【忌避指定】阿武隈川第4サイト:『骨噛』事案調査記録

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【記録種別】デジタルボイスレコーダー(損壊個体よりサルベージ)

【記録日時】200X年10月13日 19時22分~

【場所】阿武隈川中流域 第4サイト

【環境音】爆ぜる焚き火の音、強い風、川のせせらぎ、不定期な金属音

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(ノイズ:定期的。風がマイクを叩く音)

(パチパチという低い火の爆ぜる音)



男児(7):……あ。

(カチッ、という硬いものが奥歯に当たる乾いた音)



父親:どうした。



男児:……ん、ごめん。なんか硬いのあって、間違えて飲んじゃった。



父親:硬いの? 砂か。



男児:ううん、砂より大きい。石かな……。ジャリってして、痛かったけど。

   ……ゴクンってなっちゃった。



(……15秒間の沈黙。焚き火の音と、風がテントのシートを激しく揺らす音だけが続く)

(この間、父親の呼吸音が徐々に深く、そして期待に満ちたものへ変化するのが聞き取れる)



男児:パパ? ぺってすればよかった?



父親:……いや。



(衣擦れの音。父親が身を乗り出し、少年の喉元を検品するように覗き込む)



父親:……それでいい。それでいいんだ。

   やっと、入るべきところに、入ったんだな。



男児:……?



父親:いいから、食え。冷めると、スープが不味くなる。



(ノイズ:急増。何かが砕けるような激しい音と共に記録終了)



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【生存者の独白:澱(よど)んだ記憶の想起】

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あの夜の光景を思い出すとき、僕の視界はいつも焚き火のオレンジ色に染まる。



阿武隈川の河原は、夜になるとすべてを飲み込むような暗闇に包まれる。岳の方から吹き下ろす夜風が、設営したばかりのテントを何度も引き裂こうと暴れていた。背後に停められた古いクロスカントリー車の黒いシルエットが、闇の中で巨大な棺桶のように見えていたのを覚えている。



父さんが作ったのは、不自然なほどスパイスの香りが強い、しじみのスープカレーだった。

「キャンプの醍醐味だ」

父さんはそう言って笑ったけれど、その匂いはどこか異常だった。クミンやコリアンダーの強烈な香りの奥底から、それらを突き抜けてくるような、ねっとりとした鉄のような、あるいは何かが焦げたような重たい脂の匂いが漂っていた。



僕は無言でスプーンを動かした。

「ジャリ」

その音が頭蓋の裏側に響いた瞬間、背筋に氷を押し当てられたような寒気が走った。貝殻を噛んだ時よりも、もっと鋭く、もっと密度の高い「何か」を奥歯で捉えた感覚。



「間違えて飲んじゃった」



吐き出そうとしたけれど、喉が勝手に動いた。

その異物は、僕の食道をザラリと引っ掻きながら落ちていった。砂を噛んだ時の不快な感触が、いつまでも舌の奥に残る。



父さんの手が、止まった。



そこから始まった十五秒間の沈黙。

焚き火の火の粉が夜空に舞い上がり、父さんは顔を上げなかった。ただ、炎を見つめたまま、深い淵のような沈黙に沈んでいた。父さんの瞳の奥で、炎が踊っていた。その瞳は、僕を心配しているのではない。僕の喉の奥、いま飲み込んだ「それ」が胃の腑へと落ちていく軌道を、愛おしそうになぞっているように見えた。



「それでいいんだ」



父さんの声は、地底から響くように低く、そしてどこか陶酔を含んでいた。

「やっと、入るべきところに、入ったんだな」



何が良いのか、僕には分からなかった。ただ、父さんの言葉に合わせて、背後の阿武隈川のせせらぎが、一瞬だけ、腐った喉から漏れるような「笑い声」に聞こえた気がした。



「いいから、食え」



僕は言われるまま、カレーを口に運び続けた。

噛むたびに、ジャリ、ゴリ、という音が僕の内側に響く。

父さんは知っていたのだ。

しじみの砂という「ノイズ」に紛れ込ませれば、僕がそれを「異物」として吐き出さないことを。僕が噛み砕き、飲み込むたびに、父さんは満足そうに頷いていた。



僕は最後の一滴まで飲み干した。

お腹の中が、異常に重かった。

まるで、誰かが僕の胃の中に、冷たい「錨(いかり)」を下ろしたみたいだった。



その時、僕は確かに聞いたんだ。

僕のお腹の底から、

「……ごちそうさま……」

という、数ヶ月前にいなくなったはずの、母さんの声が響いたのを。



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【調査員 A による分析】

音声記録から検出された「15秒の沈黙」。これは被験者の体内に「核」が定着するのを待つ、儀式上の必須プロセスである可能性が高い。父親は、偶然の誤飲を装いながら、息子という生きた器の中に、欠損した「家族」を強制的に受肉させる工程を完了させたのである。



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記録終了