不死身の悪女は、殺人衝動を持つ皇帝陛下に毎晩殺されたい~66日間の溺愛契約~

「いやぁああああっ!痛い、痛いぃいいっ!」

私の離宮――通称『死神の檻』から響き渡る絶叫に、外を通りかかった下働きの者たちは皆、顔を青くして逃げ出していく。
無理もない。部屋の中から漏れ出しているのは、凄惨な悲鳴と、ドブを煮詰めたような不気味な悪臭なのだから。
しかし、部屋の中で行われているのは、決して邪法の儀式などではない。

「はい、動かないでくださいね。腐った皮膚を剥がしますよー」

私は淡々とした声でなだめながら、泣き叫ぶ女官の顔に医療用の小刀を這わせた。

「ひぃいいっ!」
「いい悲鳴です。肺活量があるのは元気な証拠ですね。次、泥膏塗ります」

ビチャッ!と容赦なく、異臭を放つ真っ黒な泥を患部に叩きつける。

「臭いっ!鼻が曲がるぅうう!」

涙と鼻水と泥でぐちゃぐちゃになった女官を横目に、私は手元の紙に『病の覚え書き』を書き込んだ。
部屋の隅では、皇帝陛下が、我が物顔で長椅子にふんぞり返り、その阿鼻叫喚の地獄絵図を退屈そうに眺めている。
私が覚え書きを記す横で、陛下が患者の素性を淡々と補足した。

「……ひどい爛れ方ですね。他と比べて、毒の蓄積量がずば抜けて多い」
「そいつは会計局の娘だ。親父が『宮中の不正は許さん』と吠える堅物でな。……隣で泣き喚いている女は、先月、有力貴族からの賄賂をはねつけた管理職だ」

その言葉に、私の筆がピタリと止まった。

(……間違いない)

重金属を混ぜ込んだ毒入りの『清め水』。
それが特に色濃く現れているのは、宮中の『良心』や『秩序』を守ろうとする者たちばかりだ。
つまり、これは無差別に配られたものではない。誰かにとって都合の悪い人間を狙い撃ちにし、高濃度の毒を掴ませているのだ。

「陛下。これは単なる呪いや流行り病ではありません。『人為的な間引き』です」

私が低い声で告げると、陛下の金色の瞳が剣呑な光を帯びた。

「……続けてみろ」

陛下が身を乗り出した、その時だった。

バーンッ!!

乱暴な音と共に、調合室の障子が蹴破られるように開け放たれた。

「そこまでです!これ以上の悪逆非道、神殿が許しません!」

凛とした声と共に、武装した神官たちを引き連れて現れたのは、一人の少女だった。
桃色のふわふわとした髪に、澄んだ青い瞳。誰が見ても愛らしく、庇護欲をそそるような清廉潔白な容姿。神殿が誇る『聖女』、花宮彩(はなみやあや)その人である。
彼女は愛らしい顔を正義への怒りで歪め、ビシッと私を指差した。

彩の目に映った光景を想像してみる。
血と黒い泥にまみれて泣き叫ぶ女官たち。
刃物と怪しげな黒い薬を持ち、返り血(と泥)を浴びて立ち尽くす白髪赤目の女。
うん。どう見ても『責め苦(拷問)』か『邪法の儀式』である。

「なんてことを……!生贄ごときが、罪なき女官たちを虐げるなんて!」

悲痛な声を上げる聖女様に、私はため息を一つこぼした。

「そこの聖女様、戸を閉めてください。外の塵芥が舞い込むと、傷口が膿んでしまいます」
「えっ……?あ、いえ、誤魔化されませんよ!捕縛しなさい!」

私の業務的な対応に一瞬毒気を抜かれた彩だったが、すぐに気を取り直して神官たちに命じた。
屈強な男たちが踏み込もうとした瞬間、先ほどまで奥で休んでいた女官長の椿が、両手を広げて立ちはだかった。

「お待ちなさい!これは『治療』よ!」
「治療?うら若き乙女の顔に、そのような汚物を塗ることがですか!?」
「ええ。おかげでわたくしの顔はこの通りよ」

椿がすっぽりと被っていた被衣(かづき)をめくると、赤みは残るものの、爛れが治まった顔が現れた。
彩は信じられないものを見るように、言葉を失う。
さらに、部屋の奥の暗がりから、不機嫌の極みのような気配がのそりと立ち上がった。

「……騒々しい。俺が許可した治療だ。文句があるなら、俺を斬ってから言え」
「へ、陛下!?」

まさか皇帝本人が、こんな悪臭漂うむさい部屋にいるとは思っていなかったのだろう。彩と神官たちは一斉に床にひれ伏した。
彩は気まずそうに、しかし持ち前の愛らしい顔に聖女らしい慈愛の表情を浮かべて、伏し目がちに謝罪する。

「も、申し訳ありません……あまりにも凄惨な悲鳴が聞こえたもので、てっきり陛下を惑わす魔女が、残虐な振る舞いをしているのだと……」
「し、しかし陛下」

彩の後ろで平伏していた神官長が、恭しく顔を上げた。

「後宮にこれほどの被害が出ているとは。……神殿としても看過できません。我々もお手伝いいたしましょう。聖女様の浄化の御力は及ばずとも、看病や薬草の手配なら可能です。……邪悪な毒を払うのは、神殿の務めですからな」

表向きは善意に満ちた提案だ。
しかし、私には『自分たちの撒いた毒の尻尾を掴ませないための監視』にしか見えなかった。手伝うふりをして、証拠となる毒の成分や、私の動向を探るつもりなのだろう。

私は少し考えた後、にっこりと完璧な営業スマイルを浮かべた。

「助かります。人手が足りなくて困っていたところです」
「おお、そうか!では早速――」
「では、そこの土鍋を休まずかき混ぜる係をお願いしますね、聖女様。火を止めたり焦げ付かせたりすると、猛毒の煙が出て死にますから」

私が笑顔で恐ろしい指示を出すと、彩は青ざめて引きつった顔で頷いた。
こうして、毒を撒いているかもしれない組織(神殿)と、毒を暴こうとする私の、腹の探り合いという名の奇妙な共同作業が始まることになった。