「……親分さん。ここからは、私が『数字』で戦います」
私がそろばんを構え、そう宣言した瞬間だった。
静まり返った地下ホールに、下品な嘲笑が響き渡った。
「はっ! どこの女郎か知らねぇが、極道の話し合いに女が出しゃばるな!」
黒ガネ屋の社長が、私を小馬鹿にするように鼻で笑った。
「こんな小娘に金庫を預けてる龍ガ峰も、底が知れてるな! 所詮は先代の遺産にしがみつく、落ちぶれた貧乏ヤクザだ!」
「……てめぇ」
ドスッ、と空気が重くなった。
隣に立つ蓮から、爆発的な殺気が立ち上ったのだ。彼の右手が、鯉口(こいくち)に添えられる。
「俺の女神を愚弄したな。今すぐ、その薄汚ぇ舌を引き抜いてやる……!」
蓮の金色の瞳が、殺意でギラリと光る。
私が止めに入るより早く――
「……おい、黒ガネ屋」
一段高い席から、恭弥の冷たく、そして酷く重い声がホールを支配した。
同時に、彼の左右に控えていた美しい妻たちが、一斉にチャカの撃鉄を起こし、冷ややかな殺気を黒ガネ屋の社長へと向ける。
「ひっ……!」
「俺の船で、俺の客(女)を侮辱するのはやめろ。極道の世界に男も女も関係ねぇ。あるのは『筋』と『器』だけだ」
恭弥の圧倒的な覇気と、凄みのある一瞥。
それだけで、社長は震え上がり、顔面を蒼白にして口をつぐんだ。
(……この人たち、古い価値観に囚われていない。純粋に『実力』を評価するつもりなのね)
蓮の不器用だが絶対的な庇護と、恭弥の冷徹だが筋の通った態度。
充分に勝機はある。
私は小さく息を吐き、改めて黒ガネ屋の社長へと向き直った。
「だ、だから! 我々は正当なビジネスをしていただけだ!」
恭弥の無言の圧力に促され、社長は冷や汗をダラダラと流しながら必死に弁明を始めた。
「市場の需要に合わせて、米の備蓄と販売を行っていた! それを強奪するなど、ましてや麒麟会の傘下である我々を襲うのは、極道のご法度だ!」
「……本当にそうですか?」
私は眼鏡のブリッジを中指でクイッと押し上げ、静かに問いかけた。
「それが『正当なビジネス』だと?」
「あ、当たり前だ! 商売の基本だろうが!」
私は懐から、先日手に入れた大量の領収書や、奪った米の輸送記録の束を取り出し、バサリと床に投げ捨てた。
「貴方たちのやり方は、単なる『買い占め』による価格の不当な吊り上げです。確かに、一時的な利益(キャッシュ)は莫大でしょう」
私はそろばんを片手に、ゆっくりとホールを歩きながら言葉を紡ぐ。
「……しかし。流通経路の末端である農家や運送業を極限まで叩き、消費者から搾取し尽くすこの構造は、計算上、あと半年で完全に破綻します」
「なっ……破綻だと!?」
「ええ。市場が枯渇し、飢えた市民の不満が爆発して暴動が起きれば、軍や警察が本格的に介入せざるを得なくなる」
私はピタリと足を止め、社長を冷たく見下ろした。
「結果として、貴方たちのバックにいる『麒麟会』のシマ(縄張り)まで、官憲の手に焼き尽くされることになる。……これが、親組織に泥を塗る『不良債権』でなくて何ですか?」
「ぐっ……そ、それは……!」
社長はぐうの音も出ず、後ずさった。
私はさらに畳み掛ける。
「一方で、私たち龍ガ峰組が提案・実行した枠組み(スキーム)は違います」
私は蓮の方を振り返った。彼は私が何を言っているのか半分も理解していないだろうに、「俺の女、すげぇだろ」と言わんばかりのドヤ顔で腕を組み、胸を張っている。
その無垢な信頼に少しだけ胸が温かくなりながら、私は再び恭弥の方を向いた。
「奪った米を、適正価格の半額で市場に放出したことで、私たちの一時的な利益は薄くなりました。……しかし、流通網を正常に回し、帝都の市民からの『信用』という最高の担保を得たのです」
私はそろばんを高く掲げた。
「これこそが、長期的に安定して利益を生み出し、組織の地盤を強固にする『持続可能なビジネス(サステナビリティ・ビジネス)』です。……つまり私たちは、ただの泥棒ではなく、麒麟会のシマの経済を崩壊から救ったのです」
「……」
堂々たるプレゼン(のつもりだ)。
