病弱陰陽師と封鬼の娶嫁

秋の紅葉に色づいた野山の中、桔梗の広葉樹林が脇を固める山道を歩いてれば目の前の大きな岩の上に小さな女の子が腰掛けていた。コダマにしては大きいし、妖にしては敵意を感じない。桔梗は一瞬警戒するも気配に気付いた少女はニコニコ笑っているので迷子を疑ってしまう。手には大きな手毬を持っていてコロコロと転がし遊んでいたが、手から滑り落ちてしまい鞠は傾斜の大きい坂を勢いよく転がっていく。

「あいー!コロコロ行っちゃイヤ~!」

トタトタ走りながら必死に坂を下る少女。
それより先に桔梗は持っていた器を地面に置くと転がってきた鞠をキャッチした。すると目の前では少女がドテン!と盛大に顔から転倒してしまうので焦ってしまう。

「大丈夫⁈怪我してない?」

駆け寄って起こせば少女は目を丸くした後、やがて瞳に大粒の涙をためる。

「うっ、う…あ~~~ん!!!!」

鼻から鼻水を垂らせば大声で泣き始めた。
桔梗は少女を抱っこすればヨシヨシと背中を叩いて慰めてあげる。どうしたものか…そうだわ!!桔梗は鞠を少女の前に持っていき見せてあげればピタリと向こうは泣き止んだ。

「これ、貴方のおもちゃよね?はいどうぞ」
「あい?あい!あいのコロコロ!!」
「ふふっ、泣き止んで良かった」

少女はケロリと顔色を変えればニコニコと鞠を見つめ笑うのでホッとする。それにしても親御さんはどちらに?こんな山奥に小さな子供が一人。しかも初めてみる子だった。辰ノ宮家に引き渡す?だけど辰ノ宮家がそこまで優しい対応を取るとも思えない。桔梗が考え込んでいれば少女が指を先に差す。

「あい!あい!」
「え?何?どうしたの?」
「コッチ行くでしゅ!!」
「え、えっと…」
「行くでしゅ!!」
「…上に歩いて行けばいいの?」
「あい~!!」

混乱状態の桔梗に少女は上に行くよう促すので歩いて行くことにした。すると上では誰かが倒れているのが見えた。桔梗はギョっとしてしまう。こんなとこで人が⁉見れば白い袴姿の男性が目を閉じたままうつ伏せに倒れていた。

「大丈夫ですか⁈聞こえますか??」

背中を叩いて反応を待つも応答がない。
本格的にマズイ状況だと知って桔梗は直ぐに人を呼んで来ようと立ち上がれば、桔梗の横では裾をクイクイ引っ張る少女。

「ここ、ここ!」

桔梗の手を掴めば男性の背中越しにピタッと手を押し付けられた。するとそこからは黒い煙のようなものが立ち上り、嫌な臭いが鼻を掠める。思わずウッと声を漏らせば煙のようなものが消えた。何が起こったか分からずにいれば、やがて男性の意識が戻る。

「ん…君、、は?」
「…良かった。こんな山奥で倒れている人がいたのでビックリしちゃいました。大丈夫ですか?起き上がれますか?」

桔梗の声に段々と意識を取り戻した彼が上体を起こせば髪に隠れた顔が露になる。その顔があまりにも美形すぎて桔梗は思考が停止してしまう。今まで見てきたどんな男性とも比にならないほど、目の前に映る彼は綺麗な顔立ちをしていて甘いマスクと柔らかな表情から目が離せなかった。

「あい、あい!!」

少女もホッとしたように桔梗に笑いかけてくるので、つられて微笑み返し頭を撫でてあげればご機嫌だった。

「……驚いた。その子が見えるのか?」
「え」

男性は少女を撫でる桔梗にビックリしていた。
少女はニコニコと笑いながら「当主様!」と言ってパタパタと駆け寄っていく。

「チヨ、お前はまた…山は危ないから離れるなとあれほど」
「抱っこ、抱っこ下さい」
「はぁ、全く」

呆れながらも少女を抱き上げてやればニコニコと嬉しそうに顔を彼の胸元に埋めていた。この方がこの子の親御さん?桔梗が黙って見ていれば彼は申し訳なさそうに振り返ってくる。

「すまない。もしやこの子が迷惑をかけたかな」
「いえ、お気になさらず。それよりも大丈夫ですか?先ほどは随分と苦しそうにしておいででしたので」
「ああ…いつものことだ。気にしないで。よくなるんだ」
「もしや何かご病気を?でしたらこんな山奥にいては危険です。下までお送り致します」

慌てて山中を引き返そうと案内を買って出るけれど、男性は笑って首を横に振る。

「大丈夫だよ。それより君にいくつか聞きたいことがあるんだけど…いいかな?」
「はい?なんでしょう」
「君はなぜこの子が見えるの?」
「え」
「ここは辰ノ宮家所有の山だろ?なんでも病にいい薬草が手に入るとか…来てみて早々散策中に倒れてしまってね。チヨを連れて来ていて正解だった。この子は数ある式の中でも治癒力に優れているから」

腕の中に座るチヨと呼ばれた少女もとい幼女はまさかの式神だった。人間でいえば二歳か三歳?ほどだろうか。花柄の着物をきたおかっぱ頭の座敷童のような雰囲気の可愛らしい子供で、小さな手にはしっかりと鞠を持てば桔梗をニコニコと見つめている。

「式とは存じあげませんでした。下の道で会いまして。上に行くよう指示されましたので…」
「そうか…なるほど、、そういうことか。それは興味深い」

物珍しそうな目で桔梗を観察してくれば、やがて付けられていた眼帯に目を向ける。封印の術を施された眼帯。桔梗に刻印をつけた大妖怪の邪気を封じさせるものだが、やはり若干の邪気は漏れ出てしまう。向こうはその微かな邪気を感じ取ったのか目を細めた。

「…この臭い、もしや鬼の刻印か?」
「あ、これは、、、申し訳ありません!お見苦しいものを。急ぎますので私はこれで!!」
「あ、待って、、!」

怖くなった桔梗は慌てて頭を下げれば来た道を引き返す。
走って小屋に戻ればズルズルと座り込んでしまう。
もしかすれば辰ノ宮家に訪問中の華族の方だったりして。だとすれば、穢れ者の自分と鉢合わせてしまうなど家にバレればタダでは済まされない。桔梗はその後、どんな罰が下るのか震えながら待機していたが小屋に人が来ることはなかった。