私の「数字(ロジック)」による論破によって、黒ガネ屋の社長が地下ホールの奥へと引きずり出された直後。
「……嬢ちゃんのおかげで、道理は通った」
朱雀組組長・朱雀恭弥は、着流しの上着をバサリと脱ぎ捨てた。
寛げた襟元から、鮮やかな朱雀の刺青が毒花のように覗いている。
「なら、次は無理を通してみろ、龍ガ峰」
その言葉は、極道としての「器」を問う、宣戦布告だった。
「上等だ」
蓮はニヤリと獰猛に笑い、腰の日本刀の鯉口(こいくち)をカチャリと鳴らした。彼の中から、帝都最強の喧嘩屋としての爆発的な殺気が膨れ上がる。
「アンタの首を獲れば文句ねぇんだな?」
「……いや」
しかし、恭弥は自ら構えることはなく、ただ短く、パチンと指を鳴らした。
その音を合図に、恭弥の左右に控えていた数人の妻たちが、一斉に音もなく動いた。
彼女たちは美しい着物の裾を大胆に割り、太ももに隠し持っていた得物――小太刀、鉄扇、そして特殊な形状の暗器を構え、あっという間に蓮を円形に取り囲んだ。
「俺の自慢の『妻』たちと遊んでみな。……ルールは簡単だ」
恭弥は再び煙管を咥え、紫煙を吐き出す。
「制限時間は五分。その間、五体満足で立っていられたら、お前らの話を全面的に認めてやる」
それは、あまりにも異様な光景だった。
帝都最強と謳われる大男を、華やかな着物姿の美女たちが殺意をもって包囲しているのだ。
しかし、蓮の反応は私の予想とは違っていた。
彼は構えていた刀を、カチャリと鞘の奥まで押し込み、深く眉をひそめたのだ。
「……おいおい、冗談だろ?」
蓮は心底呆れたように、首を振る。
「俺は女を殴る趣味はねぇ。ましてや、こんないい女たちに傷をつけられるかよ」
彼の言葉に、私はハッとした。
(親分さん……まさか、彼女たちと戦わないつもりですか?)
回避と防御だけで彼は乗り越えようとしている。
脳裏にある記憶がよみがえる。
彼は私に対して「触れたら折れてしまいそう」と過剰なまでに慎重に接していた。たぶんその根本にあるのは、彼自身の「女は守るべき弱い存在だ」という、古い、そして不器用な優しさなのだ。
だが、極道の頂点に立つ『朱雀』の妻たちに対して、その優しさは致命的な隙になる。
「……あら」
筆頭格と思われる、妖艶な第一夫人が、鉄扇を口元に当てて冷たく微笑んだ。
「随分と舐められたものね。……怪我をするのは、坊やの方よ?」
――開戦。
妻たちが、一斉に蓮へと襲い掛かった。
その動きは、まるで極彩色の蝶が舞うような、美しく、そして無慈悲な演舞だった。
「ちっ……!」
蓮は刀を抜かず、鞘のまま彼女たちの連撃を弾き、あるいは咄嗟の反射で回避に徹する。
本来であれば、銃弾すら避ける彼の反射神経とパワーをもってすれば、もっと有利に戦いを進めることもできるはずだ。
しかし、「相手を傷つけない」という強烈な縛りが、彼の動きを極端に鈍らせていた。
キンッ! カキンッ!!
火花が散る。彼女たちの連携は完璧だった。
一人が正面から小太刀で気を引き、死角からもう一人が鉄扇で関節を狙う。さらに予測不能な軌道で暗器が飛来する。
「ぐっ……!」
蓮の頬を冷たい刃が掠め、一筋の血が流れた。
派手な羽織が切り裂かれ、防戦一方の彼が徐々にホールの中央へと追い詰められていく。
「(駄目です……!)」
安全な場所から見守る私は、焦燥感に駆られてそろばんを強く握りしめた。
「(このまま回避と防御だけで、あと数分間もしのげる公算……限りなくゼロに近い! 親分さん、なぜ刀を抜かないんですか!?)」
歯痒かった。
相手は、美しい外見の下に本物の牙を隠し持った『戦巫女』たちだ。彼女たちを「守るべき弱い女」として扱うことは、死に直結する。
ドゴォッ!!
鈍い音が響いた。
手加減によって生じた僅かな隙を突かれ、妻の一人が放った強烈な蹴りが、蓮の腹を深くえぐったのだ。
巨体が大きく吹き飛ばされ、石造りの床を転がる。
「親分さん……!」
息も絶え絶えに立ち上がろうとする蓮。
その頭上から、恭弥の重い声が降ってきた。
「……おい、龍ガ峰。さっき俺が黒ガネ屋に言った言葉、聞いてなかったのか?」
蓮が、血を流しながら顔を上げる。
恭弥は漆黒の瞳で蓮を見下ろしていた。
「極道の世界に、男も女も関係ねぇ。あるのは『筋』と『器』だけだ」
「……」
「『女だから手加減する』? それは優しさじゃねぇ。俺の妻たち(極道)に対する、最大の侮辱だ」
恭弥の言葉に、妻たちも同調するように刃を構え直した。
彼女たちの美しい瞳には、明らかな怒りが滲んでいた。「手加減」されることへの、強者としての怒り。
「その程度の覚悟で『龍』を名乗るなら――ここで死ね」
制限時間は、残り三分。
全身から血を流し、膝をつく蓮。
彼の「男としての矜持」が崩れ去り、絶体絶命の窮地に立たされていた。
(親分さん……!)
