離宮の車寄せには、これから死地へ向かうとは思えない奇妙な空気が漂っていた。
「彼の魂を救うため、わたくしは全力を尽くします。神よ、どうか迷える仔羊をお導きください……」
聖女・彩は純白の聖衣を身に纏い、意匠を凝らした「聖杖」を両手で握りしめて祈っている。その姿は清廉潔白、正義の執行者そのものだ。
対して、その横に立つ私の格好は、いつも通りの地味な着流し姿である。
ただし、その袂と帯の間には、「緊急用」と称した怪しげな劇薬の薬瓶がぎっしりと詰まり、動くたびにカチャカチャと危うげな音を奏でていた。
さらに背中には、自分の背丈ほどもある「巨大な空の麻袋」を背負っている。
「ええ、私も全力を尽くしますよ」
(禁じられた猛毒と、市場に出回らない希少素材を根こそぎ頂戴するために)
私は麻袋の口をギュッと握りしめ、彩に厳かに頷いた。
聖女が「魂の救済」を願うなら、薬師は「現物の救済」を行うまで。役割分担は完璧だ。
「……どいつもこいつも。遠足に行く餓鬼か」
私と彩という、あまりに対照的な二人を見下ろし、皇帝陛下が呆れたように鼻を鳴らした。
そう毒づく彼だが、その腰には普段帯びない、実戦用の無骨な「愛刀」が提げられている。
柄に手をかけるその指先はわずかに震え、金色の瞳は「久しぶりに遠慮なく暴れられる」という期待で、肉食獣のようにギラギラと輝いていた。
……どうやら、この物騒な遊山を一番楽しみにしているのは、引率の先生(陛下)のようだ。
呉田江商会の屋敷へ向かう馬車の中は、驚くほど会話が噛み合っていなかった。
「まずは呉田江どのに挨拶をして、それから証拠を突きつけて……。もし彼が『家族を人質に取られて脅されていた』のだとしたら、どうお慰めすれば……いえ、まずは安心させなくては……」
彩は緊張した面持ちで、ブツブツと性善説に基づいた問答の想定を繰り返している。
私はその声を戯言として聞き流しながら、麻袋の結び目の強度を再確認し、脳内の「徴収目録(欲しいものリスト)」を書き換えていた。
(あの症状からして、使われた毒の原料は南方の痺れ薬……幻覚を見せる茸の粉末……それに、流通が厳しく制限されている水銀鉱石まであるかもしれない)
不謹慎だが、口元が緩むのを止められない。
これらは全て、表の取引で入手すれば金貨が何枚あっても足りない代物だ。
ふふ、まさに宝の山。違法所持の証拠品として、問答無用で没収させていただこう。
「薬師どの、もし彼が涙して詫びたなら、一緒に祈ってはいただけませんか?」
「ええ、もちろんですとも」
隠し金庫の鍵と、毒の入手経路を全て吐いた後なら、喜んで協力しますよ。と心の中で付け加える。
「……まともな奴が一人もいねえ」
陛下は深い溜息をつき、退屈そうに欠伸を噛み殺しながら窓の外を眺めていた。
○
やがて馬車が停止した。
王都の一角にそびえ立つ呉田江商会の屋敷は、一介の商人が住むにはあまりに不相応な、まるで砦のような威容を誇っていた。
門前には、明らかに堅気ではない、柄の悪い用心棒の男たちが何人も立って睨みを利かせている。
「着きましたね。では、わたくしが門番の方に面会をお願いして……」
彩が馬車から降り、穏便に済ませようと一歩踏み出した、その時だ。
彼女の行く手を遮るように、黒い影が躍り出た。
「下がっていろ、聖女」
「へ、陛下?」
「殺気だ。どうやらこっちの動きは筒抜けらしいぞ」
陛下の言葉に、同行していた神官の一人が「馬鹿な、情報は漏れていないはずだ!」と狼狽する声が聞こえる。
だが、陛下はそんな雑音など意に介さない。
彼は一切の敵意を隠そうともせず、まっすぐに門番たちへ向かって歩き出した。
腰の刀を親指でカチリと鳴らし、鞘走らせる。その横顔には、背筋が凍るほど獰猛で、愉悦に満ちた笑みが浮かんでいた。
「さて。……宴の時間だ」
門番たちが一斉に武器を構える殺伐とした空気の中、三者三様の欲望が交錯する。
魂を救いたい「正義」
素材を奪いたい「強欲」
ただ血を見たい「闘争」
全く異なる目的を抱えた奇妙な一行が、毒の蔓延る敵の本拠地へと、正面から堂々と足を踏み入れた。
