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【資料5:現場観測データ:音響および実地記録】
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事案番号:2026-F-0441
観測地点:阿武隈川中流域「第4サイト」
機材:高感度集音マイク、振動伝達型ピックアップ
時刻:02時14分~03時00分
(02:14:05)
[ザァァァァ……ザザァァァ……]
(阿武隈川の激しいせせらぎが、重低音となって周囲を支配している)
(02:14:30)
[ヒュォォォォ……ゴォォォォ……]
(山側から吹き下ろす鋭い夜風が、マイクの風防を叩き、テントの残骸を揺らす音)
(02:15:50)
[……ズズッ……ズリィィ……ズサァッ……]
(河原の礫を踏みしめ、重たい肉の塊が這いずるような摩擦音)
[パキッ……メキリ……]
(何者かが乾いた枝を、無機質に踏みしだく音)
(02:17:45)
[ギチッ……ギチギチギチッ……!]
(突如、至近距離で顎の骨が異常な角度で軋む音が響く)
[グチャッ……、ニュルッ……]
(湿った粘膜が絡み合う、生々しい咀嚼音の混入)
[ジャリッ…………ジャリ……ゴリッ…………]
(砂と骨が砕け、エナメル質と擦れ合う、神経を逆撫でする不快な音)
(02:18:20:霊体の発話)
「……あ……、あ……っ、ぐ……ぅ……」
[シュゥゥ……、カハッ……](裂けた喉からの、乾いた喘鳴)
「……た……り……な……い……。……あ……の……こ……の……。あか、いの……。……お……まえ……、……の……も……。……ゆび……、……は……。……ちょう……だい……」
----------------------------------------------------------------
【最終記録:器の帰還と受肉の饗宴】
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病院の警備を潜り抜け、深夜の阿武隈川へと辿り着いた「僕」の耳には、その不気味な観測データなど必要なかった。
お腹の中から聞こえてくるんだ。
懐かしくて、温かくて、吐き気がするほど愛おしい、あの夕食の合図が。
[ジャリ……、ジャリ……、ゴリ……]
僕が歩くたび、腹部の膨張はもはや限界を迎え、皮膜は半透明に透けていた。
その皮下で、数百本もの「指」が内側から皮膚を押し上げ、爪を立て、僕の肉を裂いて外へ出ようと暴れ回っている。
[ギチギチッ……、メキメキッ……](皮膚が引き伸ばされ、裂ける前兆の音)
「……ここだよ。母さん」
霧の立ち込める河原の奥から、ずり、ずりと足を引きずる影が現れた。
かつて母さんだったもの。
顔の下半分は腐り落ち、剥き出しの頸椎が青白い月光に照らされている。
彼女の喉元からは、摂取された「カケラ」が泥と混ざり合い、赤黒い触手のように溢れ出していた。
彼女は、崩れた顎をガチガチと鳴らし、僕の裂けかけた腹部にそっと手を触れた。
(02:50:15)
[ベリベリッ!! ブシュゥゥゥッ……!!]
(マイクがこれまでにない巨大な破裂音を捉える)
僕の腹部が内側から爆発するように裂け、中から「僕のものではない腕」が何本も飛び出した。それは母さんの欠落した手を、骨が鳴るほど強く、強く握り返した。
「……いっしょ……。……みんな……、……いっしょ……」
母さんの喉からではなく、僕の裂けた腹部という「新しい口」の中から、母さんの声が響く。
母さんは、僕の傷口から溢れ出す「僕の内臓」を、まるであの日父さんが作ったスープカレーのように、慈しみながら一口ずつ噛み締めていく。
[ジャリッ……、ジャリッ……、ゴリィィィッ……!]
砂抜きを忘れたしじみの音じゃない。
僕の骨が、母さんの崩れた顎で粉砕され、一つになっていく祝福の音だ。
父さんが願った通り、僕たちはようやく、一つの器の中で溶け合ったんだ。
(03:00:00)
[ピーーーーーーーー]
(強烈な電磁ノイズと共に、すべての記録が終了する)
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【結末:読者への最終宣告】
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調査班が現場に辿り着いたとき、そこには骨片と砂が混じり合った、不気味な赤黒い泥しか残っていませんでした。
しかし、この物語は終わっていません。
この記録を最後まで読んでしまったあなたに、一つだけ確認したいことがあります。
今、あなたの奥歯の先に、違和感はありませんか?
