蓮は血を流しながらも立ち上がり、ついに腰の日本刀を抜き放った。
「……悪く思うなよ」
だが、その刃には明らかな「迷い」があった。
いざ刃を美しい夫人たちに向けようとすると、どうしても踏み込みが浅くなり、剣筋が鈍っていた。
蓮の焦りが、遠目にも伝わってくる。
迷いのある刃は、武器を持たなかった時よりも動きを単調にしてしまう。
「甘いわね」
第一夫人がその隙を見逃さず、鉄扇で蓮の刀の側面を強打した。
キンッ!という甲高い音と共に、刀が弾き飛ばされる。蓮は完全に丸腰となってしまった。
「残り、一分だ」
恭弥が懐中時計を見ながら、無慈悲なカウントダウンを告げる。
武器を失った蓮を、三人の妻たちが死角ゼロの陣形で完全に包囲した。
「諦めなさい。……念のため、時間切れになる前に『余裕を持って』始末させてもらうわ」
ジリジリと間合いが詰まる。逃げ場はない。
(……このままじゃ、親分さんが殺される)
絶体絶命の状況下。
しかし、恐怖を通り越した私の脳内は、奇妙なほどに冷え、極限の集中状態に入っていた。
(おかしい。どんなに訓練されていても、三人の動きがここまで完璧に同期するはずがない。……何か『合図』があるはず)
私は瞬きもせず、夫人たちの舞うような足さばきと、攻撃の軌道を観察した。
やがて、それらが「数式と幾何学模様」として私の目に映り始める。
戦闘開始時から、ホールの隅に置かれた蓄音機から優雅なワルツが流れていた。そして、大理石の床にはめ込まれた、美しい『金の蓮』の装飾模様。
(……動きに規則性がある!あの音楽の拍子、そして床の模様を基準にステップを踏んでいるんだわ!)
私は、思わず大声を張り上げていた。
「親分さん!彼女たちは『三拍子』で動いています!目で追わないで、床の『金の蓮の模様』を踏んでください!」
「はぁ!?喧嘩中に何言ってんだ!」
私の突然の叫びに、蓮は戸惑いの声を上げる。
その瞬間、妻たちが一斉に蓮の死角から飛び込んだ。
「いいから信じて!次の攻撃、右から来ます!三、二、一……今!」
「……っ!」
蓮は意味も分からぬまま、私の声だけを信じ、反射的に右の「金の蓮の模様」へと踏み込んだ。
ザンッ!
三人の刃が、蓮のいた虚空を切り裂く。蓮は間一髪で、完璧な包囲網からの攻撃をいなすことに成功したのだ。
「嘘!完全に死角だったはずよ!?」
妻の一人が驚愕の声を上げる。
蓮は、自分の足元と妻たちの動きを交互に見て、ニヤリと獰猛な笑みを浮かべた。
「……なるほどな。鈴の言った『三拍子』ってのは、こういうことか」
(え……?)
私は息を呑んだ。
たった一回の指示。それだけで、蓮の天才的な「野生の勘」は、敵のパターンを完全に学習し、適応してしまったのか。
再び襲い掛かる妻たち。だが今度は、私が指示を出すまでもなく、蓮はひらりひらりと全ての攻撃を最小限の動きで躱していく。
「タネが分かればこっちのモンだ!あとは『勘』で全部避けられる!」
状況は依然として丸腰で防戦一方だが、攻撃が一切当たらず、戦況は完全に「拮抗」状態に持ち込まれた。
(……すごい。私の理論を、一瞬で感覚に落とし込んだ……!)
これが、帝都最強の喧嘩屋。
焦りを見せ始めたのは、妻たちの方だった。
「ちょこまかと……!」
苛立った妻の一人が、三拍子のリズムを無視して大振りの一撃を放つ。
(リズムが崩れた!隙です!)
「見切った!」
蓮の金色の瞳が、獲物を狩る猛獣のように光った。
彼は一瞬の隙を突き、振り下ろされた小太刀の側面に、渾身の「拳」を叩き込んだ。
パキィン!!
強靭な鋼の刃が、嘘のように粉々に砕け散る。
そのままの勢いで、蓮の巨大な拳が妻の顔面へと迫った。
回避不可能。妻も直撃を覚悟し、目を細める。
ギリギリと空気が軋む音がした。
――その刹那。
チリリリリン……!
