――――下校時刻はすっかり暗くなっている。
「もうすぐ文化祭だもんなぁ」
帰宅部の俺もバイト以外はこうして遅くまで作業である。
「でも楽しみだね、義兄さん」
「ああ。だけどお前こそ大丈夫か?仕事忙しいんじゃ……」
「それでも少しでも関わりたいんだ。クラスの一員として」
「そっか……ならサービスで兄ちゃんが肉まんおごってやるよ」
「わーい!」
肉まんをはむりとしながらスマホを弄る。
「義兄さん、面白いニュースでもあった?」
「いや、あ、あの……っ」
「ん?どうしたの?」
「おま……何で言ってくれなかった!」
「え?」
俺はスマホ画面をガッと見せ付ける。
「トウキ×スバルの新ユニット……スノー☆スター!何これお前歌うの!?」
「あー……情報解禁今日だったっけ。そうだよ、歌うけど」
「何でもっと早く言ってくれなかったんだよおおぉ」
「……義兄さんなら絶対そうなるから。あーでもぼくもトウキの呟きリポしとかないと。付き合い付き合い」
「お……お前はどうしてそんなに事務的なんだよ!トウキだぞ!?」
「……義兄さんがぼくそっちのけでそうなるから言わなかったんだよ」
「へぁ……?」
だって……だって……トウキじゃんんんんっ!!!
※※※
まさかの推しアイドルの新ユニットに昴から返却されたBRを即座に再生する。
「ふんふんふーん」
ああ……トウキのライブ映像見ながら夕飯の準備だなんて最高だなぁ~~。
「義兄さん」
「うぉあっ!?」
いつの間にか昴が画面の前に立っていた。
「す……昴、さん?」
「ぼくもデビューするんだけど」
「ぞ……存じておりますぅ……」
「それなのに義兄さんはトウキなの?」
は……っ。まさか昴、自分だけ注目されてないと思ってる!?
「な、何言ってんだ!お前の呟きだってこんなに見られてるじゃん!」
SNSを掲げて見せ付ける。
「そう言うことじゃなくて……んもぅ、見たい番組あるから終了していい?」
「お……おう」
もうご飯できるし。
※※※
――――休日。
「しっかし昴のやつ、最近ピリピリし過ぎじゃないか?」
やはりデビューが決まったからだろうか。一人きりの家でライブBRを見ながら編み物をしていれば。
ピンポーン。
「はーい」
インターフォンカメラを起動すれば、ピタリと固まった。
え……何で?そこにいた人物に固まった。
『すみませーん、お留守ですかー?』
「いえ、今出ますー!」
ガチャリと扉を開ければ、それは幻ではないことを再認識する。
「どうも、初めまして。トウキと言います」
「と……ととと……トウキくううぅんっ!!!」
のけぞって倒れるかと思った、俺。
「あの、今流れてるのってもしかして俺の曲ですか?」
「はぅあっ!」
驚きすぎて止め忘れたぁっ!
「その……えと……っ」
「昴のお兄さんですよね」
「は……はひ、そうれす」
もう呂律がぐっちゃぐっちゃ。
「嬉しいなぁ、お兄さんが俺のファンだったなんて!昴ったら全く教えてくれなかったんですよ」
それは確実に……焼きもちだ。完全に焼きもちである。
「手土産も持ってきました!お宅にお邪魔してもいいですか?」
「も……もちろんですううぅっ!」
しかも推しから手土産までもらっちゃったあぁぁっ!
――――コトッ。
何時もよりもいい茶器に、慎重に入れたいい茶葉の紅茶にいい菓子。
「どうぞ」
「ありがとうございます、お兄さん」
「は……はい」
「それからお兄さん」
「はい!」
「このポスターをどうぞ」
トウキくんが差し出してきたのはスノー☆スターのユニットポスターである。トウキくんと昴がポーズを決めている。
「ここにこうして……と。俺のサイン入りです」
「はぎゃーっすっ!!」
推しからのサイン入りポスターと言うクリティカルヒットに仰向けに倒れ込んだ。しかしそのすぐ頭上に見えた顔にガクブルと震え出す。
「す……昴、さぁん?」
「ただいま、義兄さん。何、してるのかなぁ……?」
「ぎゃあぁぁぁぁっ!誤解ですうううぅっ!!!」
次の瞬間には表裏ひっくり返り昴の足元に平伏していた。
「あっははははっ!何それ昴!お兄さんとどういう関係!?」
ああ……推しの爽やかな笑いだけが俺の救いである。
「全く義兄さんは目を放すとこれだから」
「その……お茶、入れたから」
ビクビクとお茶を差し出す。
「ほら、できた」
昴が差し出してきたポスターには昴のサインも入っていた。
「ぼくのポスターでもあるんだから……飾っていいよ」
「わーんっ!神さま仏さま昴さまぁぁぁっ!」
「でも見るなら義兄さん、分かってるよね」
「は、はぁい」
昴多めに見ます~~っ!
