気絶した椿を床に放置したまま、私と陛下は向かい合って椅子に座り直した。
私は再生したばかりの頭蓋骨を、指先でコンコンと叩いて強度の確認をする。うん、問題ない。綺麗にくっついているし、脳みそもこぼれていない。
「……そういえば、陛下。私を初めて斬り殺した時、『貴様も俺を毒殺しに来た刺客か』と仰っていましたよね?」
「あ?ああ。お前がいかにも怪しげな小瓶を出した時だな」
「ええ、私の最高傑作である薬液をドブのように言われたことは今でも根に持っていますが、それはさておき。そんなに頻繁にあるのですか?毒殺未遂」
私が尋ねると、陛下は面倒くさそうに頬杖をついた。
「そうだな。今の宮中は巨大な毒壺だ。俺への毒見役はもちろん、有力な貴族、女官、下働きに至るまで、毎日のように誰かが泡を吹いて死んでいる」
「毎日、ですか」
「ああ。そのたびに犯人探しが行われ、見せしめに下働きの首が飛び……ここ数年、後宮から葬列が絶えたことはない」
つまらなそうに語る陛下の言葉に、私は思わず眉をひそめた。
国の中枢である宮中が、物理的にも政治的にも腐り落ちている。異常な事態だ。
「……乱れすぎていますね。単なる私怨や愉快犯にしては規模が大きすぎる。まるで『毒』という手段が、朝の挨拶のように手軽に使われている」
私は顎に手を当て、薬師としての観点からその異常性を分析する。
どんなに強力な毒でも、これほど頻繁に、しかも広範囲に使われれば、必ず足がつく。流通経路、調合の痕跡、残された薬包。それらが全く表に出ないというのは不自然極まりない。
「陛下。その毒の被害者たちに、何か共通点はありますか?例えば……『口うるさい古参』とか、『特定の派閥に属している』とか」
「……あ?」
陛下は怪訝そうに目を細め、少しだけ思案した。
「言われてみれば、死ぬのは決まって『融通の利かない頑固者』や『帳簿に煩い真面目な管理職』ばかりだな。逆に、上に媚びへつらう無能どもはしぶとく生き残っている」
その言葉を聞いた瞬間、私の脳内に散らばっていた点と点が、一本の冷たい線で繋がった。
(偶然じゃない)
私の目は、無意識のうちに冷徹な光を帯びていた。
これは『毒による不審死』を装った、計画的な間引きだ。誰かが、自分にとって都合の悪い人間を、あるいは組織の規律を守ろうとする邪魔者を、毒を使って効率的に排除している。
後宮に蔓延る謎の毒。そして、顔が爛れて引きこもっているという女官たち。
これらは無関係ではない。必ず、同じ根から生えた毒草だ。
「うぅ……」
その時、床に転がっていた椿が、低く呻いて目を覚ました。
彼女はゆっくりと身を起こし、何事もなかったかのように茶を啜っている私と、退屈そうに窓の外を眺めている陛下を見て、己の額を押さえた。
「……あれ?わたくし、いつの間にか寝てしまっていたのかしら……?」
「お目覚めですか、椿様」
「なんだか、とても恐ろしい夢を見たような……薬師殿の頭が真っ二つにカチ割れて、血飛沫が舞うような……」
椿が青ざめた顔で呟く。私はすかさず、にっこりと完璧な営業スマイルを浮かべた。
「お疲れなのですよ、椿様。私の特製泥膏の香りは、強い精神の落ち着きをもたらす反面、稀に幻覚作用を伴うことがありますから。酷い悪夢でもご覧になったのでしょう」
「…………」
横目で見ていた陛下が、『こいつ、息を吐くように嘘をつくな』という顔をしたのがわかったが、華麗に黙殺する。
「まあ!そうだったのね。お恥ずかしいわ……陛下がおいでになっているというのに、居眠りだなんて」
「お気になさらず。それより椿様、夢の話はともかく、先ほど仰っていた『顔が爛れて苦しんでいる女官たち』のことですが」
私は椿の手を両手で包み込み、真剣な眼差しで告げた。
「その方たちを、全員ここに連れてきてください。一人残らず、今すぐに」
「まあ!全員診てくださるの?なんて慈悲深い……!」
椿の目に、感動の涙が浮かぶ。
もちろん、慈悲などではない。
被害者の症状の度合いと、彼女たちが宮中でどのような立ち位置にいるのか。その症例と相関を洗えば、毒の出所……そして『誰を』狙って毒を撒いているのかが見えてくるはずだ。
私は内心で舌舐めずりをしながら、背後に立つ陛下へ「手伝ってくださいね」という視線を送った。
陛下は「面倒くさい」と顔をしかめたが、私が掴みかけた「糸口」の先にある敵の正体には、少なからず興味を惹かれているようだった。
宮中という名の巨大な毒壺。
その底に沈むヘドロの正体を暴くため、私による大規模な「検診」という名の捜査が、今始まろうとしていた。
