あの夏の日、先輩は

先輩を前に動けなくなる。

6歳の頃この村で、高熱を出して寝込んでいた3日間。

俺はどうしてもお兄さんに会いたくて…


気がつくと見知らぬ森の中にいた。

一瞬いつもの森かと思ったが、どうにも木々の様子や立地に違和感を覚える。

ー水の音?

川のせせらぎ…ではない。
ドドドド…と地鳴りのように響く音。

鉄砲水が迫ってくるのが遠目に見えて、それからー



ーりょう君!


目の前に白装束のお兄さん。

壁のように迫ってくる濁流。




それから、




チリンチリーンー…


生温い風が縁側の風鈴を揺らす。

お兄さんも濁流も夢だったみたいに、見えたのは祖母の家の天井で。

3日ぶりに目を覚ました俺を父も母も泣きながら抱きしめた。

それからたった今祖母が亡くなったことも告げられた。


それ以来俺が祖母と…それから“お兄さん”とずっと口にして泣くものだから、母は帰省するのをやめたのだ。


どうしてずっと忘れていたのだろう。


蓮と彼岸花の沼で見たのは…大岩に閉じ込められて、神様のような何かになった、子どもたちの記憶だった。

あの洪水はーいつの誰の記憶?

「6歳の俺が見たあの洪水はー…先輩の記憶なんですか?」

「………」

「蓮と彼岸花の沼みたいに、いつかのこの土地に紛れ込んだ俺が洪水に巻き込まれて…

俺を濁流から守るために先輩が死んー」



本当はあの日の死者になるはずだったのは俺で。

先輩が俺の身代わりになることで死者の数が同じになったんだとしたら?

死んだ先輩の死体を、あの子どもたちみたいに誰かが人柱にして…御石様で供養したんだとしたら?

先輩が言った『御石様は神様もどき』なのは、
望まぬ形で神様にされたからだとしたら?
そしてそれが先輩のことだとしたら?

「違う、りょう君が悪いことなんて何1つないよ」

嫌な想像が止まらない俺を心配そうに覗き込み、諭すように話してくれる先輩。

「でも、あの洪水は実際に昔起こったことでー
先輩はそこに居合わせた?」

「……」

どうして先輩は何も言ってくれないんだろう。