あの夏の日、先輩は

「先輩、どうして何も言ってくれないんですか?」

「…りょう君の言うとおり、俺がここの時代の誰でもなかったとして」

本当のことが分かったら、もう一緒にはいられなくなる。

先輩に寂しげな笑顔でそう言われたら。

「それ、は、嫌です、けど…」

「うん」

「先輩が、蓮の沼の子どもたちみたいに、1人で苦しんでるなら…俺は、それも嫌です」

「……」

「先輩の力になりたいんです」

「……」

先輩は俯いたままだ。
俺から距離を取るように後ずさると、そのまま更衣室の扉を開けて廊下に出る。
パタン、と扉が閉められてからようやくハッとする俺。

すごいナチュラルに逃げられた…

「待って先輩せめてシャワー浴びましょう風邪ひいちゃうんでめっちゃ滑べる」

廊下に出た途端何か踏んだのかズルっと盛大に滑べる。

なんとか踏みとどまり見下ろせば、足元には赤い封筒。

なんだろう…先輩が照れ隠しに文字でしたためてくれたんだろうか。

拾おうとするも、横から伸びてきた手が先に拾い上げる。

「中身は…手紙じゃないね」

先輩が軽く封筒を振ると中身はザラザラと、複数何か…ビーズや何か細かいものが擦れ合うような音がした。

その音になぜかゾワ…と怖気が止まらなくなる。

「お祓い案件っぽいから、俺が持ち帰るよ」

「えっ、それだと先輩が危険じゃ」

「大丈夫大丈夫」

先輩はどこからかジップロックの袋を取り出すと、ポイっと赤い封筒をその中に入れた。

そんなのでいいんだ…?

それからフワ、と鼻先を檜や新緑のような澄んだ香りが掠める。
見れば香りの先は紺色の麻でできた小さな巾着型の香袋ーその絞られた紐先を摘んだ先輩が、赤い封筒の入ったジップロックへポトリと香袋を落とす。
赤い封筒が一瞬脈打ったように見えた。
それからかヒィーー…と。
女のか細い悲鳴のようなものが封筒からし始めたが、先輩がジップロックの口をジッ!と締め切ったためすぐに聞こえなくなった。

「今日は学校で夜のお泊りがあるんだけど」

えっ聞いてない…

「やっぱり連絡網がりょう君のところまで行ってなかったね…

多分この後みんなで近くの銭湯に入りに行くことになるから、もう行っちゃおうか?」

先輩に聞きたいことは多々あったがしかし。

先輩と銭湯デートだーーーやったーーーー(ガッツポーズ)

俺の安直な脳みそは目先の欲に簡単に支配されてしまった。

これが先輩の作戦なら完敗である。