むすんで、ほどいて、君の名を呼ぶ

「──図書館の方がよくね、あっちの方がデカいし」

 やがて心臓の音が落ち着いてきた頃、タイミングよく誰かの声が聞こえて木嶋くんの腕が離れていった。

 温もりがなくなってホッとして、でも少しの寂しさを感じる。

「じゃーなー、先に行ってるわ」

「おー、分かった」

 中村くんの声に木嶋くんが答えると、それが合図だったかのようにぞろぞろとみんなが教室を後にした。

「あとでな、薫」

 最後に退出しようとしていた兼末くんが出入りの前で振り返って、僕に軽く手を振る。

「……うん」

 気を抜けば震えそうになる口元に笑みを貼り付けて、兼末くんに手を振り返した。

「薫泣かせんなよー」

 出入り口でみんなを見送っていた木嶋くんの横を通る時、兼末くんがからかい混じりに脇を小突く。

「いや、そんな信用ない?」

「ない!」

「ひでぇ、嘘でもあるって言うとこだろ、今のは」

 僕からは木嶋くんの後ろ姿しか見えないけど、兼末くんと話してる時は本当に楽しそうだった。

 僕と話してると、時々木嶋くんは悲しそうな顔をするから余計にそう思う。

「──んで、どした?」

 全員を無事に見送った木嶋くんが、淡く笑い掛けてくる。

「っ」

 とびきり優しい瞳とまっすぐに視線が絡んで、治まっていたはずの心臓がまた大きく高鳴った。

 とくん、とくんと少しずつ速くなる鼓動を聞きながら、僕はそっと目を(すが)める。

 ああ、本当に眩しい。

 ただ作ったものを渡すだけなのに、こんなに緊張するなんて昨日までは思わなかった。

 窓から射し込む太陽の光が反射して、木嶋くんのさらさらした茶髪が輝いている。

「えっ……と、ね」

 昨日からなんて言って渡すのかしっかりシミュレーションしてたのに、いざその時が来たとなったらそうもいかない。

 僕が誤魔化すように瞼を伏せるのと、木嶋くんが隣りの席の椅子を僕の方に寄せてきたのはほとんど同時だった。

 さっきほどじゃないけどお互いの呼吸が分かるほどで、なんだか生々しい。

 告白する訳でもなく、かといって木嶋くんから『話がある』って言われた訳でもないのに。

 僕は頼まれたことをしただけで、いらなければ捨ててくれたらいい……そう自分に思い込ませたら、少しは気が楽になった。

「……これ」

 一度大きく深呼吸して、通学バッグから青いリボンでラッピングされたそれを差し出す。

 中にはペンケースと、手の平サイズのあみぐるみが入っている。

「……ん、ありがと。見ていい?」

 何が入ってるのか言わなくても気付いてくれたみたいで、木嶋くんの穏やかな声が聞こえてくる。

 僕は小さく頷くしかできなくて、でも木嶋くんが気にする素振りはない。

 ……袋が擦れる音って、こんなに緊張するものだったっけ。

「これ……」

 驚いたような小さな声が聞こえてきて、恐る恐る木嶋くんを見た。

 その手の中にはペンケースじゃなくて、僕が編みものを初めてすぐに作った、リオのあみぐるみがあった。

 ただ、僕のリオは青と黒で、木嶋くんのリオは黄色と灰色。

 分かりやすく言えば色違いで、お揃いのものだ。

 でも木嶋くんはあみぐるみを見つめたまま、何も言わない。

 次第にいたたまれなくなってきて、きゅうと頬の内側を噛んだ。

 ……なんでお揃いにしたんだろう。なんで頼まれてないものを作って、ペンケースと一緒に入れたんだろう。

「い、いらなかったら捨てていいから! というか、見なかったことにして……!」

 恥ずかしさはもちろんだけど、それ以上に木嶋くんの反応が怖くて、僕は頭を下げると同時にほとんど絶叫する。

 本当は勢いのまま奪い取りたかったけど、そこまでする勇気はなかった。

「……ふ、っ」

 するとかすかに笑う声が聞こえてきて、さぁっと血の気が引いていくのが分かる。

 や、やっぱり迷惑だったよね、こんなの。

 頼まれたのはあくまで『普段使い出来るものだけ』で、あみぐるみは僕が勝手に作ったものなんだから。

 木嶋くんの控えめな笑い声を聞きながら、段々と泣きそうになっていく。

 叶うなら、それほど欲張らないから、今日の朝からやり直したかった。

「──いつでもいい、って言ったのに」

 やがて聞こえてきたのは、驚きと感動が混ざった嬉しそうな声だった。

 木嶋くんが何を言ったのか理解できなくて、がばりと俯けていた顔を上げる。

「笑ってごめん。思ってたよりずっと、すごくて……完成度高いから。こういうのも作れるんだな」

 すげぇよ、って木嶋くんは何度も『すごい』『本当にもらっていいのか』と同じ言葉を繰り返す。

「……に作った、から」

 木嶋くんのために、って言いたかったけど間の悪いことに喉がもつれて、最初だけ言葉にならなかった。

 でも僕が言いたいことは伝わったのか、木嶋くんが太陽みたいな眩しい笑顔を浮かべたまま口を開く。

「ありがとな、頑張って作ってくれて。宝物にする」

 そこまで言うと、ぽんと大きな手が僕の頭に触れて、でもすぐに離れていった。

「え、あ……ちゃんと使って、ね……?」

 ほんの一瞬だったから何が起こったのか分からなくて、でも何か返さないとっていうのは理解したから、めちゃくちゃ場違いなことを言った気がする。

「なんで疑問形なん」

 案の定、くすくすと木嶋くんが笑う。

「や、だって……」

「んー?」

 もごもごと口を開いては閉じてを繰り返してたら、木嶋くんの顔が段々近付いてくる。

「っ……」

 今度こそお互いの呼吸が分かるほどまで近付かれて、このままじゃキスされる、って思ったら耐えられなくて反射的に目を閉じた。

「──ふっ」

 でも思ってた感覚はいくら待っても訪れなくて、そろりと瞼を押し上げると、木嶋くんの手がもう一度頭に触れる。

 そっと毛先の辺りを()かれたかと思えば、木嶋くんはにっこりと微笑んだ。

「ゴミ付いてた」

 僕に見せてきた指先には、確かに白いもの──多分毛糸の糸くずが、ほんのちょっとだけ付いている。

「あ、ありがと……」

 どうやら顔を近付けたのはそれを取ろうとしただけで、僕が一人で勘違いしてただけだって気付く。

「いーえ」

 また木嶋くんが喉の奥で笑って、ますます羞恥心が込み上げてくる。

 ただ、僕と居る時に木嶋くんが笑うのは、純粋に楽しいから笑ってくれてるんだって──そう思いたかった。