いくらなんでも兄弟で付き合うなんて!?



――――side:昴

両親が離婚して居を移して暫くした時だった。父さんが再婚すると言い出した。

「あちらには同い年の息子さんがいるそうだ。だが誕生日的にはお前が弟だな」
弟……ね。兄なんて懲り懲りだと思っていたけれどあちらはどうなのだろう?

複雑な本心を隠し顔合わせに向かう。そこにいたのは確かに同じ年頃の少年だった。

どこにでもいそうな少年であったのに初めて会った時から惹かれそうな何かがあった。

近付けば相手は緊張しながらも手を差し出してきた。そっと距離を詰め手を握り返す。

――――花の匂いがする。そんな気がした。

「俺たちこれから兄弟になるんだ。俺の方が誕生日が先だから義兄さん、だな!よろしくな、昴」
「えと……昴?」
いきなりのことで驚いた。

「呼び捨て、嫌だったか?」
相手は不安そうな表情を向けてくる。

「う……ううん、その……本当に弟になってもいいの?」
その瞬間、重い重い枷から解き放たれた気がしたんだ。

「当たり前じゃん。俺、兄弟が欲しかったんだ」
「それは……ぼくも」
拠り所が欲しかった。兄と言う存在に疲れはてたぼくはずっと求めていたんだ。

「なら、お揃いだな」
「うん……お揃い」
そんな前向きな『義兄さん』にいつしかぼくの口元には笑みが戻っていた。

※※※

――――side:篝
腹の虫が全開に鳴き始めようとしていた時。ガラリとドアが開く。

「義兄さん、お待たせ。何とか午後の授業には間に合った」
「ああ、お帰り。良かった良かった」
急いでやって来たのか、昴は席に座るとふぅと息を吐く。

「本当は義兄さんのお弁当持っていきたかったんだけど」
「ロケ弁が出るんだろ?せっかく用意してくれてるのに悪いって」
「まぁ確かに今日は『MIYA美膳』の弁当だった」
「え、あの!?超有名なとこじゃん!」
俺でも一度は聞いたことがある。

「食べる?まだ箸つけてないけど」
「い……いいのか?」

「もちろん。ぼくは食べなれているからね」
「このお坊ちゃんめ。でもいる」

「じゃぁ義兄さんのお弁当と交換ね」
「はいよっと」
「わーい、いただき……」
その時昴の手が止まる。

「どうし……」
その時気が付いた。いや思い出した。
俺の今日の弁当は。

「ハート柄」
鮭を思いっきりハート型に振り掛けていたことを。

「そ……それはその、な?ただのハート型!俺が自分で作って自分で食べる気だったんだ!」
「でもなんでハート型にしたの?義兄さん」
「うぐ……っ」
今日は弁当ひとりぶんだからと。昴と本当に付き合うことになったからと、浮かれていただなんて言えるわけがない。

「でもせっかくだし……義兄さんからのハート、いただくね」
女子たちの『きゃーっ!』と言う悲鳴が響く。だからそれ、どっちの意味の『きゃー』なわけ。

「うう……っ、俺だって高級弁当食べ尽くしてやるううぅっ」
これは兄の最大限の抵抗である。そして味は……最高だった。

※※※

――――side:昴

母親の手料理など食べたことがなかった。母は大女優だ。家事は家政婦さんに任せていたし、たまの家政婦さんの朝ごはんを食べることはあっても高級弁当や外食が主だった。

「え……義兄さんがお弁当も作るの?」
「そうだぞ。だから苦手なものがあったら言えよ」
「特に……ないかな」
それほど食にこだわったことなどない。ただ身体に必要な栄養として、仕事に必要な知識として摂取してきただけだ。

「ならこのカレンダーに食事が必要な飯にシール、貼っといて」
「えっ」
「母さんと二人暮らしの時からやってたんだ。義父さん……も、仕事で留守にすることが多いみたいだし知っておいた方がいいだろ」
「まぁ……」
ぼく自身、父さんと食事を共にするなんてたまに外食でくらいだ。

