――――小学生の頃。
クラスの女子たちが盛り上がっている。
「このシール、かわいい!」
「ねぇ、交換しよ?」
その光景に少し羨ましさを覚えた。
「なぁ、シール何当たった?」
「俺はこれ!」
「いいなぁ~~、ちっともいいの、当たんないんだよなぁ」
クラスの男子たちがぼやいている。あちらのはあまり欲しいとは思わなかった。
俺は他と違うのかな。ただ、そう思った。
※※※
「今はこっそり……」
書店でバイトしてるとだけあって、付属の文具店でも手に入る。
しかし在りし日のように交換することなどない。ペールピンクの表紙を開ければ中にはあの日の夢がある。
「義兄さん、これってシール帳?」
「わぁーっ!?何見てんだお前!」
いつの間にか後ろに昴がいたのだ。開かずの部屋の出入りを解禁してからと言うもの。やはり心臓に悪い。
「ごめんごめん、でも気になって」
「別に何でもねぇよ」
男子らしくない趣味だってのは分かっているつもりだ。
「これ、現場の子役の子たちの間でも流行ってるんだ」
「へぇ……そうなの?イメージでは俺らの小学校くらいの時の流行りだけど……今も流行ってんのか」
クラスの女子たちがきゃっきゃと楽しんでいたのを思い出す。混ざりたかったわけじゃない。ただ俺もシールを集めてみたかった。惹かれただけなのだ。
「そうそう。でも義兄さん、今も集めてるんだね」
「こ……これはその……デザインとか、参考になるんだよ。同人誌の」
いや、昔はさすがにできなかった。今だからできるものの、適当にはぐらかす。
「ああ、それで。交換はしないの?」
「男子がシール交換できるかよ。やってたとしても食玩シールくらいだ」
俺がその中に混ざったことはないけれど。
「ならやろうよ!」
「は?」
突然のことに瞠目する。
「ぼくもやってみたい」
「いやいや、何で!?男の趣味じゃねーし」
「でも義兄さんは集めてるよね」
「それはそうだが、お前のイメージだってあるだろ」
「イメージ?クールで売り属な昴が実はかわいいものにも夢中っ!社長からギャップ萌えもそろそろ狙ってみない?って言われてて」
いや、ギャップ萌えって。確かにそうだが。
「それに!現場の子役の子たちと仲良くなりたいんだ」
「そ……そう言うことなら」
弟のために一肌脱ぐべきか。
「まずは何から始めればいいかな?」
「モノを集めるところからだろ?そうだな……明日の放課後、空いてる?」
「うん、義兄さん」
「じゃぁ文具店にでも行くか。バイト先の付属だからさ、近いぞ」
幸いバイトの方はシフト入ってないしな。
「分かった。約束ね」
※※※
教室では相変わらず昴が女子たちに囲まれていた。
「えっ、シール交換!?」
「昴くんも?」
「懐かしいなぁ。昴くんがやるなら私たちもやろうかなぁ」
うう……小学生の時のビビりがウソのようだ。イケメンがやると言い出せば途端に女子たちが応援するなんて。
やっぱりイケメンはチートである。
「最近、撮影の子役の子たちの間で流行ってるみたいで。ぼくも仲良くなりたいから始めたいなって思ってるんだ」
「いいよいいよー!教えるよ!」
「放課後、文具店に案内してあげようか?」
「義兄さんに案内してもらう予定なんだ」
『きゃーっ!?』
それはどっちの『きゃー』なんだ。
そして頃合いだと昴がこちらに戻ってきた。
「義兄さん。放課後の文具店、楽しみにしてるね」
「んだよ、女子たちに案内してもらえばいいだろ?」
ふんと口を尖らせれば。
「嫉妬しちゃったの?かわいいなぁ、義兄さん」
「ひぅっ、また!?」
これはセリフ……セリフなんだ!実際に俺がかわいいわけじゃない!断じて!
