――――凩吹く季節。マフラーを巻きつつも吐く息は白い。
「ふぅー、寒いな。昴、今日はどこ寄ってく?」
「そうだなー。バーガーにしない?SNSで季節限定バーガーが出てるって出てたよ」
「マジ?ならそうしようぜ」
暖かいもん食べて身体を温めるのもいいな。
「うん、早速行こうか義兄さ……」
「お兄ちゃん!」
その時響いた女子の声に驚く。振り返ってみれば中学生だろうか。ここでは見ない制服だ。
「菖蒲……何でここに」
は……?菖蒲って誰?しかもお兄ちゃんって……。
「そいつ、誰よ!?私のお兄ちゃんに近付かないでよ!」
菖蒲が俺に向かってくるのを昴が咄嗟に庇う。
「やめてくれ。彼は……今のぼくの義兄さんだよ」
「は……?そんなの、そんなの知らない!お兄ちゃんは私だけのものなんだから!」
「おい!」
菖蒲が昴を押し退け俺に迫る。
「私のお兄ちゃんを返して!!」
「やめろ!」
昴が俺を抱き締める。
「な……何で、何でなのよ。私がいるのに、何でそんなやつ庇うの!?私のお兄ちゃんなのに!」
「今はもう違う!」
確かに戸籍上は違うのだろうが、だけど血縁なのに『違う』と言い切るのは何故なんだ?
「五月蝿い五月蝿い五月蝿い!私は認めないんだから!」
そう言うと菖蒲は踵を返して走り去っていく。
※※※
熱々のバーガーとポテトを広げつつも空気は重い。
「義兄さん、さっきはごめん」
「いや……その、お前に妹がいたなんて初耳だ」
「その……父さんも敢えて触れないようにしてたんだ。ぼくのために」
「どう言うことだ?」
「父さんと実の母親が離婚した際のことだ。敢えてぼくたちを引き剥がすためにそうしたんだ」
「どうしてそんなことを……?」
「妹は……菖蒲はぼくに並々ならぬ執着を持っている」
「え……っ」
「だからぼくはその分仕事を入れるようにした。それでも気が済まなかった妹は仕事先にまで押し掛けて妨害しようとしたんだ」
「そんな……っ」
「事態を重く見た両親は元々離婚を考えてたってのもあってぼくたちを別々に引き取り、引っ越した後のぼくと父さんの住所を実の母親は菖蒲に教えないようにした」
「けど押し掛けてきた」
「どんな手を使ってきたのか分からないけどね」
「もしかしたらSNS?」
「うん……制服とかは載せないようにしてきたんだけどね。文化祭の日取りはいないと書き込んだからそれをヒントにしたのかも」
「執念深いな」
「うん。ここいらの高校生に聞けばぼくが通ってるってことも分かってしまうかも」
「噂は黙っていても回るからな」
地元じゃ昴が通ってる高校も知られているはずだし生徒たちも知っている。
「実際文化祭でもうちのクラスに昴を探しに来た人はいたものな」
「その上で学校と事務所が協力して騒ぎにならないようにしたのに」
「それを逆手に取られたか」
はむりとポテトを摘まみながら嘆息する。
「父さんにも事情をメールしておくよ」
「うん、そうした方がいいな」
義父さんもこの件には深く関わっているはずだから。
※※※
――――その日は遅くなるはずだった義父さんは予定よりも早く帰宅した。菖蒲のことがあったからだ。
そして母さんも駆け付けてくれた。
「菖蒲のことは分かった。麻里也に連絡して監視を強化してもらう」
麻里也さんと言うのはお義父さんの別れた元妻。昴の実の母親であり大女優だ。
「お前たちも充分に注意してくれ」
「分かったよ、義父さん」
「ああ、俺も」
※※※
――――夕飯の準備に入ろうとして気が付く。
「やば……塩切らしてたんだった。昴、塩買ってくる」
「えっ、じゃぁ一緒に……」
「コンビニに行くだけなんだから」
「それでも用心した方がいい。家まで嗅ぎ付けていたら大変だ。ぼくも行くよ」
「分かったよ」
いつもの道、いつもの街、何ら変わりはないはずだった。
塩を買って帰れば終わるはず。しかし後ろからドタドタと近付く音にハッとなる。
「お兄ちゃんを、返してよおおぉっ!」
菖蒲、また来たのか!?
