いくらなんでも兄弟で付き合うなんて!?




――――キーンコーンカーンコーン。
始業の鐘が鳴る。

「えーっと、一限目は現文っと……」
……ん?平凡男子代表・俺、斑鳩(いかるが)(かがり)は教科書を開いてまず違和感を覚える。

「(ま、まさか)」
裏返して……確信した。

「(し……しまったぁ……っ)」
これ(すばる)の教科書じゃん!それは高校生になってからできた同い年の義弟である。

「(でもどうし……あ)」
昨日宿題やるためにリビングで広げたから……取り違えたんだ!

「(……くっ)」
別に授業内容はいい。俺は現在不在の昴のためにノートを取るだけだ。しかし教科書はまずい。
ノートを昴に見せている分……教科書にとんでもないものを書いていたのだから。

※※※

――――三時限目。ガラッと教室のドアが開いた瞬間、黄色い歓声が飛び交う。
「昴くん!」
「きゃーっ!カッコいい!」
「午前中撮影だったの?大変だね」
「そんなことないよ、ありがとう」
人気モデル兼俳優のイケメン・昴。相変わらず女子が群れている。

「ノート見せてあげようか?」
「やだ、私だって昴くんのためにノート作ってたのに」
「抜けがけしないでよ!」
「みんな、ごめんね。ノートは帰ってから義兄さんに見せてもらうことにしてるんだ」
その瞬間、クラス中の女子の視線が俺に突き刺さる。や……やめてくれぇ、俺は目立ちたくない!しかしそんな希望は露と消える。

「ただいま、義兄さん」
「お……お帰り、弟よ」
ほんと……親の再婚とはいえ何でこんなキラキラムーヴの弟を持ってしまったのだろうか。

「ごめんね、兄弟水入らずで過ごしたいから」
「ええ~~」
群がってきた女子たちを遠退ければ、昴はやけに笑顔で前の席に腰掛けてきた。

「それで……義兄さん」
「ん?」
まさか教科書、見てないよな?てか撮影に持ってってないよな?今日は三時限目からの参加なのだし。

「ね、これってどういうこと?」
「ひぃっ!?」
昴の手にはしっかりと現文の教科書の、例のページが綴られていた。

「な……何で持ってるんだ」
「撮影の合間に予習しておこうと思って」
「……っ」
何で真面目な高校生やってんのぉっ!

「それで……これってBLってやつだよね?」
「ひいいあぃうえあぁぁっ!!!」
俺は顔面から机にダイブした。俺に残された道など……これしかない。

※※※

――――数ヵ月前、中学3年生

「篝、母さん、再婚することになったの」
再婚といえども元々父親なんていないようなもの。
「あちらにも篝と同い年のお子さんがいらっしゃるのよ」
「そう……なの?俺より誕生日先?後?」
「早生まれだからあなたがお兄ちゃんね。だから仲良くしてくれると嬉しいわ」
「う……うん、母さん」
反対などできまい。どう反対できようか。
父親と言う存在が出来ることがどう言うことか分からない。弟が出来ることがどう言うことか分からない。

「仲良く……するから」
イイコでいなくては母さんを悲しませてしまうから。だから俺は……いいお兄ちゃんでいないといけないんだ。

※※※

――――昼休みの鐘が鳴る。

「昴くん!一緒に食べない?」
「ちょっと抜け駆けしないでよ!」
「私お弁当作ってきたの!」
昼は昼で相変わらずの人気っぷりだな。

「ごめんね、義兄さんの愛妻弁当があるから」
『きゃーっ!!?』
それはどっちの『きゃー』だ。そして愛妻弁当って……っ。
「一緒に食べようね、義兄さん」
「いや、女子たちと食べたきゃ遠慮しなくていいんだぞ?俺はひとりでも……」
むしろひとりの殻に閉じ籠りたい。いいお兄ちゃんである前に引きこもりたい。少しだけでもいいんだ。

「教科書の……アレ」
「ひうんっ」

「義兄さんの作品の攻めの男の子……イケメンモデル兼俳優で年下なんだってね」
「……」
「ね、ぼくみたいだね」
「はぎゃあぁぁんっ」
胃袋とは別の何かをガッシリと捕まれてしまった。

※※※

やっと……学校が終わった。
――――ボトンと鞄を下ろしリビングテーブルに突っ伏す。

「ねえ、義兄さん」
「な……何?ご飯なら作るから……」

「あのさ、それより。今度BLドラマに出ることになったんだ」
「へぁっ!?」
まさか腐男子の階段駆け上がろうとしてる!?

