――――幼い頃からそうだった。
「ごめん、篝。今年の誕生日も仕事だわ」
母さんが申し訳なさそうに告げてくる。
「気にしないで、母さん。今年は昴も一緒だからさ」
「そうね。ひとりっきりじゃないなら安心よ。これ、ケーキ代。好きなの買いなさいね」
「わーい、ありがと」
今年はどんなケーキを買いに行こうかなぁ。部屋に戻れば早速昴もやって来る。
「義兄さん、義兄さんの誕生日って……」
「ん?母さん忙しいし、夏は特に……だからさ。俺の誕生日は仕事のことが多いんだ」
「そっか……ぼくは仕事が入ってることの方が多くって」
「お互い……大変だな」
「うん……でも、今年は一緒に過ごせるよ」
「ああ、昴」
それが何よりも心強い。
「誕生日、どこか行く?」
「え……」
「恋人なんだから誕生日デートは基本でしょ?」
「あ……う、うん」
フリとは言え……彼氏だもんな。
「どこか行きたいところはある?」
「そ……そうだな」
デート……デートに最適な場所。って、何真剣に考えてんだよ、俺!
「か……カフェはどうだ?」
それなら無難だろう。
「うん、そうしよっか。義兄さんは甘いものが好きだから……」
いつの間にそんなこと知ってんだよ。
「ここのドーナツ屋さんのカフェなんてどう?この前ロケでお邪魔したんだよ」
昴がスマホの画面を見せてくる。
「そうなのか。うう……旨そうなドーナツも多いな」
「雰囲気もいいし、ここなら思う存分楽しめると思うんだ」
「あ……ああ」
何だか今からでもドキドキしてきた。誕生日ってのもあるけど……。
「デート」
ドキリ。
「楽しみだね」
「お……おう」
コイツもフリ……としてデートするんだもんな。それなのにこの胸のざわざわは何なんだ。
※※※
――――小学生の頃。
「ごめんね、篝。今週は仕事が忙しくて」
「ううん、いいよ。母さん」
俺……寂しくないから。いいこでいないと母さんが困るから。
「あなたは聞き分けが良すぎるから」
母さんの手が俺の頭を撫でる。
「ケーキ屋さんで好きなの買ってきなさい」
「うん……!」
そうしてもらえる臨時のお小遣い。母さんは仕事でいないけどケーキを買いに行けるのは嬉しかった。
――――だけど。
「ママ、私、あのケーキがいい!」
「じゃぁあのケーキでパパとママとお祝いしよっか」
現実は残酷だ。そうだ……本来ならそうなのに。パパがいてママがいる当たり前の誕生日。
俺にはそんなのはない。俺は何を喜んでいたのだろう。
物心ついた頃には当たり前のようにいなかった父親。いつもひとりきりの誕生日。
「誰の誕生日なの?お使いかい?偉いね」
「お……弟の」
弟なんていなかった。でも言えなかった。自分の誕生日だなんて。
「ローソクは何本つける?」
「ええと……」
自分の年齢よりも1本少なくもらった。
そうしてとぼとぼと泣きながら家までケーキを持ち帰った。
「寂しくなんてないもん……俺、平気だもん」
ひとりでも平気。だから……だから。
母さんに言われた通りケーキも買えた。だからこれでいい。
――――しかしケーキは……塩の味がした。
※※※
――――何を思い出してんだ、俺は。
「それに今年の誕生日は……」
本当に弟がいるんだ。
「ごめん……義兄さん。義兄さんの誕生日、仕事の予定が入っちゃったんだ」
「え……」
その報せに呆然とする。
「生放送の助っ人で急遽入ってくれってことで仕方がなくて」
「う……うん、仕事、だもんな」
仕事なんだから仕方がない。幼い頃からそうだったじゃないか。
それなのに何で俺、こんなにショック受けてんだ……?