※※※
女子たちのシール交換が羨ましかった俺は細やかなシール集めをしていた。
集めればお皿がもらえると言うパンのシールだ。
けれど集めればお皿の交換で手元を離れてしまう。だからそれまでの細やかな趣味。
中学に上がる頃には忘れていたと言うのに。思い出したのはいつの頃だったか。
「シール?」
「そうだよー、隣の文具店にかわいいのたくさん売ってるんだー」
そう書店員の女性の先輩に誘われたことだった。
「最近では男の子向けもあって、うちの子も集めてるのよ」
「へぇ、いいですね」
確か先輩のところは小学生くらいの男の子だったっけ。
最近では小学生の男の子でも集められるんだ。
だからちょっとした興味からだった。
「……すげぇ」
幼き日々に憧れたシール売り場からは格段に進歩していた。
あの日回してみたかった回るタイプの売り場からら壁一面に。
最初は男の子が好きそうな車のシールなんかを買っていた。ある日欲を出して花の封印シールを買ってみた。
「お手紙書かれるんですか?素敵ですね」
少し顔見知りだった女性店員にそんな風に言われた。
「ええ……まぁ」
適当に誤魔化してみたが、男がこう言うのを買うことにそれほど抵抗を抱かなくてもいいのかもしれないと感じた瞬間だった。
※※※
――――放課の鐘が鳴る。
「一応変装はするのな」
昴は制服に加え帽子にメガネを装着していた。
「騒ぎになると事務所にも悪いからね」
「ふぅん?」
その顔が隠れてしまうなんて残念……って何思ってんだ俺は。
「わぁ、ここが文具店!?義兄さんのバイト先!」
「正確にはその隣だよ。しかし何だ?こう言うところ初めてとか言わないよな」
「文房具とか必要なものは全部マネージャーが……」
「……お前はお坊ちゃんか何かか……いやそうか」
何せ人気俳優の息子なのだ。
「お支払いは?都市伝説で聞いたんだけど……こう言うところはカードやキャッシュレスじゃなくて現金も使えるって」
「都市伝説じゃねぇよ!むしろ現金の方が普通だわっ!カードもいけると思うけど」
ほんとコイツは飽きないと言うか、何と言うか。
※※※
見慣れた文具店の中を進めば早速目当ての品が見えてきた。
「あった。これがシール帳だよ。子供用から……ここら辺は大人でも使えるやつだな」
「へぇ、たくさんあるんだ」
シールを集めているうちに昔懐かしい品に手が伸びていたんだよな。
「わぁ、見て。義兄さん。ポップに若い女性の間でもブーム再燃だって」
「そっか……それで」
俺も幾つか持っているが値段もデザインも幅広いな。いつの間にかポップまで増えていた。
「どれがおすすめなの?」
「うーん、おしゃれなものならこのブックタイプだけど……個人的にはこのバインダータイプかな」
「義兄さんのもだよね」
「ああ。これだとページの入れ替えも楽だし追加もできるからな」
「それならぼくもこれにしようかな。色は……ペールピンク」
「え、意外だな」
もっとクールな青とかを選ぶと思っていた。
「義兄さんとお揃い……だからね」
「……っ!?おま……そこまで付き合ってる風に見せなくても……」
「なら本当に付き合っちゃう?」
ドキリ。そんなの……できるわけないだろ。これはあくまでも昴の役作りに付き合ってるだけなのだから。俺は何を意識してるんだ。
「何言ってんだ!もう……ほら、シール帳を決めたなら次はシールだぞ。シールがないと始まらないんだから」
「うん!義兄さん」
しかしこいつ。俺の気も知らないでいつにもまして上機嫌だな。
※※※
いつもの場所に来れば何となく落ち着くものだな。
「何がいいんだろう」
「色々あるぞ。季節モノからキャラクターモノ、ぷっくりシールやもふもふシールなんかはレアシールとしても有名だ」
「こんなものまであるんだ。ね、義兄さんはどう言うのを買うの?」
「えと……デザインに使えそうな封印シールとか、モノ、花のシールが多いかも」
「義兄さんらしいなぁ。ぼくもそれにしようかな」
「そこまで合わせなくても……」
「義兄さんに交換してもらいたいから」
「……っ」
「義兄さんが欲しがるシールが買いたいんだ」
「いやでもお前、現場の子役の子ともシール交換したいんだろ?」
「それもそうだったね」
昴が苦笑する。
「ならこっちのかわいいのとかどうだ?」
「ん?見せて見せて」
顔が近い。てか改めてだけど、近くで見るとますますイケメンだな。こんなイケメンが義弟でしかも彼氏……だなんて、これはあくまでもフリなんだから!