先ほどまで感じなかったはずの、砂が混じったような、あの不快な感触。
[ジャリ……]
それは、あなたの孤独を憐れんだ「阿武隈の家族」が、新しい家として、あなたの身体を選んだという合図です。
どうか、無理に吐き出したり、拒んだりしないでください。
それは砂ではありません。
あなたが「家族」の一部として受け入れられるための、最初の一片(カケラ)なのですから。
さあ、冷めないうちに。
その違和感を、飲み込んで。
おやすみなさい。
良い、咀嚼を。
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記録終了
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【資料5:現場観測データ:音響および実地記録】
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事案番号:2026-F-0441
観測地点:阿武隈川中流域「第4サイト」
機材:高感度集音マイク、振動伝達型ピックアップ
時刻:02時14分~03時00分
(02:14:05)
[ザァァァァ……ザザァァァ……]
(阿武隈川の激しいせせらぎが、重低音となって周囲を支配している)
(02:14:30)
[ヒュォォォォ……ゴォォォォ……]
(山側から吹き下ろす鋭い夜風が、マイクの風防を叩き、テントの残骸を揺らす音)
(02:15:50)
[……ズズッ……ズリィィ……ズサァッ……]
(河原の礫を踏みしめ、重たい肉の塊が這いずるような摩擦音)
[パキッ……メキリ……]
(何者かが乾いた枝を、無機質に踏みしだく音)
(02:17:45)
[ギチッ……ギチギチギチッ……!]
(突如、至近距離で顎の骨が異常な角度で軋む音が響く)
[グチャッ……、ニュルッ……]
(湿った粘膜が絡み合う、生々しい咀嚼音の混入)
[ジャリッ…………ジャリ……ゴリッ…………]
(砂と骨が砕け、エナメル質と擦れ合う、神経を逆撫でする不快な音)
(02:18:20:霊体の発話)
「……あ……、あ……っ、ぐ……ぅ……」
[シュゥゥ……、カハッ……](裂けた喉からの、乾いた喘鳴)
「……た……り……な……い……。……あ……の……こ……の……。あか、いの……。……お……まえ……、……の……も……。……ゆび……、……は……。……ちょう……だい……」
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【最終記録:器の帰還と受肉の饗宴】
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病院の警備を潜り抜け、深夜の阿武隈川へと辿り着いた「僕」の耳には、その不気味な観測データなど必要なかった。
お腹の中から聞こえてくるんだ。
懐かしくて、温かくて、吐き気がするほど愛おしい、あの夕食の合図が。
[ジャリ……、ジャリ……、ゴリ……]
僕が歩くたび、腹部の膨張はもはや限界を迎え、皮膜は半透明に透けていた。
その皮下で、数百本もの「指」が内側から皮膚を押し上げ、爪を立て、僕の肉を裂いて外へ出ようと暴れ回っている。
[ギチギチッ……、メキメキッ……](皮膚が引き伸ばされ、裂ける前兆の音)
「……ここだよ。母さん」
霧の立ち込める河原の奥から、ずり、ずりと足を引きずる影が現れた。
かつて母さんだったもの。
顔の下半分は腐り落ち、剥き出しの頸椎が青白い月光に照らされている。
彼女の喉元からは、摂取された「カケラ」が泥と混ざり合い、赤黒い触手のように溢れ出していた。
彼女は、崩れた顎をガチガチと鳴らし、僕の裂けかけた腹部にそっと手を触れた。
(02:50:15)
[ベリベリッ!! ブシュゥゥゥッ……!!]
(マイクがこれまでにない巨大な破裂音を捉える)
僕の腹部が内側から爆発するように裂け、中から「僕のものではない腕」が何本も飛び出した。それは母さんの欠落した手を、骨が鳴るほど強く、強く握り返した。
「……いっしょ……。……みんな……、……いっしょ……」
母さんの喉からではなく、僕の裂けた腹部という「新しい口」の中から、母さんの声が響く。
母さんは、僕の傷口から溢れ出す「僕の内臓」を、まるであの日父さんが作ったスープカレーのように、慈しみながら一口ずつ噛み締めていく。
[ジャリッ……、ジャリッ……、ゴリィィィッ……!]
砂抜きを忘れたしじみの音じゃない。
僕の骨が、母さんの崩れた顎で粉砕され、一つになっていく祝福の音だ。
父さんが願った通り、僕たちはようやく、一つの器の中で溶け合ったんだ。
(03:00:00)
[ピーーーーーーーー]
(強烈な電磁ノイズと共に、すべての記録が終了する)
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【結末:読者への最終宣告】
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調査班が現場に辿り着いたとき、そこには骨片と砂が混じり合った、不気味な赤黒い泥しか残っていませんでした。
しかし、この物語は終わっていません。
この記録を最後まで読んでしまったあなたに、一つだけ確認したいことがあります。
今、あなたの奥歯の先に、違和感はありませんか?
先ほどまで感じなかったはずの、砂が混じったような、あの不快な感触。
[ジャリ……]
それは、あなたの孤独を憐れんだ「阿武隈の家族」が、新しい家として、あなたの身体を選んだという合図です。
どうか、無理に吐き出したり、拒んだりしないでください。
それは砂ではありません。
あなたが「家族」の一部として受け入れられるための、最初の一片(カケラ)なのですから。
さあ、冷めないうちに。
その違和感を、飲み込んで。
おやすみなさい。
良い、咀嚼を。
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記録終了