「くそ……っ、監視はどうした!」
「監視……?はは……そんなのどうだっていいのよ!私とお兄ちゃんを引き裂く悪の手先!」
ギラリと光るナイフに背筋がゾクリとする。
「お兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃん!私のお兄ちゃん!私だけのお兄ちゃん!」
「ふざけるな、いい加減にしろ!」
「何で……何でそんなに怒るの?ねぇ……お兄ちゃん……」
菖蒲がわなわなと震え出す。
「もうお前は妹でも何でもない!」
「え……?何?何を言ってるの?」
「ぼくにはもう新しい家族がいる!義兄さんがいる!もう関わらないでくれ!」
「そんな……何でそんなこと言うのよ!そうか……そうなのね。あんたが、あんたがお兄ちゃんを誑かしたの!」
菖蒲の目がこちらをギロリと見、ナイフを振り上げてくる。
「うわっ!?」
「やめろ!」
昴の手刀がナイフを弾き落とす。
「いい加減にしろ。義兄さんに手を出すのなら許さない」
「何で……何でそいつなのよ!」
「何で……?こう言うことだ」
その瞬間ぐいっと身を引き寄せられ唇が塞がれる。
「ふむっ!?」
「……こう言うことだ」
「そんな……ウソよ、ウソ!」
菖蒲が狼狽している。
「分かったのならもう二度とぼくたちに近付かないでくれ」
「いや……いやぁ……こんなのお兄ちゃんじゃない!私のお兄ちゃんじゃないいぃっ!」
走り去ろうとする菖蒲を駆け付けてきたスーツの男たちが羽交い締めにする。
「昴、無事!?」
「……母さん」
昴がそう呼ぶその人は……大女優の麻里也さんだ。
「菖蒲はこちらで連れてくわ。近いうちに海外に行かせることにする。頭を冷やすまで日本には帰らせないから」
「そうしてくれ」
「それと……」
「母さん?」
「仲良くやるのよ」
彼女はどこから見ていたのか。それとも見抜いているのか。俺に優しく微笑むと菖蒲を車に押し込み去っていく。
「ごめんね、義兄さん。巻き込んだ」
「お前が謝ることじゃないだろ?昴。それよりもさっきの……」
咄嗟に手で唇を塞ぐ。
「ぼくの本心だよ」
「……っ」
「義兄さんのことが好きだ。愛してる。義兄さんは違うの?」
「……っ」
引き裂かれそうになったその瞬間、猛烈な嫉妬が襲ってきた。執着が襲ってきた。
「俺……もしかしたら執着深いかもしれないぞ」
「構わない、ぼくもだ」
「けど菖蒲は」
お前に執着してたんじゃないのか?