※※※
結局カゴいっぱいのシールになっちまったな。
「ほら、レジ行くぞ」
「はーい」
レジに行けばいつもの女性店員さんである。
「あら、今日はお友だち?」
「義弟です」
「あら……!兄弟で?素敵ね」
「どういたしまして」
昴がさらりと答える。しかし俺が長年の夢を叶えられたのは彼女のお陰でもある。
「またお待ちしていますね」
「ええ、また」
礼を言って店を出ればどうしてか昴が不満そうに顔を寄せてくる。
「ねぇ、義兄さん」
「な……何だよ」
「あの女性店員さんとどういう関係?」
「どう言うって……職場が隣だから通ううちに顔見知りになったんだよ」
「顔、赤かったけど」
「んなわけないだろ!?」
「ぼくと言う彼氏がいるのに」
「フリだろ?」
「フリでも彼氏だよ」
「だとしても彼女とはそう言うんじゃない」
それに彼女は……どちらかと言えば恩人のようなひとだ。
「それと、お前だって女子たちと楽しくやってんじゃん」
「義兄さん見たいにぽーっと顔、赤らめてないよ」
「だから俺も赤らめてないってば」
「ふうん?なら浮気じゃないって信じてあげてもいいよ」
「信じろって言うかほんとにそんなんじゃないからな?」
全く……本当にコイツと付き合うやつがいたら束縛強そうなとこ、注意だな。
※※※
――――翌日。
イケメンは今日も女子たちに囲まれていた。きゃっきゃとはしゃぐ女子たちに手を振って昴がこちらに帰ってくる。
「シール交換、楽しそうだな」
宣言通り顔は赤らめてなかったが。
「嫉妬?かわいい」
「やめろってそれ……!」
「ほら義兄さん」
俺のノートにシールを貼ってくる。
「おま……っ、何してんの!?」
「ふふっ、イタズラ。子役の子たちとシール交換したらイタズラされちゃって……名刺いれなんてこうだよ」
わ……乱雑にデコられてる。
「かわいいよね。子どもって」
「それは同意だが俺は……」
「かわいいよ。そうやって嫉妬しちゃうとこ」
「兄貴をあんまりからかうな!シール交換してやらないぞ!?」
「ごめんって……色々集まったから見て欲しいな」
「うう……それは興味ある」
※※※
――――帰宅すれば早速例のものだ。勉強机の上のペールピンクのシール帳を広げれば兄弟2人、シールを突き合わせる。
「このシール、デザインがいいな」
「ぼくが文具店で買ったシールだよ。気に入ったのならあげる」
「マジ?サンキューな。それならお前も好きなの選べよ、ほら」
「そうだなぁ……じゃぁこれにする」
選んだのは大人めのローズの封印シールだ。
「お前ってバラとか似合うよなぁ」
「そう?」
「CMにも出てるだろ?女性向けのシャンプーだったか」
「ああ、あれ。今度メンズ用のも出るんだって」
「へぇ」
色々と展開してんだなぁ。
「義兄さんも使ってみない?」
「俺はいいよ、そう言うの」
「でもきっと……いい匂いがする」
昴がそっと髪に鼻を近付けてくる。
「ちょ……何を……どうせ汗の匂いしかしねぇよ」
「なら使ってみて」
その手には試供品が握られていた。
「お……男なのにそんなおしゃれなの使ったら」
「ぼくは使ってるよ?義兄さんも使っていいのに」
「お前とは違うんだ」
「……」
いや、どうしてそんな顔をするんだ。
「違……っ、そう言う意味じゃない!俺は平凡顔だからって意味だよ」
「でも……一緒がいい」
「え……」
「お兄ちゃんができたの、初めてだったから」
「昴……」
「嬉しかったんだ。俺のことを対等に見てくれる存在ができたんだって」
コイツは子どもの頃から子役として売れっ子で、周囲とはどこかかけ離れた立場にいたのかもしれない。
だからこそ……家族のように気兼ねなく接することができる存在を求めていたんだ。
「わ……分かった」
「義兄さん?」
「た……試してやるから。お前も使うんだぞ」
「うん、義兄さん!」
人懐っこく笑んでくる昴。どうしてかその笑みが脳裏に張り付いて離れない。