「彼の魂を救うため、わたくしは全力を尽くします。神よ、どうか迷える仔羊をお導きください……」
聖女・彩は純白の聖衣を身に纏い、意匠を凝らした「聖杖」を両手で握りしめて祈っている。その姿は清廉潔白、正義の執行者そのものだ。
対して、その横に立つ私の格好は、いつも通りの地味な着流し姿である。
ただし、その袂と帯の間には、「緊急用」と称した怪しげな劇薬の薬瓶がぎっしりと詰まり、動くたびにカチャカチャと危うげな音を奏でていた。
さらに背中には、自分の背丈ほどもある「巨大な空の麻袋」を背負っている。
「ええ、私も全力を尽くしますよ」
(禁じられた猛毒と、市場に出回らない希少素材を根こそぎ頂戴するために)
私は麻袋の口をギュッと握りしめ、彩に厳かに頷いた。
聖女が「魂の救済」を願うなら、薬師は「現物の救済」を行うまで。役割分担は完璧だ。
「……どいつもこいつも。遠足に行く餓鬼か」
私と彩という、あまりに対照的な二人を見下ろし、皇帝陛下が呆れたように鼻を鳴らした。
そう毒づく彼だが、その腰には普段帯びない、実戦用の無骨な「愛刀」が提げられている。
柄に手をかけるその指先はわずかに震え、金色の瞳は「久しぶりに遠慮なく暴れられる」という期待で、肉食獣のようにギラギラと輝いていた。
……どうやら、この物騒な遊山を一番楽しみにしているのは、引率の先生(陛下)のようだ。
呉田江商会の屋敷へ向かう馬車の中は、驚くほど会話が噛み合っていなかった。
「まずは呉田江どのに挨拶をして、それから証拠を突きつけて……。もし彼が『家族を人質に取られて脅されていた』のだとしたら、どうお慰めすれば……いえ、まずは安心させなくては……」
彩は緊張した面持ちで、ブツブツと性善説に基づいた問答の想定を繰り返している。
私はその声を戯言として聞き流しながら、麻袋の結び目の強度を再確認し、脳内の「徴収目録(欲しいものリスト)」を書き換えていた。
(あの症状からして、使われた毒の原料は南方の痺れ薬……幻覚を見せる茸の粉末……それに、流通が厳しく制限されている水銀鉱石まであるかもしれない)
不謹慎だが、口元が緩むのを止められない。
これらは全て、表の取引で入手すれば金貨が何枚あっても足りない代物だ。
ふふ、まさに宝の山。違法所持の証拠品として、問答無用で没収させていただこう。
「薬師どの、もし彼が涙して詫びたなら、一緒に祈ってはいただけませんか?」
「ええ、もちろんですとも」
隠し金庫の鍵と、毒の入手経路を全て吐いた後なら、喜んで協力しますよ。と心の中で付け加える。
「……まともな奴が一人もいねえ」
陛下は深い溜息をつき、退屈そうに欠伸を噛み殺しながら窓の外を眺めていた。
○
やがて馬車が停止した。
王都の一角にそびえ立つ呉田江商会の屋敷は、一介の商人が住むにはあまりに不相応な、まるで砦のような威容を誇っていた。
門前には、明らかに堅気ではない、柄の悪い用心棒の男たちが何人も立って睨みを利かせている。
「着きましたね。では、わたくしが門番の方に面会をお願いして……」
彩が馬車から降り、穏便に済ませようと一歩踏み出した、その時だ。
彼女の行く手を遮るように、黒い影が躍り出た。
「下がっていろ、聖女」
「へ、陛下?」
「殺気だ。どうやらこっちの動きは筒抜けらしいぞ」
陛下の言葉に、同行していた神官の一人が「馬鹿な、情報は漏れていないはずだ!」と狼狽する声が聞こえる。
だが、陛下はそんな雑音など意に介さない。
彼は一切の敵意を隠そうともせず、まっすぐに門番たちへ向かって歩き出した。
腰の刀を親指でカチリと鳴らし、鞘走らせる。その横顔には、背筋が凍るほど獰猛で、愉悦に満ちた笑みが浮かんでいた。
「さて。……宴の時間だ」
門番たちが一斉に武器を構える殺伐とした空気の中、三者三様の欲望が交錯する。
魂を救いたい「正義」
素材を奪いたい「強欲」
ただ血を見たい「闘争」
全く異なる目的を抱えた奇妙な一行が、毒の蔓延る敵の本拠地へと、正面から堂々と足を踏み入れた。