「だから……付き合わない?」
「はいぃっ!?」
思考が停止するかと思った。

「でも俺たち義理とはいえ兄弟だぞ!?」
「兄弟の設定なんだ。弟×兄」

「何それ……めちゃくちゃ見たい」
「それなら協力して?義兄さん」

「都合のいい時だけ義兄さん扱いすんなぁっ!」
「だけどこのままじゃ役作りできない」
「あ……」

「こんなこと頼めるの、義兄さんしかいないんだ」
「おま……っ」
ずるいぞ、そんな表情。

「お前の仕事の……ためだかんな」
「うん!でも……」
「んだよ」

「付き合ってることは父さんと義母さんにもナイショだよ」
「ひぃんっ」
何でそんな萌えシチュ持ってくんの、ホントに!
それに……義父さんと母さん、か。

※※※

――――数ヵ月前。

「篝、今度再婚することになった斑鳩静寂(しじま)さんよ」
母さんが紹介してきたのは誰もが知る有名俳優だった。

「私のことは知っているかな?」
「は……はい、テレビで」
「そうかそうか、でもこれからは家族になるんだ。父さんと呼んでくれ」
とう……さん。初めて聞く言葉のように脳内をすり抜けていく。この人が俺の父親になる。
父親って何だ……?

「息子の昴とも仲良くしてやって欲しい」
けれどこの人も『親』と言う種類の大人なのだとしたら『悲しませてはいけない』。
俺はイイコでいなきゃならない。

「分かりました……」
いいお兄ちゃんでいなきゃならない。

※※※

――――現在。
こうして付き合うことになって……二日目。

「ね、手繋いで帰ろ」
「誰かに見られたら……」
「かわいいなぁ、照れちゃって」
「は……!?」
いきなり耳元で何を……っ。
「台本にあるんだ、このセリフ」
「うう……なら仕方……ないか」
……ないのか?

ガチャリとドアを開ければ、家の中は閑散としている。

「今日は父さんはロケで泊まりだし義母さんも遅いんだって」
「ああ。なら先夕飯食べちゃおうぜ」

「義兄さんは料理上手だよね」
「ん?まぁ今までも作ってたし」

「本当に……お嫁さんに欲しいくらいだよ」
「は……!?い、今のも台本に……」
「さぁて、どうだったかな」
「は……はぐらかすなぁっ!」
いいお兄ちゃんでありたかったのに、付き合うと言うイレギュラーなエッセンスがそれをかき混ぜてくる。

――――俺はどうすればいいんだ?

皿を片付け寝る準備に移ろうとしていた時だった。

「ねえ義兄さん、一緒に寝ない?」
「は!?」

「ずーっと開かずの義兄さんの部屋で」
「何言ってんだ、おま……っ」

「付き合ってるんだからいいじゃない」
「ダメ!絶対ダメ!今日はひとりで寝ろ!」
見せられるわけない。あの……BLオンリー本棚を。

「でももっとBLの話を聞きたいんだ」
「それも役作りか」
「そう。手頃なところに漫画とか小説があれば分かりやすいんだけど」
「……お前」
「うん?」
「仕事の、ためだかんな」
キイと部屋の扉を開ける。

「その……読んで、いいから」
「わぁ、すごい!さすが義兄さん!じゃぁ早速この『近親相姦×弟によるどろどろヤンデレ嫉妬狂い』を読もうかな!」
「やめろぉっ!こっちの『甘々弟×兄ライフ』にしなさぁいっ!」
ここだけは……兄として、譲れない。

昴は真剣に漫画を読み耽っているようだ。
「でもま……悪くはないかな」
俺も横になり気になっていた最新刊に目を通す。

※※※

――――数ヵ月前

新しい土地、新しい家、新しい家族と暮らし始めた。

「ご飯は出来るだけ俺が作るよ。バイトで遅くなる時は作っておくから、昴くんも予定を教えてよ」
「義兄さん」
「ええと」
「昴、そう呼んで」
「それは……」
「兄弟なんだから」
そうすれば……いいお兄ちゃんでいられるだろうか。母さんと義父さんを悲しませないでいられるだろうか。

「……昴」
「うん、義兄さん」
その時の昴の笑顔を見て、どうしてか渦巻いていた不安が和らいだ気がするのだ。

※※※

――――現代。

「ん……あれ?朝?」
そういや昨日あの後どうしたんだっけ……とまで考えて、固まる。

「昴?」
俺の顔の目と鼻の先にえらく整った顔立ちがある。
「な……何で」
「むにゃ……あ……義兄さん?おはよう」
「お……おはようって……何でここで寝てんだ!?」
「んー……漫画読んでたらそのまま寝ちゃったみたい。ふぁぁ……そろそろ起きようか」
「ああ……う、うん」
な、何だよ。一緒にね……ね……寝てたくせに何も感じてないのか!?いや感じるわけもないか。兄弟なんだから。

「おはよー、お義母さん」
しかし昴が部屋のドアを開けて放った言葉に固まる。
「おはよう、昴くん。篝。あんたたち、すっかり仲良くなっちゃって。もう」
「……」
母の中では仲良しと言うくくりでしかないことに少し心臓が落ち着いた……が。
いつ付き合っているフリがバレるのではないかとヒヤヒヤした朝だった。