あの夏の日、先輩は

ーやっと受け取っていただけましたか

耳元で女の声がした。

声を振り払うように顔を背ける。
目の前の先輩が掌で俺の目を覆うよりも、俺が先輩の背後にいる女を認識する方が早かったらしい。

意識が闇に飲まれる。



気がつくとそこは体育館ではなく、どこかだだっ広い日本家屋の和室。
美しい装飾の施された欄間、屏風、調度品から見ても“どこかいいお屋敷”を思わせるそこは、しかし生きている人間の気配は何も感じられない。

俺はいうと、行灯が隅に置かれた押入れの前で正座をした形から動けない。

行灯の光で押入れに伸びる俺の影が、炎が揺らめく度に僅かにブレる。


背後から、


襖がスーッと開く音がした。



襖を開けた人物の後ろからの光で、影が俺に重なる。



「娘の旦那様になってくれる方を探しておりました…



先日、やっとその方法を見つけて(・・・・・・・・・・・・)



「若い身空で病に倒れ…16の歳で結婚もできずに死んでしまった」


「娘が不憫で不憫で」


同じ女の声が。


しかし俺の耳元、足元、頭の後ろ至るところから声がする。


「素敵な旦那様で、あなたも嬉しい?」



女の声は。

目の前の押入れに語りかけているようだった。



「顔合わせをしましょうね」



背後から伸びてくる手が、押入れを開けようと手をかける。



ヒュッー…タァンッ!


風を切る音と押入れの戸に矢が刺さる音が、ほぼ同時に響き渡る。


押入れを開けようとしていた女は自分を避けるように刺さった矢を見て絞り出すような悲鳴を上げた。


「綾子!綾子!無事なの!?」


あ 
  ぁ あ゛
      あ
        ぁ
      あ
    ぁ゛
   ぁ
  あ
   ぁ゛
    ぁー…

長く、引き絞るような悲痛な声がした。

人間の声ではなかった。


綾子!ともはや絶叫に近い声で半狂乱になっている女は、黒い着物の喪服姿でなんとか押入れを開けようともがいている。


「分かりませんか。あなたの妄執が、娘さんを人ではない何かにしてしまった」


先輩の声がした途端、俺は正座の姿勢からようやく体が自由になる。
倒れそうになる俺を背後から支えた先輩が、おそらく女を見上げながら聞いたことのない剣のある声を出す。

「呪具など使えばー


娘さんは地獄に落ちますよ」



うぅぅぅぅー…


女はついに地面に泣き崩れた。


「祝詞を唱えます。
娘さんを思うならこの方角にまっすぐ、元来た道を戻ってください」


先輩の祝詞を受けて、女は帰っていった。


「最後に…最後に記念撮影だけいいかしら…
娘に…娘にイケメン達の写真をプレゼントしたいんです…」

いや、なかなか帰らなかった。

懐からチェキを取り出すと、彼女は「イケメンの…イケメンのポーズお願いします」と俺達に向けて数回シャッターを切る。
すぐ現像された何枚かの内、1枚をこちらに寄越してくれた。

写真の日付は、20年前の日付だった。