部屋の目立つ場所にポスターを貼りはわわっとうっとりする。
「まさかこの2人がユニット組むなんて。世間ではユニット愛称はトースバだけど俺的には……スバトー」
昴には……言えない。言えないけど。
「……少しくらいいいよね」
ポスターに頬を付け、推しを摂取する。
「はうあぁぁ~~」
「に……い……さあぁぁん」
「ぎゃあぁぁぁぁっ!」
ドアの隙間から覗く恐怖の目に身の毛もよだつ。
「ち……違うんだ。こうすると至近距離で昴が見つめられるだろ?な?」
「……自分が誰の彼氏か忘れたの?」
「わずれでないでずううぅっ!ほら、ほらぁっ!ちゅむっ」
ポスターの昴にチューをキメてみる。
「はぁ……もう義兄さん」
昴が諦めたように部屋に入ってくる。
その瞬間腕を引き寄せられ、突然のことだった。
ちゅっ。
触れ合うのはひんやりとした紙の感触ではない。ほんのり温かい柔らかい感触。
「ぼくだって嫉妬くらいするんだからね」
「ご……ごめん。その、いきなり推しが目の前に現れたら……その」
「もう分かったから。ほらおいで」
「はい……」
昴に手を引かれて戻ればトウキくんがひらひらと手を振っている。
「よっ!兄弟でのイチャイチャは終わったか?」
「ん、そんなとこ」
ちょぉっ、昴!?冗談で言ってるんだよね!?ただのじゃれあいだよね!?
「それにしてもお兄さんもイメージ通りかわいい顔してんなぁ」
「はいっ!?」
「昴からお兄さんの手作り弁当見せてもらって、そのイメージ通り」
「あ……そういや弁当持たせた時があったな」
「事務所からレッスン風景撮るついでに義兄さんお手製のお弁当も撮ってくれって言われて」
「そうだったんだ」
「ほら、今は情報解禁したからSNSでレッスン風景もあげてる」
昴が見せてくれた画面には俺の作ったお弁当も載っている。
「SNSでプチ流行ってんだよなぁ、お兄さんの手作り弁当!」
「そ……そうだったんだ」
全然気が付いてなかったけど……確かにいいねとリポすごいことになってる。
「だから気になるじゃん?」
「だからって突然来るなよ」
「はっはっはっ、ごめーん」
普通にじゃれあってるところを見ると仲は普通に良さそうだな。
「でも義兄さんも」
「ん?」
「……知らない男勝手に家に入れないの」
「知らないわけじゃないもん、推しだもんんんっ」
これだけは、これだけは譲れないんだぁっ!
「ははっ。嬉しいなぁ。ねぇ昴。もうすぐお前らんとこ文化祭なんだろ?遊びに行っていい?」
「やめろ、騒ぎになる」
「いいじゃん、俺、通信制だからさぁ。文化祭とか行ってみたいんだー」
「是非、来てください!」
「義兄さん!?」
「俺たちのクラス、カフェやるんで!」
「……義兄さん。分かった。そこまで言うなら」
「昴?」
ひょっとして許してくれるのか?
「……義兄さんにはメイド衣装を推薦しておく」
「イヤアァァァ――――ッ!!!女子たちが仕組んだ男子女装化策謀の術中に嵌められるううぅっ!せめて……せめて着ぐるみの方がましだあぁぁっ!」
「着ぐるみはぼくが着るから。騒ぎになったら困るし」
「そんなぁぁぁっ!!」
しかしそれなら顔バレしないからいい手でも……あるのかもしれない。