※※※
「いらっしゃいませ」
幼い頃に通ったケーキ屋さんとは別のケーキ屋さんだ。
あの後俺は幸せそうな親子を見るのが辛くていろんなケーキ屋さんに足を運んだ。
誕生日を迎える幸せそうな親子を見るたびに。でもいつしかそれも平気になった。
今ではお気に入りのケーキ屋さんで誕生日ケーキを買う。
「このホールケーキひとつ下さい」
かわいらしいバラの飾りのついた生チョコケーキだ。
「お誕生日ケーキですか?ろうそくは何本つけましょうか」
子ども向けのケーキだと思われてるんだろうか。幼い頃は1本少ないローソクをもらって、マッチで火をつけて……すぐに消した。
「いえ、ろうそくはいいです」
ひとりでやっても何も面白くなくて、いつしかやめてしまったから。
「ありがとうございましたー」
「こちらこそ」
よし……今日はケーキも買ったし。
「ホール食い……してやろ」
ケーキの甘さに呑み込まれて寂しさなんてぶっ飛んでしまえるように。もうケーキを食べても塩の味はしないから。
※※※
誰もいないがらんとした家。幼い頃よりも大きな家では一段と寂しさが増すがテレビでもつければ関係ない。
「さてと……フォークフォーク」
ホールケーキを前に、いざじんじょうに……。
「んんっ、甘くてうまぁっ」
はむはむと口の中に放り込みながらチャンネルを回す。
「面白い番組でも……」
その時手が止まる。
「昴……」
生放送に出ている昴の姿を見て途端に寂しさが込み上げてくる。
「そんなの卒業したつもりだった」
母さんと誕生日を過ごせない日々。それとはまた違う胸の空洞感。
『昴さんは恋人の誕生日にはどんなサプライズをしたいですか?』
「……っ」
思わず食い入って見てしまう。
『そうですね……』
「昴……」
『サプライズで恋人の好きなブランドケーキを買って帰って驚かせたいですかね』
『高級!私もサプライズお祝いされてみたいです~~!』
女性アナウンサーがきゃっきゃと答える。そうだな……本当にそうならば幸せだろう。だけど……。
「偽物の恋人だから」
だからそんな誕生日なんてこないのだ。
「俺は万年ぼっちの誕生日なんだ」
いつしかケーキを食む手も止まっていた。
「……」
ケーキを冷蔵庫に戻し、ごろんとカーペットに横たわる。
「何やってんだろうな……俺」
いつしかテレビも消し、夕闇の中へと意識を紛れさせる。
※※※
「あれ……俺」
ブランケット……?一体誰が。
「義兄さん、起きた?」
「昴……生放送は?」
「もう終わったよ。夜だし」
「あ……いつの間に」
カーテンは閉められ夜の帳が降りていることが分かった。
「夏とはいえエアコン効いてるんだから冷えるよ」
「す……すまん」
ブランケットを引き寄せ、反省する。
「それより冷蔵庫のホールケーキ」
「ギクッ」
「あれ、まさかひとりで食べる気だった?」
「それは……そのぅ……まだ全部食べてないし」
「ふふっ、お腹いっぱいになってなくて良かった」
「え……?」
「ほら、これ」
昴が出してきたのはかわいらしいショートケーキだが、バラだけではなくさまざまな花の意匠が凝っていて明らかに高級ブランドなのだと分かった。
「これ、どうして」
「帰りにマネージャーに寄ってもらったんだよ」
「……何で?」
「テレビで言ったでしょ?買って帰って驚かせたいって」
「どうしてそれを……っ」
番組見てたことまで知ってんだ!?
「チャンネル、番組のだったから」
「……っ」
「義兄さんの好きなブランドは分からなかったけど、好きそうなのなら分かるから。ほら、サプライズ」
「でもその……」
「ん?」
「どうしてここまでするんだ?俺たちは恋人のフリ、なんだろ?なら……」
「じゃぁ……」
ぐらりと視線が揺らぎ、押し倒されたのだと思った。
「フリじゃなくなればいい」
「は……?何言って……役作りのためだろ?」
「それ……ウソだよ」
「ええぇっ、な、何でっ」
「そうでもしないと義兄さんは本気にしてくれないと思ったから」
「だってその、兄弟なのに」
「それでも好きだよ。ぼくは義兄さんと付き合いたいと思った。恋人になりたいと思った」
「そんな……どうして……」
※※※
――――初めて昴と出会った日。
俺はお兄ちゃんになるのだから、しっかりしないといけない。
「俺たちこれから兄弟になるんだ。俺の方が誕生日が先だから義兄さん、だな!よろしくな、昴」
「えと……昴?」
昴がきょとんとしている。
「呼び捨て、嫌だったか?」
早速失敗してしまったろうか。
「う……ううん、その……本当に弟になってもいいの?」
「当たり前じゃん。俺、兄弟が欲しかったんだ」
「それは……ぼくも」
「なら、お揃いだな」
「うん……お揃い」
昴は嬉しそうに頬を染め上げた。
※※※
そんな初めての日を思い返す。あの頃の頬を染めていた昴は今、熱のこもった目で俺を見下ろしている。
「ぼくは幼い頃から子役として大人に囲まれて生きてきた」
「それは……その、聞いたよ」
「そう。だからね、芸能人の子どもってのもあってなかなか同年代の子どもとも馴れ合えなかったし学校に通える時間も少なかった」
今でも仕事でいない時も多いからな。
「だからね、初めて会った時に義兄さんに弟になっていいよって言われて嬉しかったんだ」
「俺だって……」
「だから義兄さんが欲しいって思ったんだ」
昴の指が俺の顎に伸び、そして頬をなぞる。その手つきがどうしようもなく妖艶で引き込まれそうになる。
「義兄さんの弟として、恋人になりたかった。恋人なのに弟としてだなんて……変、かな」
「ぜ、全然変じゃない!兄弟カップルなんて……BL界じゃ普通だ!」
「なら……義兄さん」
ぐいっと昴の顔が間近に迫る。
「ぼくだけのものになって」
「……っ」
それって……告白?