私は祈るように、彼を見つめることしかできなかった。
「……嬢ちゃんのおかげで、道理は通った」
朱雀組組長・朱雀恭弥は、着流しの上着をバサリと脱ぎ捨てた。
寛げた襟元から、鮮やかな朱雀の刺青が毒花のように覗いている。
「なら、次は無理を通してみろ、龍ガ峰」
その言葉は、極道としての「器」を問う、宣戦布告だった。
「上等だ」
蓮はニヤリと獰猛に笑い、腰の日本刀の鯉口(こいくち)をカチャリと鳴らした。彼の中から、帝都最強の喧嘩屋としての爆発的な殺気が膨れ上がる。
「アンタの首を獲れば文句ねぇんだな?」
「……いや」
しかし、恭弥は自ら構えることはなく、ただ短く、パチンと指を鳴らした。
その音を合図に、恭弥の左右に控えていた数人の妻たちが、一斉に音もなく動いた。
彼女たちは美しい着物の裾を大胆に割り、太ももに隠し持っていた得物――小太刀、鉄扇、そして特殊な形状の暗器を構え、あっという間に蓮を円形に取り囲んだ。
「俺の自慢の『妻』たちと遊んでみな。……ルールは簡単だ」
恭弥は再び煙管を咥え、紫煙を吐き出す。
「制限時間は五分。その間、五体満足で立っていられたら、お前らの話を全面的に認めてやる」
それは、あまりにも異様な光景だった。
帝都最強と謳われる大男を、華やかな着物姿の美女たちが殺意をもって包囲しているのだ。
しかし、蓮の反応は私の予想とは違っていた。
彼は構えていた刀を、カチャリと鞘の奥まで押し込み、深く眉をひそめたのだ。
「……おいおい、冗談だろ?」
蓮は心底呆れたように、首を振る。
「俺は女を殴る趣味はねぇ。ましてや、こんないい女たちに傷をつけられるかよ」
彼の言葉に、私はハッとした。
(親分さん……まさか、彼女たちと戦わないつもりですか?)
回避と防御だけで彼は乗り越えようとしている。
脳裏にある記憶がよみがえる。
彼は私に対して「触れたら折れてしまいそう」と過剰なまでに慎重に接していた。たぶんその根本にあるのは、彼自身の「女は守るべき弱い存在だ」という、古い、そして不器用な優しさなのだ。
だが、極道の頂点に立つ『朱雀』の妻たちに対して、その優しさは致命的な隙になる。
「……あら」
筆頭格と思われる、妖艶な第一夫人が、鉄扇を口元に当てて冷たく微笑んだ。
「随分と舐められたものね。……怪我をするのは、坊やの方よ?」
――開戦。
妻たちが、一斉に蓮へと襲い掛かった。
その動きは、まるで極彩色の蝶が舞うような、美しく、そして無慈悲な演舞だった。
「ちっ……!」
蓮は刀を抜かず、鞘のまま彼女たちの連撃を弾き、あるいは咄嗟の反射で回避に徹する。
本来であれば、銃弾すら避ける彼の反射神経とパワーをもってすれば、もっと有利に戦いを進めることもできるはずだ。
しかし、「相手を傷つけない」という強烈な縛りが、彼の動きを極端に鈍らせていた。
キンッ! カキンッ!!
火花が散る。彼女たちの連携は完璧だった。
一人が正面から小太刀で気を引き、死角からもう一人が鉄扇で関節を狙う。さらに予測不能な軌道で暗器が飛来する。
「ぐっ……!」
蓮の頬を冷たい刃が掠め、一筋の血が流れた。
派手な羽織が切り裂かれ、防戦一方の彼が徐々にホールの中央へと追い詰められていく。
「(駄目です……!)」
安全な場所から見守る私は、焦燥感に駆られてそろばんを強く握りしめた。
「(このまま回避と防御だけで、あと数分間もしのげる公算……限りなくゼロに近い! 親分さん、なぜ刀を抜かないんですか!?)」
歯痒かった。
相手は、美しい外見の下に本物の牙を隠し持った『戦巫女』たちだ。彼女たちを「守るべき弱い女」として扱うことは、死に直結する。
ドゴォッ!!
鈍い音が響いた。
手加減によって生じた僅かな隙を突かれ、妻の一人が放った強烈な蹴りが、蓮の腹を深くえぐったのだ。
巨体が大きく吹き飛ばされ、石造りの床を転がる。
「親分さん……!」
息も絶え絶えに立ち上がろうとする蓮。
その頭上から、恭弥の重い声が降ってきた。
「……おい、龍ガ峰。さっき俺が黒ガネ屋に言った言葉、聞いてなかったのか?」
蓮が、血を流しながら顔を上げる。
恭弥は漆黒の瞳で蓮を見下ろしていた。
「極道の世界に、男も女も関係ねぇ。あるのは『筋』と『器』だけだ」
「……」
「『女だから手加減する』? それは優しさじゃねぇ。俺の妻たち(極道)に対する、最大の侮辱だ」
恭弥の言葉に、妻たちも同調するように刃を構え直した。
彼女たちの美しい瞳には、明らかな怒りが滲んでいた。「手加減」されることへの、強者としての怒り。
「その程度の覚悟で『龍』を名乗るなら――ここで死ね」
制限時間は、残り三分。
全身から血を流し、膝をつく蓮。
彼の「男としての矜持」が崩れ去り、絶体絶命の窮地に立たされていた。
(親分さん……!)
私は祈るように、彼を見つめることしかできなかった。