私は再生したばかりの頭蓋骨を、指先でコンコンと叩いて強度の確認をする。うん、問題ない。綺麗にくっついているし、脳みそもこぼれていない。
「……そういえば、陛下。私を初めて斬り殺した時、『貴様も俺を毒殺しに来た刺客か』と仰っていましたよね?」
「あ?ああ。お前がいかにも怪しげな小瓶を出した時だな」
「ええ、私の最高傑作である薬液をドブのように言われたことは今でも根に持っていますが、それはさておき。そんなに頻繁にあるのですか?毒殺未遂」
私が尋ねると、陛下は面倒くさそうに頬杖をついた。
「そうだな。今の宮中は巨大な毒壺だ。俺への毒見役はもちろん、有力な貴族、女官、下働きに至るまで、毎日のように誰かが泡を吹いて死んでいる」
「毎日、ですか」
「ああ。そのたびに犯人探しが行われ、見せしめに下働きの首が飛び……ここ数年、後宮から葬列が絶えたことはない」
つまらなそうに語る陛下の言葉に、私は思わず眉をひそめた。
国の中枢である宮中が、物理的にも政治的にも腐り落ちている。異常な事態だ。
「……乱れすぎていますね。単なる私怨や愉快犯にしては規模が大きすぎる。まるで『毒』という手段が、朝の挨拶のように手軽に使われている」
私は顎に手を当て、薬師としての観点からその異常性を分析する。
どんなに強力な毒でも、これほど頻繁に、しかも広範囲に使われれば、必ず足がつく。流通経路、調合の痕跡、残された薬包。それらが全く表に出ないというのは不自然極まりない。
「陛下。その毒の被害者たちに、何か共通点はありますか?例えば……『口うるさい古参』とか、『特定の派閥に属している』とか」
「……あ?」
陛下は怪訝そうに目を細め、少しだけ思案した。
「言われてみれば、死ぬのは決まって『融通の利かない頑固者』や『帳簿に煩い真面目な管理職』ばかりだな。逆に、上に媚びへつらう無能どもはしぶとく生き残っている」
その言葉を聞いた瞬間、私の脳内に散らばっていた点と点が、一本の冷たい線で繋がった。
(偶然じゃない)
私の目は、無意識のうちに冷徹な光を帯びていた。
これは『毒による不審死』を装った、計画的な間引きだ。誰かが、自分にとって都合の悪い人間を、あるいは組織の規律を守ろうとする邪魔者を、毒を使って効率的に排除している。
後宮に蔓延る謎の毒。そして、顔が爛れて引きこもっているという女官たち。
これらは無関係ではない。必ず、同じ根から生えた毒草だ。
「うぅ……」
その時、床に転がっていた椿が、低く呻いて目を覚ました。
彼女はゆっくりと身を起こし、何事もなかったかのように茶を啜っている私と、退屈そうに窓の外を眺めている陛下を見て、己の額を押さえた。
「……あれ?わたくし、いつの間にか寝てしまっていたのかしら……?」
「お目覚めですか、椿様」
「なんだか、とても恐ろしい夢を見たような……薬師殿の頭が真っ二つにカチ割れて、血飛沫が舞うような……」
椿が青ざめた顔で呟く。私はすかさず、にっこりと完璧な営業スマイルを浮かべた。
「お疲れなのですよ、椿様。私の特製泥膏の香りは、強い精神の落ち着きをもたらす反面、稀に幻覚作用を伴うことがありますから。酷い悪夢でもご覧になったのでしょう」
「…………」
横目で見ていた陛下が、『こいつ、息を吐くように嘘をつくな』という顔をしたのがわかったが、華麗に黙殺する。
「まあ!そうだったのね。お恥ずかしいわ……陛下がおいでになっているというのに、居眠りだなんて」
「お気になさらず。それより椿様、夢の話はともかく、先ほど仰っていた『顔が爛れて苦しんでいる女官たち』のことですが」
私は椿の手を両手で包み込み、真剣な眼差しで告げた。
「その方たちを、全員ここに連れてきてください。一人残らず、今すぐに」
「まあ!全員診てくださるの?なんて慈悲深い……!」
椿の目に、感動の涙が浮かぶ。
もちろん、慈悲などではない。
被害者の症状の度合いと、彼女たちが宮中でどのような立ち位置にいるのか。その症例と相関を洗えば、毒の出所……そして『誰を』狙って毒を撒いているのかが見えてくるはずだ。
私は内心で舌舐めずりをしながら、背後に立つ陛下へ「手伝ってくださいね」という視線を送った。
陛下は「面倒くさい」と顔をしかめたが、私が掴みかけた「糸口」の先にある敵の正体には、少なからず興味を惹かれているようだった。
宮中という名の巨大な毒壺。
その底に沈むヘドロの正体を暴くため、私による大規模な「検診」という名の捜査が、今始まろうとしていた。
