

仕方がないので男性の話を聞き続ける。


①3年間で3千人に踏まれた墓の土を7箇所から集めてくる。②集めた土を人の血でこね、自分の信じる神の形にする
③人のよく通る地面に埋めて、千人の人々に踏ませる


こうしてできた人形神は、作った者の願いを何でも叶えるという。

「犬神の作り方とも似ているね。

飢餓状態の犬の首を刎ね、往来の多い場所に埋める」

そうして怨念でできた“人の欲望を叶える”存在には、当然代償が伴う。


「こうして子孫代々祟られるのが憑き物筋と呼ばれるわけだね。

親の業は子供の業。

確かにそんな方法で成した親の材を相続しているのだから、祟られてもしょうがないのかもしれないが…

遺産を放棄しようとも無駄らしい。
同じ血が流れる限り決して逃れられない運命というわけだね」


それは親の血を継ぎ、どこまでも怪異を視てしまう俺の目とどこか似ていた。

「だが厄介なことにー

人形神は差し出す欲望が底を尽きると、次はその悪意を周りにバラ撒き始める。

ああやって自分の一部をわざと持たせー


それこそ君たちがもらったあの人形の目玉部分の墓石なんかをねー

身につけた人間を襲うんだ」


「当たり屋みたいな手法」


「巻き込んでしまってすまないね」


いやもっと悪びれろや…
内心俺が憤っていると。


「特にそちらの彼は体が辛いだろうー」

男性から気遣うような目線が先輩に向けられる。

「どういう意味ですか?」

「どうって…


そこの彼は、この村の土地神様だろう?」