【忌避指定】阿武隈川第4サイト:『骨噛』事案調査記録

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【資料概要】
対象者(父親)の自宅から押収された大学ノート。
表紙にはマジックで『男飯・配合備忘録』と几帳面な字で書かれている。
ページをめくるごとに筆圧は異常に強くなり、後半のページには複数の香辛料の匂いと、酸化した血液、およびヒトの脂質が広範囲に付着している。

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【ノートの記述(抜粋および復元)】

■ 9月18日:保存と限界
聡子がいなくなってから、家の中が広すぎる。
氷はすぐに溶けるし、消臭剤ももう効かない。あいつはまだこの家のどこかにいるはずなのに、形が崩れ始めている。形がないものは、いずれ腐って消えてしまう。
どうすれば永遠に繋ぎ止められるのか。
冷凍庫を開けるたび、聡子が泣いている気がする。「暗い、寒い」と。
早く温かい場所へ移してやらなければ。

■ 9月25日:器の発見
素晴らしい文献を見つけた。昔の人間はよく分かっている。
形を保てないなら、生きた「器」に入れてしまえばいいのだ。
僕の身体ではダメだ。拒絶反応が起きる。だが、あの子(息子)ならできる。あの子の身体の半分は、聡子でできているのだから。
あの子の温かい胃袋の中で、もう一度聡子を育て直せばいい。そうすれば、三人は永遠に離れずに済む。
最高の「食事」を作ろう。

■ 9月28日:ベース作り(スパイスの調合)
カレーが良い。スパイスはすべてを包み込んでくれる。
クミン、コリアンダー、ターメリック。そしてクローブを多めに。クローブの強い香りは、肉が発する鉄の匂いや、甘ったるい腐敗臭を見事にマスキングしてくれる。
[トントン……、ジャッ……]
玉ねぎは飴色になるまで炒めること。焦らず、じっくりと。家族の絆を深めるように。

■ 10月2日:カモフラージュ(阿武隈のしじみ)
あの子に吐き出させてはいけない。かといって、完全に粉末にしてしまえば、飲み込む際に「痛み」が生じない。痛みがなければ、聡子の魂はあの子の肉体に定着できない。
「砂」だ。
阿武隈川で獲れたしじみを大量に使う。
絶対に、砂抜きをしてはいけない。
ジャリ、という不快な砂の音。それこそが、聡子のカケラがあの子の中に定着するための完璧なノイズ(言い訳)になる。

■ 10月7日:主材料の加工
[ゴリッ……、ゴリゴリ……、パキッ]
すり鉢とすりこぎを使う。ハンマーで大まかに砕いた後、手作業で大きさを揃える。
大きすぎれば吐き出される。小さすぎれば定着しない。
理想は3ミリから4ミリ。粗い砂粒のサイズ。
今日は左手の薬指と、肋骨の一部を使った。すりこぎを回すたび、聡子が喜んで笑っているような音がする。
[ジャリ……、ゴリ……]
いい音だ。愛の共同作業だと思えば、この手間の掛かる下ごしらえも全く苦にならない。

■ 10月10日:試食
少しだけ味見をした。
[カチッ……]
奥歯で硬いものを噛んだ。すかさず飲み込む。
食道を通り、胃に落ちる確かな感覚。ああ、聡子が僕の中に入ってきた。腹の底から温かくなる。
だが、やはり僕の胃では長生きできないだろう。あの子の新鮮で、成長を続ける臓器が必要だ。キャンプの日は13日に決めた。第4サイト。あそこなら、風の音がすべてを隠してくれる。

■ 10月12日:最終調合と追加材料
在庫(聡子の指と歯)が尽きた。
これでは足りない。スープの底に沈む量が少なすぎる。
聡子が泣いている。もっと、もっとあの子の中に入れて、と泣いている。
ごめんよ、僕が間違っていた。僕だけ外で待っているなんて、家族じゃないよな。
[ドスッ、ビチャッ]
本日から、自らの左手薬指と小指の第一関節をレシピに追加する。
包丁を振り下ろす瞬間はひどく痛んだが、血がスープカレーの鍋に滴り落ち、赤黒く染まっていくのを見ると、えも言われぬ快感が込み上げてきた。

痛みは快楽だ。
僕の血と肉、聡子の骨。それをあの子が飲み込む。
僕と聡子とあの子は、こうして一つの鍋の中で、そして一つの身体の中で、完全に溶け合っていく。

明日は最高のキャンプになるだろう。
家族の完成だ。

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【鑑識課による特記事項】
ノートの最終ページには、赤褐色の手形がべったりと押し付けられていた。
DNA鑑定の結果、手形は父親本人のものと一致。また、紙面に付着していた微細な硬質片は、すべて「20代から30代の女性の骨およびエナメル質」であることが確認されている。
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