「母さんと義父さんは弁当いらないみたいだから、お前が弁当必要な時はシール、貼ってくれ」
「その……でも弁当箱、持ってないんだ」
「え、マジ?」
ずっとずっと羨ましかった。遠足や弁当持参日のたびに母親の手作り弁当を持ってくる子たちが。
ぼくはずっとお店の高級弁当だ。

周囲は羨ましがったがぼくはみんなの方が羨ましかった。

「んー……なら俺の予備があるからそれ使うか。これでいい?」
義兄さんが見せてきたのは憧れていた弁当箱そのものだ。

「う……うん」
「よーし。んじゃ、楽しみにしててくれよ」
義兄さんはそう言うとシールを貼った日の朝には必ずお弁当の包みを用意してくれた。
ずっとずっと、憧れ続けた手作りのお弁当を。

――――それが今や。

「ハート柄ね」
これを義兄さんがこっそりひとりで食べる気だったとは。

「んもぅ、もう言うなよ」
照れている義兄さんがかわいくて、愛おしくて。

「明日からぼくの弁当もハート柄にしていいよ」
「や、やめろって!それ以上言ったらゴッテゴテのキャラ弁にしてやるぅっ」
「え、義兄さん作れるの?」
そっちの方が意外であった。

「いや……まぁ、お前の留守の日はこっそり作ってたけど」
まさかぼくが留守にしている日にそんなかわいい弁当を作っていたなんて。

「ね、今度作ってよ」
「えっ」
「憧れてたんだ、そう言うの」
「うう……牽制のつもりが俺、追い詰められてる?」
そして義兄さんが降参の旗を揚げる。

「分かった。でも疲れるからたまにだぞ」
「うん、嬉しいよ」
「お……おう」
「そうだ、あのね。義兄さんの手作り弁当、SNSにあげてもいいかな」
「へ……?」
「事務所からSNS活動も進めていこうって指示があってさ。特に焦点を当てたいのはぼくの高校生活なんだって。義兄さんの手作り弁当ならきっと映えると思うんだ」
「そんな……その、スキャンダルになったりとかは……」
「どうして?世間は弟思いのいいお兄ちゃんだと思うだけだよ」
そっと視界の端を見れば女子たちが◯サインを送ってくる。義兄さんもそれを見て渋々頷いた。

「いいけど……そのハート弁当はダメだぞ」
「これはぼくの胸に刻んでおくから」
『きゃーっ!』と女子たちの黄色い声が飛び、義兄さんがいつもの無の表情を向けている。

しかしすぐに視線を高級弁当に戻しガツガツと食べ始め、至福の笑みを浮かべる。

今度からこう言う弁当交換をするのもありかもしれない。
ひょっとしたら今日みたいな驚きのサプライズ弁当を作ってきてるかもしれないのだから。

本当に義兄さんったら。今すぐ抱き締めたいほどにかわいすぎるんだから。

※※※

――――side:篝

学生の帰り道と言えばこう言うファストフード店だろう。

「昴はこう言うとこ、初めてか?」
「うん、そうだね。中学の時、同級生が友だちと行ってるのを見て羨ましかった」
そこには混ざれない複雑な立場だったんだものな。

「なら目一杯楽しもうぜ」
「う、うん、そうだね」
ガラにもなく緊張してるな?かわいいやつめ。

「今はこの機械で注文するんだ」
「受付カウンターで注文するイメージがあったけど……」

「店に寄ってはカウンターでも取ってくれるよ。でもこっちで注文してカウンターに持ってく方が楽だぜ?キャッシュレスならカウンターに行かなくても注文できるし」
「わぁ、便利。ぼくたちはどうする?」

「せっかくならキャッシュレスにしてみるか。注文した品はテーブルまで運んでくれるからな」
「うん、義兄さん」

「それじゃ、何にしようか」
「どれがいいのかな?」

「今なら夏の爽やかスパイシーバーガーが人気。これのセットでどうだ?」
「うん、そうするよ」
「じゃーこれを2つ」
キャッシュレスでピッとすれば完了っと。

「義兄さん、それは?」
「これ?オーダー札。これを席に置いとけばバーガーが出来たら運んできてくれる」

「そうなんだ。撮影だとセットだからなぁ」
「撮影でも食べるんだ」
「うん、でも注文とかはないからね。初めて」
昴は周囲を興味深く見ながらも席に着く。
やがてバーガーセットが運ばれてくればポテトをバッと広げてプチパーティーだ。

