いくらなんでも兄弟で付き合うなんて!?



――――9月、段々と肌寒くなるこの季節、事件は起こった。

「義兄さん、お待たせ」
「おう、昴。午前中のノートはとっといたぞー」
「んん……ありがと」
あれ……?何だか様子が変だな。いつもならがっつくように懐いてくるのに。

「お前具合でも悪いのか?」
「へーき……これくらい……うう……」
そうはいってもなぁ。
「ちょ……本当に大丈夫か?」
額に手を当てれば。

「あっつ……っ、お前、熱あるじゃん!」
「へ……へーきだから……解熱剤飲んだし」
「でも熱いじゃんか!とにかく保健室!保健室行くぞ!」
少しふらついている昴を引っ張っていく。

「38℃あるわね。残念だけどこのご時世だし、おうちで安静にしていてもらわないとね」
「ですけど先生……授業が」

「ダメよ、担任の先生には話しておくから。それから迎えに来られる保護者の方は?」
「両親は仕事で……」
「あの……俺が一緒に行きます。これでも兄なので」

「でもあなたの授業は……」
「現金支払いも怪しいやつなんで病院とかひとりでいけるかどうか……」
「……仕方ないわね。担任の先生には伝えておくわ」
「あ……ありがとうございます」

※※※

昨今の病院事情は厳しい。マスクを付けて待合いで待つ昴をガラス越しに見守っていれば無事に呼ばれたようだ。

「何事もないといいけどな」
あんなにふらふらしてて大丈夫だろうか?暫くすれば検査を終えて昴が戻ってくる。

「インフルとかじゃないって。ただの風邪」
「良かったぁ。ならお薬もらって帰るか」
「うん」
病院での会計を済ませれば次は薬局か。

「義兄さん、慣れてるね」
「母さんが仕事の時は何でもひとりでこなしてたからな」
熱を出したら病院くらいひとりで行かないと行けなかった。

「昴は?」
「熱でも現場には行ってたから……マネージャーが風邪薬買ってきてくれたけど。このご時世じゃもう無理だろうね」
そっか。現場でも感染症を疑うから。

「ありがとう、義兄さん。ぼくだけじゃ何ともならなかった」
「いいんだって」
薬をもらい、会計を済ませれば。

「義兄さん、マネージャーが迎えに来てくれるって」
「じゃ、帰りはタクシーじゃなくていいな」
「うん」

※※※

薬局の隣に付けてもらった車に昴を押し込み、俺も隣にお邪魔する。

「迎えに来てくれてありがとうございます。桐島さん」
「いやいやこちらこそ。学校に送った時までは普通だったんだけど」

「仕事モードから外れたら急に素が出ちゃったのかもですね。ほーら、昴。具合悪いならちゃんと桐島さんに言わなきゃダメだろ?」
「わ……分かったよ、義兄さん」

「ふふっ。篝くんがいると、昴は本当に違うね」
「え……?」
「ちょ……その話は」
「いーや、この際だからはっきりと言っておくぞ。昴は何でも詰め込みすぎるくせがある。最近だって仕事ひとつ増やしたばかりだろう」

「それは……仕事ですし」
「そこだよ、昴。たまには年相応の我が儘のひとつやふたつ、言ったっていいんだ。篝くんに言ってるのならいいけど」

「あー……それならたっぷりと聞いてますから安心してください」
「に、義兄さんったら」
顔が真っ赤なのは発熱のせいだけじゃないかもな……?

※※※

――――送ってくれた桐島さんにお礼を言い、次は昴の看病だな。

「さてと、昴。手洗いうがいしたら着替えて休んでて」
「うー……分かった」
とぼとぼと洗面所に向かっていく昴を見送りつつ、俺は冷蔵庫の中を確認する。

「簡単に粥でも作るか」
しかし昴がねえ。硬派なのはポテトだけじゃなかったわけだ。

「もっと俺に甘えてくれれば……」
って……別に変な意味じゃないんだからな?

