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【資料番号】民俗学・秘匿アーカイブ:Ref-109-B
【標題】阿武隈川流域における「骨噛(ほねかみ)」儀礼の変遷と実態
【執筆者】郷土史研究家・K(1998年失踪、遺稿より)
【キーワード】土着信仰、寄生型再構築、食肉禁忌、感覚同期
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阿武隈川の激しい流れが、山を削り、深い渓谷を作るこの地には、中央の歴史には決して記録されない、ある異常な葬送儀礼が息づいている。
地元の人間にさえ「それ」を口にすることを躊躇わせる呪い。
通称、『骨噛(ほねかみ)』。
これは単なる死者への追悼ではない。ましてや、飢餓によるカニバリズムの類でもない。
これは「失われた肉体を、生者の肉の中で再生させる」という、極めて物理的で執拗な「愛」の形である。
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【1:儀礼の起源と「音」の重要性】
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『骨噛』の起源は、江戸期から明治にかけての極度の貧困と、この地に点在した隔離病棟(後の旧軍病院施設)にまで遡る。最愛の者を病や飢えで失った者は、その魂が冥府へ去ることを拒絶した。
儀礼の中核は、「死者の特定の部位を粉砕し、生者が咀嚼して嚥下する」という行為にある。
しかし、ここで最も重要なのは「味」でも「栄養」でもなく、咀嚼時に発生する【音】である。
伝承によれば、死者の霊体は極めて微弱な振動であり、生者の肉体に定着するためには、それと同調する「不協和音」を必要とする。そのために選ばれたのが、阿武隈川の泥にまみれた「砂抜きをしないしじみ」であった。
奥歯で砂を噛み砕く、不快なジャリッという音。
硬い骨が砕け、粘膜を擦るガリッという衝撃。
この咀嚼音が、生者の脳を麻痺させ、意識に亀裂を入れる。その亀裂こそが、霊体が宿主の神経系へと侵入するための「門」となるのである。
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【2:再構築のメカニズム ―寄生する家族―】
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飲み込まれた「材料」は、胃液で溶かされることはない。
『骨噛』によって嚥下された死者の破片(骨、爪、歯、あるいは毛髪)は、宿主の胃壁に「播種」される。
1. 定着期: 摂取から数時間後。宿主の腹部で微かな咀嚼音が始まる。これは「種」が宿主の血管と結合し、栄養供給路を確立する音である。
2. 発芽期: 数日から数ヶ月。宿主の皮下に不自然な隆起が現れる。これは死者の組織が、宿主の細胞を利用して「再構築」されている証拠である。
3. 同化期: 宿主は「自分の中に誰かがいる」という確信を抱く。この段階になると、宿主の喉ではなく、腹部の深層から死者の声(譫言)が漏れ始める。
調査によれば、この儀礼を完遂した者は、最終的に自身の肉体を「提供」することで、内側の住人と完全に入れ替わるという。
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【3:現場遺留記録:阿武隈・第4サイトの特異性】
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今回問題となっている「第4サイト」は、かつて軍病院の廃棄物が非公式に埋め立てられていた区域と重なっている。ここでの『骨噛』は、土地が持つ負のエネルギーと共鳴し、変質を遂げている。
かつての儀礼は村落単位の秘儀であったが、事案番号2026-F-0441における父親は、これを「現代的な調理法(スパイスカレー)」に落とし込んだ。強烈なスパイスの香りは、腐敗しかけた死者の組織が発する特有の脂臭を隠蔽し、砂抜きをしないしじみは、異物混入への警戒心を「調理の不備」という日常的な言い訳で中和させた。
父親の手記にはこうある。
「聡子は砂が好きだ。ジャリジャリと噛む音が、彼女の鼓動に聞こえる。息子が顔をしかめて飲み込むたび、聡子の指が、あの子の血管を一本ずつ掴んでいくのがわかる。私はそれを補助するために、自分の皮膚を削り、隠し味として鍋に落とす」
これはもはや供養ではない。
生きた息子を「子宮」として利用し、死んだ妻を産み直そうとする、狂った錬金術である。
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【調査員 A による考察】
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阿武隈の『骨噛』が恐ろしいのは、それが「望んで行われる」点にある。
父親は息子を愛していた。そして妻を狂おしいほど愛していた。
二人の愛する者が一つになり、永遠に離れない方法として、彼はこの血塗られたレシピを選択した。
しかし、儀式には代償がある。
再構築された死者は、生前の姿を保つことはない。
宿主の腹の中で、幾重にも折り畳まれ、歪んだ形で発芽した「それ」は、
飢餓感だけを増幅させたゾンビのような化け物へと変貌する。
現在、第4サイト周辺で報告されている「ジャリジャリ様」の目撃証言。
顔の下半分がなく、自身の指を噛み砕きながら歩くその姿は、
儀式が「中途半端に成功」し、宿主の体を突き破って出てきてしまった、
かつての「家族」の成れの果てではないだろうか。
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記録終了
