しがない死化粧師ですが、不眠症の暴君に「専用の抱き枕(眠り薬)」として溺愛されています

私は、最低限の応急処置を終えた紅玉様の寝台の傍らに立ち、背後に控える侍女頭を振り返った。

「さて。誰が、何を盛っているのですか」

私の単刀直入な問いに、侍女頭はビクリと肩を震わせ、重い口を開いた。

「紅玉様は……四大夫人の一角として、常に完璧な模範であろうとご自身を追い詰めておられました」

侍女頭の声は、主への同情と後悔に満ちていた。

「それが精神的な負担となり、次第に夜も眠れなくなっていったのです」
「具体的な何が負担になったんです?」

私が事実確認を求めると、侍女頭は視線を彷徨わせた。

「それは、その……」
「言いたくないならいいです。はい続き」

私が間髪入れずに先を促すと、侍女頭は目を丸くした。

「……はい」

少し戸惑った様子で彼女は話を再開した。

「不眠と疲労に悩む紅玉様は、後宮専属の『ある医官』を密かに呼び、『特別なお薬』を処方してもらっていたのです」

その薬を飲むたびに、紅玉様の顔色は悪くなり、精神的にも不安定になっていったという。

「なぜ飲むのを止めなかったのですか?」
「紅玉様は『私が弱いから薬が効かないのだ』と思い込み、無理をしてさらに飲み続けてしまったのです……」

侍女頭は涙ぐんた。

「『弱いから』と思い込む理由も、言えないんですか?」
「はい……申し訳ありません」

侍女頭が深く頭を下げる。

「別にいいです。情報としては十分でした。ありがとうございました」

私はあっさりと引き下がった。
正直そこにどれほどの葛藤や秘密があろうと、私には関係のないことだ。

「貴方も微量ながら症状が出ている。安静にしてください」

私は、足元がおぼつかない侍女頭の肩を掴むと、近くの長椅子へと強引に押し倒した。

「えっ、あの……」
「寝ていなさい。これ以上患者が増えると私の仕事が増えます」

生きた人間の感情の機微など、どうでもいい。今は物理的な状況を悪化させないことが最優先だ。

私は再び紅玉様の様子を確認するため、寝台を覗き込んだ。
浅い呼吸を繰り返す紅玉様が、熱に浮かされたように微かに唇を動かした。

「……翠蓮、様……」

微かな、けれど確かな響き。

(様?この気位の高い人が、自分より序列の低い相手に様付け?)

先日の「命の恩人」という情報と繋がりそうになる。
だが、その思考は途中で途切れた。

グラリ。

強烈な目眩と立ち眩みが、私の視界を歪ませた。
毎晩、紫苑にタコのように拘束され、まともな睡眠をとれていないツケがここに来て一気に襲いかかってきたのだ。

(……いけませんね。私の体力が限界です)

私は寝台の柱に寄りかかり、荒い息を吐いた。
冷や汗が背中を伝う。一人ではもう立っているのも辛いが、原因不明の毒に侵された紅玉様を置いて、この場を離れるわけにはいかない。
私が視界の明滅に耐えながら、どうにか思考を立て直そうとした、その時だった。

ドォン!!

紅薔薇宮の重厚な扉が、凄まじい音を立てて蹴破られた。
舞い上がる埃の中に立っていたのは、不機嫌を絵に描いたような顔の皇帝・紫苑だった。
彼は周囲の惨状や、寝台で倒れている紅玉様には一切目もくれなかった。

「……遅い。どこをほっつき歩いている」

一直線に私を射抜く、鮮血のような紅い瞳。
自分の「安眠枕(私)」がいつまで経っても戻ってこないため、痺れを切らして自ら回収に来たのだろう。
私は、限界を迎えた頭でぼんやりとその美貌を見上げながら、小さく息を吐いた。

(……大型犬が、お迎えですか)