「すごい、これ、撮影でも見たかも。あの時は冷めてたんだけど」
「それ逆張り硬派じゃん」
「ぎゃくば……何?」
「はっはは。ポテトが冷めても美味しいと言い張るやつのことだ!」
「ええ……ぼく硬派だったのか。でもあったかいのは初めて食べる」
「ならほら、あーん」
自然と昴にポテトを差し出していた。

「義兄さん……」
「あうっ」
俺、何してんだぁぁっ!?こんなカップルみたいなこと……って、カップルか。

「あーむっ」
しかし昴は難なくそれを食む。
「んん、美味しい」
「だ……だな」
な、何だよ。お前は何ともないのか?意識してる俺がアホみたいじゃんか。

「(意識は、してるよ)」
ドキッ。何で俺の考えてることが分かったんだよ!?

「義兄さん、分かりやすすぎ」
「そ……そんなんじゃ」
「かわいいんだから」
「そう言えばそれ……セリフじゃなかったんなら……」
役作りと言うのはウソだったわけで。

「本心、だよ?」
かあぁっと顔が赤くなる。

「おま……っ、よく恥ずかしげもなくっ」
「恥ずかしいわけないよ。真実だからね」
ううー……っ、どこまでも余裕綽々かよっ!悔しいなぁと思いながらもバーガーをはむり。

「うま……っ」
まさに夏にピッタリの爽やかさである。もひもひ。

「そう言えばもうすぐ夏休みだね、義兄さん」
「ああ、そうだったな。2人でどこか行くか?」

「デート?」
「あう……っ、そう言うつもりじゃ」

「でもデートじゃない」
「うう……そう、だよな?」
俺たち付き合ってるんだから。

「この間の埋め合わせ、しようか?」
「へぁっ!?」

「ドーナツ屋さん、行こうよ」
「うう……まぁ、いいぞ」

「ふふっ、なら決まりだね。ぼくもマネージャーに絶対仕事入れないでって釘を刺しておく」
「いや仕事は入れてもらった方が……」
「いいの。最近働きすぎだって父さんからも釘刺されちゃったから。久々のオフを楽しむよ」

※※※

――――side:昴

学校帰りにファストフード店に入っていく学生たちを見るとどうしようもない憧れと孤独感を抱く。

父さんも事務所もああ言うのを禁止してるわけじゃない。むしろ現場の差し入れなんかで食べることもあるから。

だけどどうしてもひとりで立ち寄る勇気が出なかった。

「昴、今日はバーガー食って帰んねぇ?」
義兄さんはどうしていつもぼくが欲しいものをくれるのだろう。

「いいの?」
「当たり前じゃん。せっかくなんだし学生らしいこともしたいじゃん」
「う……うん!」
初めてのバーガーは知らないことばかりだったけど義兄さんは何でも教えてくれた。
出来立てのバーガーや熱々のポテトも美味しくて逆張り硬派張らなくてもいいかもって思えたんだ。

「食べ終わったらここに戻すんだ」
「イメージではあったけど初めて」
「ははっ。でも今覚えたから今度からひとりでも来られるな」
「義兄さんはひとりでも来るの?」
「たまにな。母さんが夜遅い時とか晩飯作るの怠い時とか楽なんだ、これが」
平然と語るものの、それでも義兄さんは寂しいと言う感情を必死に隠して取り繕っているのだろうな。

「ならまた2人で来ようよ」
「え……っ」
「ぼくは義兄さんと来たい。ひとりよりも義兄さんとがいい」
「ならその……夕飯作るの怠い時に付き合え」
「うん、そうするよ」
また義兄さんとの楽しみな予定が増えていく。それがどうしようもなく嬉しいんだ。