ホールは、水を打ったように静まり返っていた。
「き、詭弁だ!」
顔を真っ赤にした社長が、見苦しく喚き散らす。
「論点をすり替えやがって! 泥棒は泥棒だろ! 恭弥の兄貴、こんな理屈に騙されちゃいけねぇ!」
恭弥は、煙管の煙をゆっくりと天井に向けて吐き出した。
「なるほどな」
パチ、パチ、パチ……。
静かなホールに、恭弥の妻たちの乾いた拍手の音が響いた。
面白そうに、そして深く納得したような、賞賛の拍手だった。
「……見事だ。極道の『正当性』ってのは、いかにシマを豊かにし、親(組織)にデカい利益を『継続して』持ってくるかだ」
恭弥の冷酷な漆黒の瞳が、社長を射抜く。
「黒ガネ屋。お前のビジネスは『三流』だ。親の顔に泥を塗る前に、この嬢ちゃんに潰されて正解だったな」
「そ……そんな、あ……」
その決定的な宣告に、社長は絶望し、膝から崩れ落ちた。
恭弥が顎で合図すると、屈強な黒服たちが無言で現れ、悲鳴を上げる社長を地下ホールの奥へと引きずり出していった。
「お前らの言い分と、嬢ちゃんの『器』のデカさはよく分かった。……大したタマだ」
恭弥はゆっくりと立ち上がり、私と蓮に向き直った。
(……勝ちました。これで無罪放免、龍ガ峰組は存続できます)
私が安堵の息を吐きかけた、その時だった。
「だがな、龍ガ峰」
恭弥の纏う空気が一変した。
先程までの静かな威圧感とは違う、肌を刺すような、圧倒的な「闘気」がホールを満たす。
「理屈はどうあれ、俺の身内がやられたメンツを、言葉だけで『ハイそうですか』と飲み込むわけにはいかねぇ」
恭弥が着流しの上から羽織っていた上着をバサリと脱ぎ捨てた。
同時に、左右に控えていた妻たちも一斉にチャカを捨て、刃物や暗器を抜き放ち、あるいは徒手空拳の構えを取る。
「お前らが『龍』を名乗るにふさわしいか……最後に『試験』をしてやるよ」
恭弥の唇の端が、三日月のように吊り上がった。
「……かかってきな」
極道裁判の結審。
それは、言葉の次は拳で語り合うという、野獣たちの宴(バトル)の開幕を意味していた。
私がそろばんを構え、そう宣言した瞬間だった。
静まり返った地下ホールに、下品な嘲笑が響き渡った。
「はっ! どこの女郎か知らねぇが、極道の話し合いに女が出しゃばるな!」
黒ガネ屋の社長が、私を小馬鹿にするように鼻で笑った。
「こんな小娘に金庫を預けてる龍ガ峰も、底が知れてるな! 所詮は先代の遺産にしがみつく、落ちぶれた貧乏ヤクザだ!」
「……てめぇ」
ドスッ、と空気が重くなった。
隣に立つ蓮から、爆発的な殺気が立ち上ったのだ。彼の右手が、鯉口(こいくち)に添えられる。
「俺の女神を愚弄したな。今すぐ、その薄汚ぇ舌を引き抜いてやる……!」
蓮の金色の瞳が、殺意でギラリと光る。
私が止めに入るより早く――
「……おい、黒ガネ屋」
一段高い席から、恭弥の冷たく、そして酷く重い声がホールを支配した。
同時に、彼の左右に控えていた美しい妻たちが、一斉にチャカの撃鉄を起こし、冷ややかな殺気を黒ガネ屋の社長へと向ける。
「ひっ……!」
「俺の船で、俺の客(女)を侮辱するのはやめろ。極道の世界に男も女も関係ねぇ。あるのは『筋』と『器』だけだ」
恭弥の圧倒的な覇気と、凄みのある一瞥。
それだけで、社長は震え上がり、顔面を蒼白にして口をつぐんだ。
(……この人たち、古い価値観に囚われていない。純粋に『実力』を評価するつもりなのね)
蓮の不器用だが絶対的な庇護と、恭弥の冷徹だが筋の通った態度。
充分に勝機はある。
私は小さく息を吐き、改めて黒ガネ屋の社長へと向き直った。
「だ、だから! 我々は正当なビジネスをしていただけだ!」
恭弥の無言の圧力に促され、社長は冷や汗をダラダラと流しながら必死に弁明を始めた。
「市場の需要に合わせて、米の備蓄と販売を行っていた! それを強奪するなど、ましてや麒麟会の傘下である我々を襲うのは、極道のご法度だ!」
「……本当にそうですか?」
私は眼鏡のブリッジを中指でクイッと押し上げ、静かに問いかけた。
「それが『正当なビジネス』だと?」
