ライブをするのはショッピングモールから十分くらい歩いた、何万人も入れそうな野外スタジアムだった。
え、こんな所で木嶋くん達はライブするの? それかラフ画の時から僕が勘違いしてて、ここが木嶋くんのバイト先?
頭にハテナを浮かべながら、スタジアムのすぐ手前にある公園に脚を向けると、そこには今か今かと入場を待つ人達でいっぱいだった。
「わぁ……すごいね、チケット無いから入れないけど」
隣りを歩いてた夢菜が、小さく感嘆の息を漏らす。
確かにこれだけ大きなスタジアムのライブともなると、事前に抽選の申し込みをして当選したらチケットが用意される、って夢菜から教えてもらった。
「……えっ!?」
「ど、どうしたの?」
するとスマホに目を落としていた夢菜の声につられて、僕まで肩が跳ねる。
「うわぁショックぅ……ナマで聴きたかったぁ……」
口元に手をあてて、ともすれば泣きそうな顔で夢菜が喉から声を絞り出す。
「なんでネット断ちしたのよ、あの時の私。……絶対、絶対に許さん!」
かと思ったらぶつぶつと何かを呟いて、震えるくらいぎゅうと拳を握り締めて……なんなら目の奥に炎が見える。
僕も人のこと言えないけど、今日一日で落ち込んだり喜んだりしてるのはどっちだよ。
「えっと、ちょっと貸して」
一言断って夢菜のスマホを借りると、夢菜がリアタイしてるアニメの、オープニング曲を歌ってるアーティストの名前があった。
登場するのは結構早くて、十七時台の四番目。
「ここから聴けるかなぁ」
はぁ、と大きな溜め息を吐きながら、夢菜が羨ましそうな顔で長蛇の列を見る。
「この人達、SNSやってないの?」
ふと思いついた疑問を口にして、でも聞くのはまずかったかなと思った。
夢菜の目が軽く赤くなってて、もう少ししたら涙が零れそうになってたから。
「わかんない、全員ミステリアス路線だから……この人達インスタやってないし」
アカウント開設してくれたらな、と僕に聞こえるくらいの声で囁く。
いつも余裕があって、なんなら男の僕よりもずっとカッコイイ夢菜がこうも落ち込んでるのは見た事がない。
なんだか僕までネガティブになりそうで、でもそれ以上に夢菜が心配で胸が締め付けられる。
「ひ、ひとまず座れるとこ探そう。そこから聴けるかもだし」
ね、とほとんど苦し紛れの言葉を唇に乗せた。
「ん……」
さすがに今回ばかりは何も反論することなく、むしろ夢菜の方から僕の傍に来てくれる。普段なら絶対しない事だ。
まぁ傍に来る、っていっても僕のショルダーバッグの端をほんの少し摑むくらいなんだけど。
……それにしてもこの列、どこまで続いてるんだろう。
一旦最後尾まで行かないと何も分からないよね。
「──大変長らくお待たせしました、ただいまより物販を開始いたします。ゆっくりと列を詰めて……」
歩き出そうとしたら、機械的な声がどこかから聞こえた。
辺りを見回すと、僕らが居る場所からずっと先の方に拡声器を持った人がいた。
遠目から見たら茶髪で、フードコートに居た人達と同じTシャツを着てるっぽいからスタッフさんかな?
