神ノ倉喜瀬の犯行により当主は死亡、容疑者は犯行を目撃した屋敷の住人を無差別に襲ったためその場で刺殺された。
神ノ倉喜瀬は特務機関から除隊処分となり、事件は被疑者死亡として扱う。
並びに、神ノ倉家の次期当主は分家筋の青年らから特務機関が選出する。
「……って、ずいぶん簡単に片付いちゃいましたね」
特務機関からの報せを持ってきてくれた里枝が、話を聞き終えはあと首を傾げる。
「そうね。やっぱり、特務機関……というより、紫弦様のおかげかしら。それより里枝さん、あなたはまだ休んでいていいのよ」
「いえ、じっとしているのは性に合いませんから! それに、お嬢様の危機に駆けつけられなかった分、今後はたくさんお支えします!」
あの事件の際、里枝は屋敷の離れで気絶しているところを発見され竜堂家で保護することになった。
屋敷全体が喜瀬の術にかけられ、喜瀬に殺害された者もいるが、大半の使用人は意識を失うだけで無事だった。
なぜ喜瀬が父を殺害したのか、本人が死んでしまったために正確な理由は分からない。
けれど、喜瀬の行動は全て紗那を陥れるためであったため、彼自身の計画にそぐわないことを父が命じたためあっさり殺してしまったのだろうというのが周囲の見解だった。
彼の本性を知った今では、もし紫弦の存在がなければ狙われていたのは里枝だったのかもしれないと思い、里枝の無事には涙を流すほどに安堵した。
「紫弦様はもう知っているかもしれないけれど、お伝えしに行くわね」
里枝に断りを入れ、紫弦の姿を探す。
あんな事件があった後だからか、珍しく紫弦は非番だった。
(それにしても、まさかこんな結末になるなんて……)
自分の何がそれほど喜瀬を狂わせたのかは、今でも理解できない。
才女とうたわれていたのは昔のことで、今はとうに落ちぶれた。
紫弦も紗那を眩しい、と形容していたが、二人の違いは眩しさ故に握りつぶしてしまいたいと思うか、眩しさ故に近づくことを恐れてしまうか、と言ったところだろう。
「紫弦様」
「っ、紗那か……」
紫弦の自室に向かえば、彼はやけに緊張した面持ちで出迎えてくれた。
「特務機関からの報せが届いたようだな。悪いが、僕にできることは全てやり尽くした。これ以上は……」
「いえ、十分です。もう縁を切ったとはいえ、神ノ倉家が没落するところは見たくありませんでしたから、ひとまず家名は残せそうで安心しました」
「そうか……」
『ああ、僕は結婚してから紗那に苦労をかけてばかりじゃないか。結局、紗那の地位を取り戻すどころか自分の側に縛り付けてしまうような選択を取って、僕はなんて最低な……』
相変わらず、心の中はずいぶん口数が多い。
紗那は特務機関に戻るつもりは毛頭なく、自分自身で選んで彼の隣に居続けているのだ。
それでもやはり、紫弦は紗那に対して決して本心を見せようとしない。
「紫弦様は何も悪くないのですから、ご自分を責めるような真似はおやめ下さい」
「っ、もしかして今、読まれたか」
「はい。意図的にやったわけではなく、偶然聞こえただけなのですが……」
紫弦は頭を抱えてしまった。
あの事件で、紗那に『読心』の能力があることが紫弦に知られてしまったのだ。
霊力不足ゆえに不規則に発動するものであると紫弦に伝え、これまでも全て聞こえていたと打ち明けたところ、紫弦がこの世の終わりのような顔になってしまったのは一生忘れられないだろう。
「仕方がないだろう……君のことが、好きなんだから」
まるで乙女のように恥じらう表情だが、その心の中は重苦しくのしかかるかのような湿った響きをしていた。
『好きで好きで愛おしくてたまらない。どうしてこんなに愛らしいんだ。いつだって紗那のことばかり考えてしまって、このままだと、人前でも我慢ならなくなってしまうではないか』
「ええと、人前では程々に……」
「まだ聞こえていたのか……!」
からかうつもりはなかったが、意図せずして紫弦は紗那に翻弄されっぱなしだ。
「っ、もういい。これ以上君に隠していても無駄だとよくわかった」
「紫弦様?」
紫弦はなりふり構わなくなったのか、突然表情を改めて紗那に向き直る。
「本当のところは、任務が終わり次第君を解放するつもりでいた。最初は一時的に保護するために結婚に応じただけだったからな。だが、君が僕と共にいることを望んでくれるのなら……もう二度と、君を離してやれなくなる」
『好きだ』
「僕は良き夫となれるかは分からない。けれど、紗那を手放すことなど二度と考えられはしないだろう」
『愛している。僕のすべてを、君に捧げたい』
「それでも良いのなら、僕と共に……」
真摯な眼差しと共に、愛の囁きが絶えず紗那に流れ込んできて、今度は紗那が顔を赤くしてしまう。
だが、恥じらいとともに、ようやく心の声ではなく言葉で本心を伝えてもらえたのが何よりも嬉しかった。
返事なんて、最初からひとつに決まっている。
「もちろんです。私も紫弦様を……紫弦にいさまを、愛していますから」
その後、紗那の中にたくさんの愛の言葉が流れ込んで来たのは、言うまでもない。