「あ、当たり前だ! 商売の基本だろうが!」
私は懐から、先日手に入れた大量の領収書や、奪った米の輸送記録の束を取り出し、バサリと床に投げ捨てた。
「貴方たちのやり方は、単なる『買い占め』による価格の不当な吊り上げです。確かに、一時的な利益(キャッシュ)は莫大でしょう」
私はそろばんを片手に、ゆっくりとホールを歩きながら言葉を紡ぐ。
「……しかし。流通経路の末端である農家や運送業を極限まで叩き、消費者から搾取し尽くすこの構造は、計算上、あと半年で完全に破綻します」
「なっ……破綻だと!?」
「ええ。市場が枯渇し、飢えた市民の不満が爆発して暴動が起きれば、軍や警察が本格的に介入せざるを得なくなる」
私はピタリと足を止め、社長を冷たく見下ろした。
「結果として、貴方たちのバックにいる『麒麟会』のシマ(縄張り)まで、官憲の手に焼き尽くされることになる。……これが、親組織に泥を塗る『不良債権』でなくて何ですか?」
「ぐっ……そ、それは……!」
社長はぐうの音も出ず、後ずさった。
私はさらに畳み掛ける。
「一方で、私たち龍ガ峰組が提案・実行した枠組み(スキーム)は違います」
私は蓮の方を振り返った。彼は私が何を言っているのか半分も理解していないだろうに、「俺の女、すげぇだろ」と言わんばかりのドヤ顔で腕を組み、胸を張っている。
その無垢な信頼に少しだけ胸が温かくなりながら、私は再び恭弥の方を向いた。
「奪った米を、適正価格の半額で市場に放出したことで、私たちの一時的な利益は薄くなりました。……しかし、流通網を正常に回し、帝都の市民からの『信用』という最高の担保を得たのです」
私はそろばんを高く掲げた。
「これこそが、長期的に安定して利益を生み出し、組織の地盤を強固にする『持続可能なビジネス(サステナビリティ・ビジネス)』です。……つまり私たちは、ただの泥棒ではなく、麒麟会のシマの経済を崩壊から救ったのです」
「……」
堂々たるプレゼン(のつもりだ)。
ホールは、水を打ったように静まり返っていた。
「き、詭弁だ!」
顔を真っ赤にした社長が、見苦しく喚き散らす。
「論点をすり替えやがって! 泥棒は泥棒だろ! 恭弥の兄貴、こんな理屈に騙されちゃいけねぇ!」
恭弥は、煙管の煙をゆっくりと天井に向けて吐き出した。
「なるほどな」
パチ、パチ、パチ……。
静かなホールに、恭弥の妻たちの乾いた拍手の音が響いた。
面白そうに、そして深く納得したような、賞賛の拍手だった。
「……見事だ。極道の『正当性』ってのは、いかにシマを豊かにし、親(組織)にデカい利益を『継続して』持ってくるかだ」
恭弥の冷酷な漆黒の瞳が、社長を射抜く。
「黒ガネ屋。お前のビジネスは『三流』だ。親の顔に泥を塗る前に、この嬢ちゃんに潰されて正解だったな」
「そ……そんな、あ……」
その決定的な宣告に、社長は絶望し、膝から崩れ落ちた。
恭弥が顎で合図すると、屈強な黒服たちが無言で現れ、悲鳴を上げる社長を地下ホールの奥へと引きずり出していった。
「お前らの言い分と、嬢ちゃんの『器』のデカさはよく分かった。……大したタマだ」
恭弥はゆっくりと立ち上がり、私と蓮に向き直った。
(……勝ちました。これで無罪放免、龍ガ峰組は存続できます)
私が安堵の息を吐きかけた、その時だった。
「だがな、龍ガ峰」
恭弥の纏う空気が一変した。
先程までの静かな威圧感とは違う、肌を刺すような、圧倒的な「闘気」がホールを満たす。
「理屈はどうあれ、俺の身内がやられたメンツを、言葉だけで『ハイそうですか』と飲み込むわけにはいかねぇ」
恭弥が着流しの上から羽織っていた上着をバサリと脱ぎ捨てた。
同時に、左右に控えていた妻たちも一斉にチャカを捨て、刃物や暗器を抜き放ち、あるいは徒手空拳の構えを取る。
「お前らが『龍』を名乗るにふさわしいか……最後に『試験』をしてやるよ」
恭弥の唇の端が、三日月のように吊り上がった。
「……かかってきな」
極道裁判の結審。
それは、言葉の次は拳で語り合うという、野獣たちの宴(バトル)の開幕を意味していた。