「好きだよ。愛してる。義兄さん」
「あう……昴」
「顔、真っ赤だね」
「誰の……せいで」
「だからね」
「……昴?」
「いいこで居続けなくたっていいんだよ」
それは俺を呪縛から解き放つ言葉。
「ぼくの前では本当の義兄さんでいて」
今まで被ってきた仮面も全て取り払い迫ってくる。
「ぼくからの気持ち、受け取って」
唇と唇が重なりあう。同時に甘酸っぱい熱が身体中を駆け巡る。
キラキラと降り注ぐ宝石の中で昴の目をまっすぐに見つめる。
「誕生日おめでとう、義兄さん」
「あう……うう……っ」
その言葉をどれだけ聞きたかったか。ずっとずっと我慢してきた。
「ああぁっ」
寂しかったのに、苦しかったのに。それを無理矢理押し込んで。いいこでいなきゃと必死だった。
「もう無理しなくていいからね。ぼくがついてるから」
優しい昴の腕に包まれながら、年甲斐もなくわんわんと泣いた。泣き止む頃にはいつの間にかホールケーキや昴の買ってきてくれたケーキが並んでいる。
「ホールケーキ……食べてもいいぞ」
「それなら義兄さんが口つけたところからもらおうかな」
「ちょ……普通逆だろ?」
「え?こっちの方が間接キスになるじゃない」
「き……っ」
そう言えば俺たちさっき、キスして……。
フリじゃない。本当の恋人として。
「ね、義兄さん」
「う……うぅ」
「こっちも食べて。それともあーん、してあげようか」
「あ……甘すぎるだろっ」
「いいじゃない、誕生日なんだから。ほら……あーん」
「うう……分かったよ。はーむっ」
口の中で蕩ける感触に幸せに満ちた甘さ。
「お……美味しい」
「でしょう?義兄さんなら気に入ると思ったんだ」
チョイスまでドンピシャすぎて、顔もよくて気立てもよくて……何から何まで、ずるすぎるんだから。
※※※
暫くすれば玄関の方が騒がしくなる。
「ただいまー、篝。遅くなっちゃったわね」
「誕生日プレゼント、買ってきたぞ」
「母さん、義父さん!」
そして義父さんが差し出してきた包みは何だか重量がある。
「これ……時計?」
「ああ。男ならカッコいい時計のひとつやふたつ、持っておかないとな」
「うん……!すっごいカッコいい!」
学校にはさすがにつけていけないが、昴とのデートになら……って何デートのことまで考えてんだよ俺は!
「篝?顔が赤いぞ。そんなに嬉しかったのか?」
「あらまぁ、篝ったら」
「これはその……えぇと」
「篝」
「義父さん……?」
「こうして無事に篝の父親になれたこと、ほっとしてるんだ。篝はイイコすぎるところがある」
図星すぎてどう言えばいいか。今まで父親がいた記憶なんてなかった。どう接すればいいか分からないながらもイイコでいなくちゃと必死だった。
「こんなに喜んでくれるなんて嬉しいよ」
「う……うん!ありがとう」
初めて素の俺でそう言えたんだ。
「義兄さん」
「ん?」
ホールケーキを義父さんと母さんにもお裾分けしつつ、初めての家族での誕生日。昴がそっと耳打ちしてくる。
「今日の埋め合わせデート、必ずするからね」
「ひゃ……っ!?」
義父さんと母さんに聴こえたらどうするんだよ!付き合ってることがバレたら……けど。
「ほら、あんなに仲良しで」
「ああ、私も安心したよ。杏」
どうやら仲の良い兄弟だと思ってくれていることには安心した。
「(ほんと……心臓に悪いぞ)」
軽く抗議はしておいたが。
「ふふふっ」
昴は余裕の笑みなんだから。


