しがない死化粧師ですが、不眠症の暴君に「専用の抱き枕(眠り薬)」として溺愛されています

深い闇の中で、私は夢を見ていた。
血と汗と、病のひどい匂いが充満する記憶の底。

かつて名家だった私の一族は、領地に蔓延した恐ろしい疫病を食い止めるため、昼夜を問わず領民の看病に奔走していた。
私もまた、泥だらけになりながら薬草をすり潰し、患者の熱を冷まし続けていた。一人でも多く、生かしたかったからだ。

けれど、病の蔓延を恐れた中央の権力者たちは、私の一族を「疫病を呪術で広めた元凶」としてでっち上げた。
懸命に救おうとした領民たちからも石を投げられ、家族は広場で無惨に首を刎ねられた。

(生きた人間は嘘をつく。裏切る。病に苦しみ、醜く歪む)

絶望の中、私は処刑された家族の遺体を前にただ立ち尽くした。

(けれど、死だけは平等で、静かで、美しい――)

せめて、理不尽に奪われた命の最期くらいは、綺麗な顔で見送ってあげたい。
私が「死化粧師」となった原点。あの日刻み込まれたひどく冷たい絶望が――――

ハッ、と。

私は短く息を吸い込み、重い瞼をこじ開けた。
視界に飛び込んできたのは、見覚えのない豪奢な天蓋と、豪雨のように降り注ぐ小鈴の泣き声だった。

「ゆ、柚葉ぁ!よかった、気がついたのね!」

ガバッ!と私の身体に小鈴がしがみついてくる。
どうやらここは、紅薔薇宮の室らしい。私はズキズキと痛む頭を押さえながら、ゆっくりと身体を起こした。

「……小鈴?なぜ貴女がここに」
「だって、あの近衛隊長にいきなり叩き起こされたのよ!『紅薔薇宮へ行け』って!」

小鈴の報告によると、彼女と数人の職場の仲間(防腐処理係)は、急遽紅玉様たちの看病のために駆り出されたらしい。

「陛下はすぐに政務に行かれたけど……凄かったのよ」
「凄かった?」
「あんたを抱き抱えたまま、ものすごい血相で『こいつらが死んだら柚葉が怒る。絶対に生かせ』って、私たちを脅して……」

(……あの暴君が、生者を助ける手配を?)

私は小さく目を丸くした。
彼にとって他者の命などどうでもいいはず。なのに、不本意ながらも私の望み(生者の看病)を叶えようと動いたということだ。

「彼も少しは『人間』の言葉が通じるようになったようですね」
「えっ、あんた陛下に何言ったの!?」

私は小鈴の悲鳴をスルーし、いつもの冷静さを取り戻して思考を切り替えた。

「で、紅玉様たちの容態は?」
「一命は取り留めたわ。でも、まだ熱が上がらないの」

私は小鈴に、紅玉様たちが未知の毒に侵されていること、そして「特定の医官」が怪しいため、後宮の医者は一切信用できないことを伝えた。

「ええっ、医官がダメって……じゃあ、どうするの?」

小鈴は顔面蒼白になりながらも、ポンと手を打った。

「そうだ!もっと遺体安置所から仲間を呼んでくる?力仕事や看病なら任せてよ!」
「却下です」

私は真顔で即答した。

「ただでさえギリギリの人数で回しているのに、これ以上防腐処理係が抜けたら、安置所の『お客様(死体)』たちが腐ってしまいます」

室内に、一瞬の静寂が落ちる。

「生者のために、死者をお待たせするわけにはいきません」
「あんたのその優先順位、ホントどうなってんのよ!!」

小鈴の鋭いツッコミが炸裂した。
当たり前だ。生きている人間の事情で、死者の尊厳を損なうなどプロとしてあってはならない。

「しかし、今のままでは紅玉様たちを看病する人手が足りないのは事実ですね」

それに、紅玉様が倒れ際に残した「翠蓮、様」というひどくか弱い呟きが、私の脳裏に引っかかっていた。

「……人手なら、当てがあります」

私は寝台からゆっくりと立ち上がり、乱れた髪を整えた。
身体はまだ重いが、仕事モードのスイッチは完全に入った。

「当て?」
「ええ。あの『慈悲深く、誰にでもお優しい、後宮の良心』こと翠蓮様にお願いに上がりましょう」

私は淡々と宣言した。

「さあ、お茶会の続きといきましょうか」