――――ヤバい……バイト、増やさなきゃ。
「バイト?」
「ああ、うん。母さん。増やそうと思って」
今も週2で書店バイトはしているのだが。
「でも学校の勉強は大丈夫?」
「大丈夫、大丈夫!赤点なんて取らないから!それに短期単発でいいんだよ」
「うーん……それならお父さんに頼んでみる?何か紹介してくれるかもしれないわ」
「う……うん!」
こうして俺はバイトを増やすことにした。
※※※
「義兄さん、最近バイトのシフト増やした?」
「ギクッ」
何か……バレてない?
「その……資金調達で」
「ひょっとして同人誌?」
「そ……そうだよ。高校生の身で同人誌出すのって大変なんだからな?」
一応やるからには自分でお金を稼ぐと決めたのは俺である。
「どこでバイトしてるの?」
「色々と。単発だから定まってるわけじゃないよ」
「ふーん」
弟の視線が妙にねっとりとしている。
「でも無理はしないでね」
「わ、分かってるって」
少なくとも昴の芸能活動よりは無理してないっての。
※※※
――――side:昴
憧れてきた。義兄さんと呼べば微笑んでくれる姿に。
「だから……別にぼくをモデルにしても構わないのだけど」
頭に思い浮かぶのはあの日取り違えた教科書に描かれたキャラクターの姿。
気になるのは『相手』である。
あの日以来出来るまではダメだと義兄さんに見せてもらえない。
さらに最近はいつもに増して忙しそうである。
「バイトを増やしたことは確実」
ぼくが稼いだお金を……何て言ったらきっと義兄さんは怒るだろうし出来た同人誌を決して見せてくれないだろう。
「今は見守るに限る……か。さて、ぼくも仕事に行かなくちゃ。明日は朝番組のゲストにも呼ばれているから」
早起き必須だがそう言う日は義兄さんが朝ごはんを冷蔵庫に入れておいてくれる。
「それも楽しみだ」
ぼくの胃袋はとっくに義兄さんに掴まれている。
「でも他は譲れないからね」
ぼくなりに出来ることはしてあげたいんだ。
※※※
――――side:篝
初めてのテレビ局。ドキドキしつつも優しく迎え入れてもらえて安心である。
「じゃぁ今日の仕事はお馴染みの着ぐるみの代理ね。そんなに難しい動作や何かはないから」
「は……はい!よろしくおねがいします!」
先輩に言われるがまま着ぐるみを装着する。テレビ局のマスコット・天クマくんだ。
本来の天クマくんの人が怪我だので急遽決まった代演である。
とは言えメインのマスコットではないのでそれほどハードルは高くない。
「ほら、行くぞ。篝くん」
「はい、先輩」
メインのマスコットキャラ空ウサちゃんは先輩が務めるので俺は側で手を振るだけの簡単なお仕事である。
「はーい、今日の特別ゲストはモデル兼俳優で大人気の昴さんです!」
アナウンサーさんの言葉にビクッとする。え……?は?昴がゲストとか聞いてないんですけどー!?
「(天クマくん、手)」
「(あ、はいっす、先輩)」
平常心、平常心!この中身が俺だなんて気が付くはずないんだから。
「昴さんは天クマくんがお好きだと聞きました!」
え……?俺そんなの聞いてないんだけど!?
「ええ。あの何とも言えない表情にぐっと来ます」
「私も先日SNSを拝見してこれは運命だと感じちゃいましたよー!」
まさか昴、俺が好みを出すように言ったから……芸能活動でも少しずつ自分の好みを出し始めたとでも言うのか!?
「もしよければ天クマくんと触れ合ってみませんか?」
そんなの台本にありませんでしたが!?
「是非」
受けるなー!アホ昴ううぅっ!!
じー…………。天クマ、超ピンチ。
「天クマくん」
「……」
ど……どうしよう、目の前に昴!昴がいる!俺はどうすれば……っ。
「おやおや?天クマくんったらイケメンの昴さんに緊張してるのかな?ほ~~ら、お手手ふりふり~~!」
気を遣ってくれたアナウンサーさんが天クマの手を持って振ってくれる。うう……アナウンサーさん……俺、あなたのファンになっていい?
ごおぉ……。
え……?何か寒気が。
「天クマくんもぼくのファンになってくれるも嬉しいな」
ひいいぃっ!?何その鬼スマイル!
