あの夏の日、先輩は

「てんこーせー、チャリ持ってないん?」

初日は車で送ってもらったためあまり考えてなかったが、皆自転車通学のようだ。

「乗るか?俺の“マッドマックス”に…」

溝口くんは乗っていたママチャリのスタンドを立てると車体を背もたれに軽くもたれ掛かり、クイッと顎でママチャリを指し示す。
前方荷物入れの両サイドには真っ赤な旗が2本取り付けられ、反射板で覆われる謎装甲が施されたフロント面は日差しをギラギラと照り返している。
違法改造ママチャリ…

「俺の後ろに乗る?」

先輩が自身のママチャリの後部荷物置きに手を置く。

「先輩に漕いでもらうのは忍びないのでー


ー先輩を乗せて俺が漕いでも?」

「予想外の返し」




先を行く溝口くんたちに続き、先輩を後部座席に乗せてペダルを漕ぐ。
先輩は俺の腰に手を回し、上半身は密着する形だ。

耐えろ理性…

「どんどん皆から引き離されてるけど大丈夫?やっぱり俺が漕ぐの代わろうか?」

溝口くんたちはすでにはるか道の先小さな点となっている。俺の体力がゴミカスなばっかりに…

「すみません先輩…遅刻した時の叱責はすべて俺が受けます」

「遅刻の想定に入るのが早い」

「覚えてますか。俺が7歳のとき、こうやって先輩が自転車を漕いで、俺が後ろに乗せてもらっていたの」

「もしかして俺によく似てるっていうお兄さんの話をしようとしてる?」

「あれはお兄さんと一緒に蓮と彼岸花の群生地を見に行った夏休みー」

「話しだした」

お兄さんといつも落ち合う山の中、漂う不思議な芳香につられて小道を分け入っていくと、桃色の蓮と真っ赤な彼岸花の群生地を見つけた。
桃と朱に埋め尽くされた光景は、一瞬現実を忘れさせるほどだった。

その美しい景色を見せたくて、「どこに行くの?」と問いかけるお兄さんに「つくまでのお楽しみだよっ!」と幼い俺は手を引っ張って連れて行ったのだった。

いや…そういえばあの時行きは自転車に乗っていなかったな?帰りにお兄さんが泣いている俺を自転車の後ろに乗せて…


…なんであのとき俺は泣いてたんだった?


「その景色っていうのは、ちょうどこういう?」

「そうです、こんな風に見渡す限りピンクと赤に埋め尽くされたー」


気づくと俺と先輩は、

あの彼岸花と蓮の沼地に囲まれた景色の真っ只中にいた。





遅刻は確定だった。