あの夏の日、先輩は

悲鳴を上げそうになった俺の口に先輩が手を当てる。
刺激すべきではない…ということだろうか。

「いや、番頭さんが驚くから」

見れば、ゾロゾロと。

黒い影ー黒まんまい様が『300円ね〜』という番頭さんに小銭を渡し次々と暖簾をくぐってくる。
何これCG?

「今ここにいる『黒まんまい様』を校舎で見た時と同じ姿で認識してるのはりょう君だけなんだ。

校舎の中にいる時の条件でしか(・・・・・・・・・・・・・・)村の皆には黒まんまい様がハッキリ見えない。

だから番頭さんとかクラスメイトの皆は“なんか肌が黒い…隣町から来たネパールかカンボジアの人かな”って認識してる」

隣町からこんなにネパールかカンボジアの人がゾロゾロ来てたらそれはそれでおかしい気が…

ビックリしすぎて一周回って冷静になった俺は、先輩に醜態を晒すことなく現在一緒にお風呂に浸かっている。

“校舎の中にいる時の条件でしか村の皆には黒まんまい様がハッキリ見えない”
なんでだろう…なぞなぞかな…?

「今ぐらいの日暮れ時になると黒まんまい様が下山してくるんだ」

お猿さんかな…

視線を巡らせれば、別の浴槽に浸かる担任教師が、黒まんまい様2人を前に何かを熱く語っている。

「そう、高校最後の夏…夢にときめいたり明日にきらめいたりしたいわけだ」

某高校球児ドラマに感化されまくったセリフが漏れ聞こえて来る。

「溝口、身長は何cmだ」

「185cmです」

「ほう…

その高身長に坊主頭。

野球をやるために生まれてきたと言っても過言ではない」

偏見がすごい

「転校生!久勢!何cmだ言ってみろ!」

「182cmです」

「180cmです」

「きっといいバッテリーになる」

「どういうことなの」

「タカ&トシ、双子はもう二遊間で決まりだな」

2人はジェットバスの泡に包まれながらサムズアップしている。いいんだ…

「そしてこちらがネパールの市原隼人、カンボジアの市原隼人だ」

黒まんまい様と肩を組みながらキメ顔の担任教師。『どっちがどっちだったかな…』と漏らしてるのが聞こえる。

肩を組まれた黒まんまい様の1人が何か担任教師に身振り手振りのジェスチャーをする。

「え?控えピッチャー云々の前に圧倒的にポジション足りてない?

大丈夫だー

俺がライト、レフトー

そしてセンターだ」

「めちゃくちゃ言ってる」

俺達が風呂から上がったあとも新しい黒まんまい様が続々と銭湯へ入ってくる。
担任教師が「野球やってる〜?」と素振りの動作をするのに対し、黒まんまい様は下に伸ばした腕をゆっくり小さく振るゴルフのような仕草…おそらくゲートボールのジェスチャー。

「いいね、君は今日からサードだ」

伝わってないな…

先輩が貸してくれた着替えな黒ジャージを手に担任と黒まんまい様のやり取りを眺めていると、パサリと足元に何かが落ちる。

視線を落とすと、今日目にするのは2回目の赤い封筒ー


ただし異なるのは封筒に赤黒い血文字で『なぜ受け取らない?』と大きく書かれている点だ。

絶句しジャージを掴んだまま赤い封筒から1歩下がり、籠からジャージを引っ張りだす形になる。

バサバサバサッ

引っ張り出されると同時に赤い封筒が何通も何通もー

封筒には

受け取れ!受け取れ!受け取れ!受け取れ!

真っ先に目に入った表面にはびっしりとー
同じく血で書かれた文字が連なっている。

「掃除するねー」

わぁー?

先輩がモップで赤い封筒を隅へ追いやる。

「拾わなければ大丈夫だから」

優しく告げる先輩の笑顔を見ると、本当に大丈夫なんだと安心してくる。

ホッとしたのもつかの間。

「おいおい情熱的な赤い封筒ーラブレターか…?」

溝口くんが額に指を当て『俺にもついにモテ期が…?』と手にしていたのは赤い封筒だった。