※※※

――――side:篝
夏休み・デート当日。

「うーん……これじゃない……これでもな……」
「義兄さん?」
「わーっ!?」
心臓が跳び跳ねたぞ、おい。

「どうしたの?」
「いや……そのぅ」

「ひょっとして服、迷ってた?」
「あうう……はい」
ベッドの上に散らばった服の数々。もう言い逃れできない。

「選んであげようか?」
そう問う昴はまるで雑誌の中から出てきたモデルのようにカッコいい服装である。

「お……お願い」
ここはプロに任せるに限る。

※※※

人々の雑踏が響く一郭で兄弟兼恋人同士の俺たちは向かい合っていた。

「義兄さん、似合ってるよ」
帽子とメガネで変装した昴が笑む。それでもバッチリコーデが決まっているのが憎いが。

「う……うん、こう言うコーデしたことないから……新鮮で」
それでも昴のコーデは完璧だった。ひょっとしてらもしかしてだが、これも昴の好みだったりするのかな?

「早速行こうか」
「お……おう」
頷けば自然と手を繋いでくる。

「おま……っ、そう言うのに抵抗ないの?」
「どうして?ぼくたち恋人同士でしょ?」
「でも男同士だし」
「関係ないよ。ぼくが繋ぎたいんだから」
「あう……」
何だよもう、そのカリスマ性!こんなの付いていくしかないじゃんっ!悔しくなりつつも、どこか安心するリードに身を任せる。

「ここのドーナツ屋さんだよ」
「わぁ、ここからでもいい匂いだ」
「でしょ?ドーナツは自分でトングで取る形式だから好きに選んでね」
「あ、ああ!自分でトングで取るのって何だか楽しいよな」
「義兄さんも?ぼくも分かるよ」
早速2人でドーナツを選ぶ。

「どれにしようかなぁ。やっぱり定番のダブルチョコレートかな」
「じゃぁぼくも……」
「こーらっ」
「へ?」
溢れでるカリスマ性のくせに急にすっとんきょうな声を上げるんだから。

「食べきれない分はシェアするんだから。昴は昴の好みを選ぶこと」
「そっか……義兄さんとシェア」
どうやらこの作戦は成功だったようだ。
俺はその他にも幾つかドーナツを選び、昴はフレンチクルーラーやマラサダ風ドーナツを選んでいた。

「ううー……チョイスがおしゃれすぎるんだけどっ!」
「え、そうかなぁ」
「でもま、シェアするんだし、分けろよ?」
「もちろん」
熱々のカフェラテと共にドーナツをはむりと頬張る。

「ん……旨いな」
「でしょ?ドーナツの種類も豊富でどれも美味しいんだ」
「分かる。そうだ、早速お前も食べてみ?」
「それじゃぁいただこうかな」
はむりと口に含んだ昴はにこりと笑うとふふっと苦笑する。

「どうした?」
「こっちもちょうだい」
そう言うと俺の唇の端を掬いとる。

「ついてる」
「あうっ」
気が付かなかった……と言うかその、堂々とカップルみたいなことをよくもまぁ。

「(人目がなかったらそのまま嘗めても良かったんだけどね)」
「や、やめろって。恥ずかしい~~っ」
「だと思って我慢したんだよ」
「うう……出来た義弟で申し分ない」
「ふふふ。それに弟、だけじゃないよ」
「か……かれ……」
「そう、忘れちゃダメだよ?」
いたずらっぽく笑う昴が妙に妖艶で気恥ずかしくなってしまう。

「義兄さん、ぼくのもあーんして」
「う……うん」
「あーん」
「はむっ」
最近はいつもやって来るのだから。さすがに俺も慣れたもの。いや……俺もついついやってしまうが。

「ここ、来て良かったね」
「ああ。また機会があったら来てみるか?」

「いいかも。初デート記念だもん」
「お前その……記念日とか大事にするタイプ?」

「もちろん。義兄さんと出会った日も付き合った日も記念日として記録付けてるけど」
「え……っ!?」

「ぼくのこと重いって思った?」
「いや……そんな、だけどその、俺も覚えておかなきゃ」

「忘れてもぼくが教えて上げるから大丈夫だよ」
「あうう……っ」
何だろう。俺、胃袋以外のものをほぼ握られているような気がするのだが?