「天クマくんからは懐かしい気を感じるよ。ずっと前から知っているような……ね?」
まさか中身バレてないよねーっ!?
※※※
――――side:昴
今日は朝番組のゲスト出演だ。その折にSNSで天クマくんを気に入っていると呟いたことから天クマくんと触れ合うことになったのだが。
――――バラの匂いがした。それはまさにあのシャンプーの匂いで間違いない。
義兄さん。
これは……義兄さんだとぼくのセンサーが告げている。
単発バイトと言ってたけどまさか、何で。
まさか父さんか?父さんが紹介したのなら……分からなくもない。
「天クマくん」
「……」
そこにいるのは独特の表情がクセになるマスコット。しかしこんないい匂いをさせて……誰かに襲われたらどうするつもりなんだ。
「おやおや?天クマくんったらイケメンの昴さんに緊張してるのかな?ほ~~ら、お手手ふりふり~~!」
気を遣ってアナウンサーが天クマくんの手を持って振ってくれる。
天クマくんが心なしか嬉しそうにアナウンサーを見る。ぼくには分かる。顔は見えないけど……義兄さんの考えてることくらい分かる。
ごおぉ……。
「( 浮 気 は 許 さ な い )」
にこりと物言わさぬ覇気を放ちつつ。
「天クマくんもぼくのファンになってくれるも嬉しいな」
天クマくん……いや義兄さんがビクッとなったのが分かる。
「天クマくんからは懐かしい気を感じるよ。ずっと前から知っているような……ね?」
これくらい牽制すれば……分かるよね?
※※※
――――side:篝
控え室に戻った俺はぐったりしていた。
「どうしたー?篝くん。ま、今をときめく人気俳優が目の前に来たら緊張するよな」
「はは……そうですね、先輩」
着ぐるみ脱いだらとっとと局を後にしよう。うん、昴に遭遇する前に……て。
「先輩?」
「そういや篝くん、いい匂いがしないか?」
「へ?」
「ほら、バラみたいな」
先輩が髪に鼻を近付けてくる。
「シャンプーですかね?弟が勧めてきたんです」
「へぇ、おしゃれな弟くんだねー。会ってみたいよ」
さっき……会いましたけどね。
「それにしてもいい匂いだなぁ」
「ちょ……先輩ったら」
ははっと笑っていれば控え室のドアがバンッと開く。
「あ、天クマくん」
「ぎゃぎゃーっすっ!?」
目の前に……昴がいた。俺、下だけ天クマ。
「え、昴!?何でこんなところに!?」
先輩がテンパっている。
「帰る前に天クマくんにもう一度会いたくて」
「……」
「ああ、夢が壊れたとかそう言う心配はしないでいいよ。むしろ予想通りで満足してる。ね、義兄さん」
「ひいいぃっ!?」
先輩は『え、義兄さん!?』とびっくりしているものの、昴の有無を言わさぬオーラに黙りこくる。
「い……今、着替えるから」
「一緒に帰ろうね、義兄さん」
「えっ」
「まさかぼくを避けてひっそり局を後にしようとか考えてないものね」
「ギクッ」
何もかもバレているんですけどーっ!?
「それから……妙に距離が近かったけど。さっき何してたの?」
くわっと昴の目が見開く。ひいいいぃっ!!昴の目が恐い!恐いよおおおおぉっ!!先輩とは何もないんですううぅっ!!!
※※※
――――ブロロロロ……。
後部座席に兄弟仲良く腰掛ける真ん中には天クマくんのぬいぐるみが座っていた。
「まさか義兄さん、天クマのバイトしてたなんて」
「お……お義父さんに紹介してもらって……」
「そんなことだろうと思った」
「ひぃん……」
全部バレてるううぅ。
「でも」
「はえ?」
「大好きな義兄さんが好きなマスコットに入ってくれているなんて何て僥倖だろうね」
「ほんと……何でだろうね」
そんな偶然ある?次から昴のアカウントチェックしといた方がいいかも。うん。フォローしとこ。
「これも義兄さんのアドバイスのお陰かな……」
「え?」
「ぼくの好きなもの」
「それは……」
「我慢しないで出していいって言ってくれたから。事務所や父さんとも話したんだ。それで第一に天クマくんを出していこうと決めた。ドラマも出てるし」
「あ……それで」
「そ。でも義兄さん」
「うん?」
「(浮気はダメだよ)」
びっくーんっ!!?一瞬アナウンサーさんのファンになりかけたこと、何でバレてんの!?