「それの一番の問題は互いの心が通じてなかったってことだ」
「それは……」
「改めて自覚した。ぼくは義兄さんしか愛せない。だから菖蒲にどんな執着を向けられても答えられない」
「けど……俺たちなら」
「互いに思い合っているからこそ」
「何だか心地いいよ」
「ぼくたち、変かな」
「バカ、執着系BLじゃぁ……基本だ」
そうして塩を買い終えれば当たり前のように指を絡ませた。
※※※
――――side:昴
ぼくと妹は分かり合うことが出来なかった。
「ねぇ、お兄ちゃんは私だけのお兄ちゃんなの」
「やめてくれ。ぼくはそんなの望んでない」
「何で!?何でなのよぉ、お兄さん!」
手首を掴む妹の手を強引に振り払いその場を後にする。
いつからああなってしまったんだ。最初は普通の兄妹だったはずなのに。
ぼくが子役として売れ始めてから妹はぼくに執着するようになった。
「ああ……お兄ちゃん、私だけのお兄ちゃん」
ぼくが出ているドラマで、登場シーンが来ればテレビに抱き付き頬の輪郭をなぞる。
――――ゾッとした。そんな妹を見ないように。目をそらし仕事に没頭した。
だがそれでも妹は変わらず狂愛を向けてきた。
「お兄ちゃんは私のお兄ちゃんなの!この女は誰!」
「……共演者だよ」
「ウソ!こんなに身を寄せ合って、くっついて!」
「演技だろ」
「違う違う!こんなの許せない!」
妹は演技と現実の区別すら付けられない。
このままでは周囲にも脅威が及ぶだろう。
「父さんと母さんは離婚することにした」
元々冷えきった仲だった両親がそれを選択するまでは長くはかからなかったのだろう。むしろぼくたちのことがその決断を早めたのか。
「菖蒲は麻里也に任せる。お前は父さんと来なさい。引っ越しの準備をするぞ」
「……分かった、父さん」
せっかく通っていた中学も転校になる。しかしながら転校になったところで馴染んでもいない。
文化祭もろくに参加させてもらえなかった。ぼくがいると騒ぎになるからと、ほかの行事も。
――――それは中学を移っても同じことだった。だから気にすることもない。
放課後仲良さげにファストフード店に入っていく同級生たちを横目で見ながら、寂しさを封じ込める。
仕事に打ち込み、打ち込み続けて気が付けば中学3年生になっていた。
そんな時、父さんが再婚を告げてきた。
そうして出会ったのが義兄さんだった。
ぼくは兄であることが辛くて辛くてどうしようもなかったのに。
「俺が昴の義兄さんだからな。困ったことがあれば何でも頼れよ」
同い年なのに強がって、いいこであろうとして。本当に滑稽だ。だけどぼくは義兄さんにすがった。すがることしか出来なかった。
「義兄さん」
「どうした?昴」
部屋のドアを開ければ、寝っ転がりながら漫画を読む義兄さんの姿が目に入る。
「義兄さん」
そのまま義兄さんの身体を抱き締めれば、漫画から手を放しよしよしと頭を撫でてくる。
「ぼくは……ずっと逃げてきた。兄であることから」
「昴……」
「菖蒲の凶行から目を背けて逃げ続けた。あの執着が恐かった。来ないで欲しかった。ぼくは……最低だ」
「何言ってんだ。俺は今まで兄妹いなかったけど、これだけは分かるぞ。兄妹だって人間だ」
「義兄さん……」
「合うも合わないもある。お前と菖蒲は合わなかったんだ。菖蒲の気持ちは一方的でお前は受け入れることが出来なかった」
「うん」
「なら仕方がない。離れるしかない」
「そうだね。菖蒲が諦めてくれるまで」
「でもさ、昴が俺を義兄さんとして慕ってくれるなら俺はそれで構わない。俺たちは合っているってことだ」
「義兄さん」
「だから好きなだけ甘えていい。不安なことがあれば何だって言っていい」
「ぼくは……菖蒲のように義兄さんに執着するかもしれない。いざ兄ができて、兄ではなくなった。この状況でぼくは拒絶した存在になろうとしている」
「なら俺が受け入れるよ」
「いいの?」
「だって俺、お前のこと好きだよ」
「義兄さん……」
「お前は……違うのか?」
「まさか……大好きだよ」
「ふふっ、なら問題ない」
バラの匂いが鼻に触れ、義兄さんの唇がふわりと口付ける。
「どう……?」
そうドギマギしながら首を傾げるところは何とも言えぬかわいさを孕む。
「最高だよ、義兄さん」
そのまま義兄さんを押し倒す。
「今夜、ここで寝ていい?」
「ったく、仕方ないなぁ。母さんたちに見付かったら上手く話合わせろよな」
「分かってる。任せて」
そう言って義兄さんの胸元に頭を潜り込ませれば優しい指が髪をすいてくる。
この場所が、義兄さんの匂いがぼくを安定させてくれる。
「義兄さん、大好き」
「ん、俺も」
そう当たり前のように言ってくれるのがひどく愛おしい。


