未完成のトンネル、送り火、あの夏の校舎。先輩は、

「佐藤さんに続き、竹下さんもか…今年の夏は亡くなる方が多いな。これで3人目(・・・)か」

担任教師が神妙な面持ちでダム湖の方へ目をやりながらポツリと呟く。

学校に戻ると溝口くんはじめ、クラスメイトは皆沈痛な面持ちで席に座っていた。
決して大きくはない村だ。村人同士の繋がりも深いのだろう。

「佐藤さんも、竹下さんも、年末は一緒に皆殺しにしようって言うとったがに…」

タカシくんの口から突然のジェノサイド宣言。とんでもねぇぞ佐藤さん竹下さん…

「大丈夫大丈夫、皆殺しっていうのは餅の状態のことだから」

固まってしまった俺に気づき、先輩が耳元に囁いてくれる。

「来年まで元気だと思うとったのに…ほんに3人も亡くなるなんて…」

餅つきを一緒にするほど親しい間柄だったのだろう、トシキくんも悲しみに顔をクシャリと歪ませる。水を差すようで大変申し訳無いのだが…

「佐藤さん、竹下さんって方が亡くなったんですよね?
3人目ってことは、もう1人は誰が亡くなったんです?」

俺の質問に先輩以外の全員がキョトンとする。

「おいおい高等部までしっかりしてくれ1桁の足し算だぞ〜〜佐藤さんと竹下さんしか亡くなってないんだからー


3人だろう」

「先生?」

先輩が俺の手首を掴む。

「具合が悪いので保健室へ行ってきます」

えっ、と言う間もなく教室から廊下へ出る先輩と俺。

「皆が認識できてないのに数えてしまう、もう1人。

誰から数えてだと思う?」

握られた手首にドキドキして思考がまとまらなくてですね…

「災害の土砂崩れで分断されるまでは、ダムに沈んだ村と合わせてここは1つの村だったんだ。

だから生家がダム底にある村人もいた。竹下さんみたいに。

そしてダム底の村出身者が亡くなった時、家と共にダム底に沈んだ村人たちが葬列を組んで迎えに来る(・・・・・・・・・・・)

保健室の扉を開けると、消毒液の匂いが鼻先を掠めた。

先輩は俺の手首を掴んだままカーテンを引き、ベッドへ上履きを脱いで上がる。俺の手首を掴んだまま先輩が俺を見上げる。

「亮くんも。上がって?」

小首を傾げて促す先輩の破壊力に俺は空いた片手を顔に当てる。息をしろ俺の理性…鎮まれ本能…

先輩は布団をバサリと捲ると俺と2人して隠れるように被った。

「亮くん。校舎が見えるよね?」

『亮くん呼び』と、『先輩と布団を被りながら内緒のお話』っていう『先輩としたいランキング』がすごい勢いで叶っていて多幸感でいっぱいの俺の脳は情報処理が追いついていない。

「土砂崩れで分断されたばかりの頃、まだあちらの村がダムに沈む前は手彫りのトンネルを開通して互いの村を行き来してたんだ。

だから死者はトンネルを塞いだ今も、トンネルからやってくる」

布団の隙間から盗み見ていた校舎の白い壁から、ジワリと。

黒いシミが浮かび上がり、数度瞬きをする間にそれは辛うじて人のような塊になる。

「校舎が建つ前はここは誰も立ち入らない入らずの森で、トンネルがあった頃はトンネルに向かうまでの道のりだったからかな。

死者が出る度に死者が出た分だけああやって、ダム底の死者がここから空へ帰っていく」

黒い影は校舎に向かい数度お辞儀すると、スゥーッ…と空気に溶けるように消えていった。

「今の村に残ってる人たちはあれを黒いお辞儀する人…小さい子の使う方言で“黒まんまい様”って呼んでる」

「アレが見えてるんです???」

「そして受け入れて共存しているのが、今この村に残ってる100人未満の村人たちだね」

メンタル鋼か?

「さっき亮くんが見たロープに鈴、ランタンをつけた葬列はね、

トンネルを通ってこちらにやってくるダム底の死者たちに“ちゃんとこちらで葬列をやっております”って示す儀式なんだ。

でないと今の黒い影が葬列をなしてこちらの村にやってくる。

ランタンはトンネルを通っていた頃の再現。

ロープと鈴は、死者と生者を区別するために」

「…区別していなかった頃は、」

まさか、人が消えー

「逆かな。増えていたんだ」

気づくと人数分より多く用意してしまう食事。家の中に増えている気配。

「そうやって死者を連れ帰ってしまわないように、

それと死者が葬列を繰り返さないように行っている儀式だけど…

いくら送り火を行ったところで、ダム底の出身者が死ぬ度に死者の葬列が始まってしまうのは止められなかった。

そしてさっき初めて、生きている人の認識に影響が出たんだ。

こんなことが起こるのは、君がこの村に来てからなんだ(・・・・・・・・・・・・・)

それがどういうことか分かるかな、亮くん」


幼い頃は病弱で生死の境をさまよったこともあった俺は、そういえば最後にこの村に帰省したときもー……

「君が死者に数えられている」