恭弥の持っていた懐中時計の乾いたアラーム音が、地下ホールに鳴り響いた。
蓮の拳は、妻の美しい顔面の数ミリ手前で、ピタリと止まっていた。
放たれた拳圧の風圧だけで、彼女の艶やかな髪がバサリと後ろに流れる。
息を呑む妻たちと、拳を突き出したまま静止する蓮。
(……終わった)
五分。
死線を乗り越え、勝ちに等しい状態まで持ち込んだ。息詰まる瞬間、私の脳内の算盤は、静かに動きを止めた。
「……悪く思うなよ」
だが、その刃には明らかな「迷い」があった。
いざ刃を美しい夫人たちに向けようとすると、どうしても踏み込みが浅くなり、剣筋が鈍っていた。
蓮の焦りが、遠目にも伝わってくる。
迷いのある刃は、武器を持たなかった時よりも動きを単調にしてしまう。
「甘いわね」
第一夫人がその隙を見逃さず、鉄扇で蓮の刀の側面を強打した。
キンッ!という甲高い音と共に、刀が弾き飛ばされる。蓮は完全に丸腰となってしまった。
「残り、一分だ」
恭弥が懐中時計を見ながら、無慈悲なカウントダウンを告げる。
武器を失った蓮を、三人の妻たちが死角ゼロの陣形で完全に包囲した。
「諦めなさい。……念のため、時間切れになる前に『余裕を持って』始末させてもらうわ」
ジリジリと間合いが詰まる。逃げ場はない。
(……このままじゃ、親分さんが殺される)
絶体絶命の状況下。
しかし、恐怖を通り越した私の脳内は、奇妙なほどに冷え、極限の集中状態に入っていた。
(おかしい。どんなに訓練されていても、三人の動きがここまで完璧に同期するはずがない。……何か『合図』があるはず)
私は瞬きもせず、夫人たちの舞うような足さばきと、攻撃の軌道を観察した。
やがて、それらが「数式と幾何学模様」として私の目に映り始める。
戦闘開始時から、ホールの隅に置かれた蓄音機から優雅なワルツが流れていた。そして、大理石の床にはめ込まれた、美しい『金の蓮』の装飾模様。
(……動きに規則性がある!あの音楽の拍子、そして床の模様を基準にステップを踏んでいるんだわ!)
私は、思わず大声を張り上げていた。
「親分さん!彼女たちは『三拍子』で動いています!目で追わないで、床の『金の蓮の模様』を踏んでください!」
「はぁ!?喧嘩中に何言ってんだ!」
私の突然の叫びに、蓮は戸惑いの声を上げる。
その瞬間、妻たちが一斉に蓮の死角から飛び込んだ。
「いいから信じて!次の攻撃、右から来ます!三、二、一……今!」
「……っ!」
蓮は意味も分からぬまま、私の声だけを信じ、反射的に右の「金の蓮の模様」へと踏み込んだ。
ザンッ!
三人の刃が、蓮のいた虚空を切り裂く。蓮は間一髪で、完璧な包囲網からの攻撃をいなすことに成功したのだ。
「嘘!完全に死角だったはずよ!?」
妻の一人が驚愕の声を上げる。
蓮は、自分の足元と妻たちの動きを交互に見て、ニヤリと獰猛な笑みを浮かべた。
「……なるほどな。鈴の言った『三拍子』ってのは、こういうことか」
(え……?)
私は息を呑んだ。
たった一回の指示。それだけで、蓮の天才的な「野生の勘」は、敵のパターンを完全に学習し、適応してしまったのか。
再び襲い掛かる妻たち。だが今度は、私が指示を出すまでもなく、蓮はひらりひらりと全ての攻撃を最小限の動きで躱していく。
「タネが分かればこっちのモンだ!あとは『勘』で全部避けられる!」
状況は依然として丸腰で防戦一方だが、攻撃が一切当たらず、戦況は完全に「拮抗」状態に持ち込まれた。
(……すごい。私の理論を、一瞬で感覚に落とし込んだ……!)
これが、帝都最強の喧嘩屋。
焦りを見せ始めたのは、妻たちの方だった。
「ちょこまかと……!」
苛立った妻の一人が、三拍子のリズムを無視して大振りの一撃を放つ。
(リズムが崩れた!隙です!)
「見切った!」
蓮の金色の瞳が、獲物を狩る猛獣のように光った。
彼は一瞬の隙を突き、振り下ろされた小太刀の側面に、渾身の「拳」を叩き込んだ。
パキィン!!
強靭な鋼の刃が、嘘のように粉々に砕け散る。
そのままの勢いで、蓮の巨大な拳が妻の顔面へと迫った。
回避不可能。妻も直撃を覚悟し、目を細める。
ギリギリと空気が軋む音がした。
――その刹那。
チリリリリン……!
恭弥の持っていた懐中時計の乾いたアラーム音が、地下ホールに鳴り響いた。
蓮の拳は、妻の美しい顔面の数ミリ手前で、ピタリと止まっていた。
放たれた拳圧の風圧だけで、彼女の艶やかな髪がバサリと後ろに流れる。
息を呑む妻たちと、拳を突き出したまま静止する蓮。
(……終わった)
五分。
死線を乗り越え、勝ちに等しい状態まで持ち込んだ。息詰まる瞬間、私の脳内の算盤は、静かに動きを止めた。