あ、後から来た別のスタッフさんに拡声器を渡して小走りでこっちに走ってくる。
「っ……」
段々とスタッフさんの顔が見えてきて、図らずも小さく息を呑んだ。
「あれ、糸瀬?」
茶髪の男の人──木嶋くんが僕に気付いて、不思議そうな表情で立ち止まる。
「え、偶然じゃん。……後ろの人は?」
僕目線を合わせるようににっこり笑って、続けて後ろにいる夢菜に目を向ける。
「あ……友達。近くのお店に一緒に来てて」
さすがに『木嶋くんに会いたかった』とは言えなくて、でも間違ったことは言ってない。
「へぇ……仲良いんだな」
木嶋くんが笑みを浮かべたまま軽く夢菜に会釈すると、僕は勇気を掻き集めて口を開いた。
「バイト、って聞いたんだけど……ここだったんだね」
「あー、さては茜が言ったな。黙っとけって言ったのに」
ぶつぶつと木嶋くんが口の中で呟いて、かと思えば思い出したように顔の前で手を合わせる。
「ってかごめん! 佐竹さん……上司から呼ばれてるんだ。終わったらラインするから!」
それまで近くで待ってて、と早口で言うと木嶋くんは僕らの横を慌てて通り過ぎていく。
すると冷たい風に乗って、爽やかな香りがした。
「え、っ……?」
この匂いを前も嗅いだ事がある、それも二回くらい。
これで三回目だけど、そのうちの二回は木嶋くんから香ってきていた。
柔軟剤、なのかな。でもどれもそういうのとは違って、やわらかくて優しい匂いだったような。
段々小さくなっていく木嶋くんの後ろ姿をぼうっと見つめていると、ぽんと肩を叩かれる。
「……薫も薫だけど、木嶋くんも木嶋くんかもねぇ。二人とも、何考えてるのかめちゃくちゃ顔に出てたよ」
「へ」
振り返ると、さっきまで泣きそうになってたはずの夢菜が、ニヤニヤと意地悪い笑みを頬に浮かべていた。
えーっと、何をおっしゃってるのか分からないんですが。
「あれ、気付いてない? 私、木嶋くんに……いややっぱり止めとく。人間、知らない方がいい事もあるし」
そこまで言うと、夢菜はほんのり赤くなった目元に触れて『冷やした方がいいかなぁ』なんてのほほんと言う。
「……なにそれ、気になるんだけど」
そこで止められると、余計に気になってくるのが人の性だ。
でも夢菜は教える気がないみたいで、あっけらかんと言って真顔で僕を見つめてくる。
「そんな気になるんなら、直接木嶋くんに聞けばいいじゃん。このあと会う約束したんだし」
「た、確かにそう……ですね」
『何言ってんの』っていつもの調子で続けてきて、それでこそ僕の知る夢菜だ。
でも木嶋くんに真正面から聞く勇気はなくて、夢菜の言う通り知らなくていい気がした。
「それより今からどうする? 近くで、って言ってたけど座れる場所無さそうよ、多分。一回戻る?」
木嶋くんや夢菜と話してるうちに結構列が進んでいたみたいで、最後尾札を持っているスタッフさんの姿がここからでも見える。
そのずっと向こう側の信号を渡った先が公園っぽくて、少し座りたかったのも事実だから、一度そこに行ってみることにした。
え、こんな所で木嶋くん達はライブするの? それかラフ画の時から僕が勘違いしてて、ここが木嶋くんのバイト先?
頭にハテナを浮かべながら、スタジアムのすぐ手前にある公園に脚を向けると、そこには今か今かと入場を待つ人達でいっぱいだった。
「わぁ……すごいね、チケット無いから入れないけど」
隣りを歩いてた夢菜が、小さく感嘆の息を漏らす。
確かにこれだけ大きなスタジアムのライブともなると、事前に抽選の申し込みをして当選したらチケットが用意される、って夢菜から教えてもらった。
「……えっ!?」
「ど、どうしたの?」
するとスマホに目を落としていた夢菜の声につられて、僕まで肩が跳ねる。
「うわぁショックぅ……ナマで聴きたかったぁ……」
口元に手をあてて、ともすれば泣きそうな顔で夢菜が喉から声を絞り出す。
「なんでネット断ちしたのよ、あの時の私。……絶対、絶対に許さん!」
かと思ったらぶつぶつと何かを呟いて、震えるくらいぎゅうと拳を握り締めて……なんなら目の奥に炎が見える。
僕も人のこと言えないけど、今日一日で落ち込んだり喜んだりしてるのはどっちだよ。
「えっと、ちょっと貸して」
一言断って夢菜のスマホを借りると、夢菜がリアタイしてるアニメの、オープニング曲を歌ってるアーティストの名前があった。
登場するのは結構早くて、十七時台の四番目。
「ここから聴けるかなぁ」
はぁ、と大きな溜め息を吐きながら、夢菜が羨ましそうな顔で長蛇の列を見る。
「この人達、SNSやってないの?」
ふと思いついた疑問を口にして、でも聞くのはまずかったかなと思った。
夢菜の目が軽く赤くなってて、もう少ししたら涙が零れそうになってたから。
「わかんない、全員ミステリアス路線だから……この人達インスタやってないし」
アカウント開設してくれたらな、と僕に聞こえるくらいの声で囁く。
いつも余裕があって、なんなら男の僕よりもずっとカッコイイ夢菜がこうも落ち込んでるのは見た事がない。
なんだか僕までネガティブになりそうで、でもそれ以上に夢菜が心配で胸が締め付けられる。
「ひ、ひとまず座れるとこ探そう。そこから聴けるかもだし」
ね、とほとんど苦し紛れの言葉を唇に乗せた。
「ん……」
さすがに今回ばかりは何も反論することなく、むしろ夢菜の方から僕の傍に来てくれる。普段なら絶対しない事だ。
まぁ傍に来る、っていっても僕のショルダーバッグの端をほんの少し摑むくらいなんだけど。
……それにしてもこの列、どこまで続いてるんだろう。
一旦最後尾まで行かないと何も分からないよね。
「──大変長らくお待たせしました、ただいまより物販を開始いたします。ゆっくりと列を詰めて……」
歩き出そうとしたら、機械的な声がどこかから聞こえた。
辺りを見回すと、僕らが居る場所からずっと先の方に拡声器を持った人がいた。
遠目から見たら茶髪で、フードコートに居た人達と同じTシャツを着てるっぽいからスタッフさんかな?