※※※
こうしてバイトを続け、遂に。
「ふぅ~~、単発バイトのお陰で無事入稿も出来たし……後は完成を待つだけだなぁ」
「義兄さん」
「ん?」
「バイト、また元に戻したんだって?」
「うん。たりなくなったらまたやるかもだけど」
「残念だなぁ。義兄さんの天クマに会えなくなっちゃう」
今は本物が復帰しているはずだ。
「それで天クマファンやめるとか言うなよ?」
「やめないよ。ぼくの好きなマスコットだもの」
「それなら……」
「でも一番好きなのは……義兄さん、だからね?」
「……っ」
その言葉にドキリとする。
「だから義兄さんのアカウントもフォローしたから」
「え……?何でバレてんの?」
本名じゃないはずだけど!?
「同人誌のペンネームと同じだね」
何で知ってんだ。
「それからさぁ……義兄さん」
「うん……?」
「歌手のトウキと何故か体操のお兄さんをフォローしている理由……聞いてもいいかな?」
「ひいいぃっ!?こんなところにも監視入ったーっ!!!」
※※※
――――side:昴
こっそりと見張っていた義兄さんのアカウントから……フォローされた。
「先日のテレビ局の一件で危機意識を持ったのかな」
持つならもっと別なところに持って欲しいのだが。
「この機会だ。義兄さんのフォローチェックもしておこうか」
ほとんどが創作垢との相互フォローだが、その中に。
「……何で体操のお兄さんと相互なの……?」
やり取りを見るに……どうやら義兄さんは体操のお兄さんを通じてポージングの研究をしているのだと分かった。
しかし話題が……筋肉、筋肉、筋肉。
「いや……待て。義兄さんは筋肉男子を愛したいわけじゃない」
むしろぼくがムキムキになりでもしたら本気でどんびくだろう。
「まぁ体操のお兄さんのことは軽く聞くだけにして」
問題は……片思いフォローの歌手のトウキである。
何でフォローしてんの……?ねぇ、義兄さん?女性アイドルならまだしも何で男性アイドルを……?
ぼくとはキャラが真逆だし、共通点もそんなにない。なのに何故。まさか好みと言うわけではあるまい?
「桐島さん」
ぼくは秒でマネージャーに電話した。
「あの件、受けます」
『いいのかい?そりゃぁまぁ受けてくれるならありがたいんだけどね。歌だから』
「構いませんよ。常に新しいことに挑戦したいので」
よし、これで下準備は出来た。義兄さんのアカウントをフォロバして……と。
「事情聴取に行こうか」
※※※
――――side:篝
何故俺は弟の前で正座させられているんだろう。
「だから体操のお兄さんはポージングの研究でお世話になってるだけで……ほら写真集とかも研究用だって」
デッサンと共に見せて必死に釈明をはかる。
「ふうん?で、トウキの方は?」
びっくーん。
「……ファンです」
そう、ただのファンです。
「歌が好きなんだから、いいだろぉこれくらいっ!!」
「歌ねぇ……そんなに言うならこのCD貸して」
「いや、ライブのBRだけど」
「……来るとこまで来たね、義兄さん」
イヤァッ!だって、だってぇっ!!
「このまま行くとポスターまで飾りそうだ」
「何で持ってることまでバレてるの?」
「持ってるんだ」
嵌められたぁっ!
「気になってたんだ。ここ」
スバルが指差したのは壁に空いた4つの小さな穴である。
「何、飾ってたの?」
うぐぐもう逃げられない!
「……トウキのライブ衣装ポスターだよ……」
「ふぅん」
「貼って……いいかな?」
もうバレてしまったんだから。
「破り捨てたくなるからやめてくれる?」
ですよねー!?
「はぁ……でもBRは借りてく」
「破壊すんなよ!?高かったんだから!」
「しないよ。ぼくも色んな勉強がしたいの」
「そ……それなら」
昴はBRを手に去っていく。
「それにしても……」
こっそりと隠しておいたポスターを取り出す。そこに描かれているのは推しの姿。
「……昴に同人誌は見せられないかもなぁ」
しかし昴があそこまで敵対心を多くするなんて。BRの安否は大丈夫だろうか?妙に不安になる。