けれど思い返せば俺だって甘えるのが下手だった。

『篝、あんた本当に大丈夫?』
『だい……じょぉぶだよ、かあさん。だからおしごと……いってきて』
『うん、出来るだけ早く帰ってくるからね』
母さんに心配をかけたくなくて強がっていた。熱で意識も朧気だったと言うのに。

「おっと……そろそろか」
火を止めて10分。

「昴、もうすぐ粥が出来るからな」
「ああ、義兄さん」
部屋を覗けば昴は大人しく布団に入っていたようだ。蒸らし終わった粥を持って来ればむくりと身体を起こす。

「起き上がって大丈夫か?」
「な……何とか」
「んじゃ、これ食べて元気になれよ。薬はここな」
「ああ」

「じゃ、食べ終わった頃に来るよ」
「うん……義兄さん」
「ん?」
「義兄さんと離れたくない」
「へぁっ!?」
「でもうつしたくない」

「安心しろよ、リビングにいるから。何かあれば呼べ」
「……うん」
いつも自信に満ちてる昴がこんなにも弱ってるなんて。
「兄としてしっかりしなきゃな」

リビングに編み棒と毛糸を持ってきてサクサクと編んでいく。
「ふっふっふ。俺の隠れた特技さ」
クラフトと言うものはいい。同人誌で行き詰まった時もお世話になってきた。
「帽子にでもするかな」
天クマ耳帽子。

「いやさすがに人気俳優に被せるわけには……」
自分用にしようかな。
あみあみと編み物をしていればドラマの再放送が始まる。

「あ……これ、昴が出ているやつか」
ドラマの中の昴は凛々しくてクールな役柄。まさに俳優の顔。

「家での顔とは全然違うな」
いや……当たり前か。

「義兄さん?」
「わっ、昴。出歩いて平気か?」
「お粥……食べ終わったから」
「ああごめん、いま下げるよ」

「その……編み物?」
「まーな」

「意外。得意なの?」
「得意かどうかは分からないけど、一通りはできるよ」

「へぇ、すごいなぁ。今は何を編んでたの?」
「ん?帽子……ほら、これからの季節にいいだろ?」
「うん……ぼくも欲しいな」

「欲しいなら編むけど……今編んでるのはクマ耳つきだぞ」
「義兄さんとお揃いのクマ耳もいいよね」
「ぺ、ペアルックってやつ!?」
「ダメ?」
そんな子犬のような目で言われたら断れない。

「い……いいよ。分かった。分かったから病人は寝るように」
「はぁい」
後でまた、ゼリーでも持っていってやるか。

※※※

――――その夜。

「昴くんが熱だって?すぐ戻ってこられなくてごめんね」
「様子はどうだ?」

「気にしないで。今は落ち着いてるよ、義父さん、母さん」

「良かった。一応ゼリーとか買ってきたから」
「うん、明日は学校も休みだし、俺が看病するよ」
「いつもごめんね、篝」
「気にしないでよ、母さん」
「あんたはそう言っていっつも無理するんだから」
「……」
「少しくらい甘えたっていいのよ。明日はできるだけ早く帰るから」
「うん……分かった」
もしかしたら俺たちって似た者兄弟なのかな……?

※※※

――――月曜日。
昴の熱はすっかり下がっていた。
「元気になって良かったな、昴」
「うん、義兄さんのお陰だね。お義母さんもできるだけ早く帰ってきてくれて」
「ああ。感謝だな」
夕飯の準備とか、久々に母子でやったな。

「あ、それから出来たぞ」
「え?」
「お揃いの天クマ帽子」
「わぁ……っ!ほんとにクマ耳だ!」
「ふっふっふ。俺の手にかかればこんなものだ」

「早速着けていこう」
「え、学校にか!?」
「ダメ?」

「いやそのー……笑われるかも」
「笑わないよ。むしろかわいいって言ってもらえるかも」

「それは昴だけだって」
「義兄さんもだよ。ぼくが言うんだから間違いない」
「うう……っ」
しかし昴は既に帽子を被ってしまった。故に俺だけ被らないと言うわけにも。

「えーいっ!男は度胸だ!」
「その意気だよ、義兄さん」
その日お揃いのクマ耳で登校した斑鳩兄弟に女子たちの黄色い歓声が飛んでいたが昴にだけ……だよな?

――――そう、信じたい。