あ、後から来た別のスタッフさんに拡声器を渡して小走りでこっちに走ってくる。
「っ……」
段々とスタッフさんの顔が見えてきて、図らずも小さく息を呑んだ。
「あれ、糸瀬?」
茶髪の男の人──木嶋くんが僕に気付いて、不思議そうな表情で立ち止まる。
「え、偶然じゃん。……後ろの人は?」
僕目線を合わせるようににっこり笑って、続けて後ろにいる夢菜に目を向ける。
「あ……友達。近くのお店に一緒に来てて」
さすがに『木嶋くんに会いたかった』とは言えなくて、でも間違ったことは言ってない。
「へぇ……仲良いんだな」
木嶋くんが笑みを浮かべたまま軽く夢菜に会釈すると、僕は勇気を掻き集めて口を開いた。
「バイト、って聞いたんだけど……ここだったんだね」
「あー、さては茜が言ったな。黙っとけって言ったのに」
ぶつぶつと木嶋くんが口の中で呟いて、かと思えば思い出したように顔の前で手を合わせる。
「ってかごめん! 佐竹さん……上司から呼ばれてるんだ。終わったらラインするから!」
それまで近くで待ってて、と早口で言うと木嶋くんは僕らの横を慌てて通り過ぎていく。
すると冷たい風に乗って、爽やかな香りがした。
「え、っ……?」
この匂いを前も嗅いだ事がある、それも二回くらい。
これで三回目だけど、そのうちの二回は木嶋くんから香ってきていた。
柔軟剤、なのかな。でもどれもそういうのとは違って、やわらかくて優しい匂いだったような。
段々小さくなっていく木嶋くんの後ろ姿をぼうっと見つめていると、ぽんと肩を叩かれる。
「……薫も薫だけど、木嶋くんも木嶋くんかもねぇ。二人とも、何考えてるのかめちゃくちゃ顔に出てたよ」
「へ」
振り返ると、さっきまで泣きそうになってたはずの夢菜が、ニヤニヤと意地悪い笑みを頬に浮かべていた。
えーっと、何をおっしゃってるのか分からないんですが。
「あれ、気付いてない? 私、木嶋くんに……いややっぱり止めとく。人間、知らない方がいい事もあるし」
そこまで言うと、夢菜はほんのり赤くなった目元に触れて『冷やした方がいいかなぁ』なんてのほほんと言う。
「……なにそれ、気になるんだけど」
そこで止められると、余計に気になってくるのが人の性だ。
でも夢菜は教える気がないみたいで、あっけらかんと言って真顔で僕を見つめてくる。
「そんな気になるんなら、直接木嶋くんに聞けばいいじゃん。このあと会う約束したんだし」
「た、確かにそう……ですね」
『何言ってんの』っていつもの調子で続けてきて、それでこそ僕の知る夢菜だ。
でも木嶋くんに真正面から聞く勇気はなくて、夢菜の言う通り知らなくていい気がした。
「それより今からどうする? 近くで、って言ってたけど座れる場所無さそうよ、多分。一回戻る?」
木嶋くんや夢菜と話してるうちに結構列が進んでいたみたいで、最後尾札を持っているスタッフさんの姿がここからでも見える。
そのずっと向こう側の信号を渡った先が公園っぽくて、少し座りたかったのも事実だから、一度そこに行ってみることにした。