【資料番号】民俗学・秘匿アーカイブ:Ref-109-B
【標題】阿武隈川流域における「骨噛(ほねかみ)」儀礼の変遷と実態
【執筆者】郷土史研究家・K(1998年失踪、遺稿より)
【キーワード】土着信仰、寄生型再構築、食肉禁忌、感覚同期
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阿武隈川の激しい流れが、山を削り、深い渓谷を作るこの地には、中央の歴史には決して記録されない、ある異常な葬送儀礼が息づいている。
地元の人間にさえ「それ」を口にすることを躊躇わせる呪い。
通称、『骨噛(ほねかみ)』。
これは単なる死者への追悼ではない。ましてや、飢餓によるカニバリズムの類でもない。
これは「失われた肉体を、生者の肉の中で再生させる」という、極めて物理的で執拗な「愛」の形である。
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【1:儀礼の起源と「音」の重要性】
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『骨噛』の起源は、江戸期から明治にかけての極度の貧困と、この地に点在した隔離病棟(後の旧軍病院施設)にまで遡る。最愛の者を病や飢えで失った者は、その魂が冥府へ去ることを拒絶した。
儀礼の中核は、「死者の特定の部位を粉砕し、生者が咀嚼して嚥下する」という行為にある。
しかし、ここで最も重要なのは「味」でも「栄養」でもなく、咀嚼時に発生する【音】である。
伝承によれば、死者の霊体は極めて微弱な振動であり、生者の肉体に定着するためには、それと同調する「不協和音」を必要とする。そのために選ばれたのが、阿武隈川の泥にまみれた「砂抜きをしないしじみ」であった。
奥歯で砂を噛み砕く、不快なジャリッという音。
硬い骨が砕け、粘膜を擦るガリッという衝撃。
この咀嚼音が、生者の脳を麻痺させ、意識に亀裂を入れる。その亀裂こそが、霊体が宿主の神経系へと侵入するための「門」となるのである。
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【2:再構築のメカニズム ―寄生する家族―】
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飲み込まれた「材料」は、胃液で溶かされることはない。
『骨噛』によって嚥下された死者の破片(骨、爪、歯、あるいは毛髪)は、宿主の胃壁に「播種」される。
1. 定着期: 摂取から数時間後。宿主の腹部で微かな咀嚼音が始まる。これは「種」が宿主の血管と結合し、栄養供給路を確立する音である。
2. 発芽期: 数日から数ヶ月。宿主の皮下に不自然な隆起が現れる。これは死者の組織が、宿主の細胞を利用して「再構築」されている証拠である。
3. 同化期: 宿主は「自分の中に誰かがいる」という確信を抱く。この段階になると、宿主の喉ではなく、腹部の深層から死者の声(譫言)が漏れ始める。
調査によれば、この儀礼を完遂した者は、最終的に自身の肉体を「提供」することで、内側の住人と完全に入れ替わるという。
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【3:現場遺留記録:阿武隈・第4サイトの特異性】
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今回問題となっている「第4サイト」は、かつて軍病院の廃棄物が非公式に埋め立てられていた区域と重なっている。ここでの『骨噛』は、土地が持つ負のエネルギーと共鳴し、変質を遂げている。
かつての儀礼は村落単位の秘儀であったが、事案番号2026-F-0441における父親は、これを「現代的な調理法(スパイスカレー)」に落とし込んだ。強烈なスパイスの香りは、腐敗しかけた死者の組織が発する特有の脂臭を隠蔽し、砂抜きをしないしじみは、異物混入への警戒心を「調理の不備」という日常的な言い訳で中和させた。
父親の手記にはこうある。
「聡子は砂が好きだ。ジャリジャリと噛む音が、彼女の鼓動に聞こえる。息子が顔をしかめて飲み込むたび、聡子の指が、あの子の血管を一本ずつ掴んでいくのがわかる。私はそれを補助するために、自分の皮膚を削り、隠し味として鍋に落とす」
これはもはや供養ではない。
生きた息子を「子宮」として利用し、死んだ妻を産み直そうとする、狂った錬金術である。
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【調査員 A による考察】
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阿武隈の『骨噛』が恐ろしいのは、それが「望んで行われる」点にある。
父親は息子を愛していた。そして妻を狂おしいほど愛していた。
二人の愛する者が一つになり、永遠に離れない方法として、彼はこの血塗られたレシピを選択した。
しかし、儀式には代償がある。
再構築された死者は、生前の姿を保つことはない。
宿主の腹の中で、幾重にも折り畳まれ、歪んだ形で発芽した「それ」は、
飢餓感だけを増幅させたゾンビのような化け物へと変貌する。
現在、第4サイト周辺で報告されている「ジャリジャリ様」の目撃証言。
顔の下半分がなく、自身の指を噛み砕きながら歩くその姿は、
儀式が「中途半端に成功」し、宿主の体を突き破って出てきてしまった、
かつての「家族」の成れの果てではないだろうか。
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記録終了
