「──ね、カフェで勉強しない?」
「明日から期末週間かぁー」
月曜日の放課後。
教室が穏やかな、でもいつもと変わらない喧騒に紛れて、僕は心臓が飛び出そうな気持ちで真っ暗なスマホを見つめていた。
最後の授業が終わってすぐに、木嶋くんへ『渡したいものがあるから残って欲しい』ってメッセージをした。
『りょーかい』
もう僕の中ではお馴染みになりつつある、黒猫が座ってるスタンプで木嶋くんとの会話が終わって十分くらい。
「──なぁ薫は? 一緒、行く?」
「兼末くん」
ふと誰かが僕の机の前に来た気配がして、スマホから顔を上げると兼末くんがにこりと笑い掛けてきた。
体育の授業でペアに入れてもらってから、木嶋くんほどじゃないけど兼末くんとも仲良くなった。
気付けば授業中に名前呼びになっていたけど、僕はまだ兼末くんのことを名前で呼べてない。
まぁ兼末くんはあんまり気にしてないみたいで、変わらず苗字で呼んでいる。
「来週、期末じゃん? あんま勉強得意じゃねぇから、今からみんなでファミレスか図書館行こっか、って話してたんだよな」
兼末くんが視線を投げたところには、中村くんの他にも男の子が二人と女の子が一人、椅子に座ってる木嶋くんを中心に楽しそうに話していた。
「……ううん、僕は」
「──ね、わたしも一緒に待ってちゃ駄目なの?」
遠慮しておく、っていう前に女の子が木嶋くんの腕に半ば抱き着いたのが視界に入る。
「遅くなったらなったで文句言うだろ、愛美は。ほら、今日は茜に送ってもらいな」
けれど木嶋くんは慣れた様子で女の子──愛美ちゃんをあしらって、ほんの一瞬だけ僕の方を見た。
いや、話の流れで兼末くんを見ただけかもしれないけど。
「えー、茜くんあんま好きじゃないー。大河に送ってほしい!」
いーやーだー、と愛美ちゃんが両手で木嶋くんの腕を振る。
なんだか小さい子の相手をしてるみたいで、ちょっと可愛いかもしれない。
「あの、聞こえてるんですけど。もしかして泣けってフリだったりします?」
兼末くんがくるりと振り返って、文字通り悲しそうな声で愛美ちゃんに呼び掛ける。
「ねー、大河ぁ」
「兼末どんまいー」
でも愛美ちゃんは木嶋くんしか見えてないみたいで、フル無視だ。
……見えてない、か。
ちくりと小さく胸が痛んで、同時に胃がキリキリしてきて気持ち悪い。
加えて教室が騒がしくなってきて、段々と僕が蚊帳の外になっていくのがいやでも分かった。
「あーもう、離れろ愛美っ」
「やぁだー」
本気で言ってるのか分からないけど、木嶋くんのちょっと怒った声が聞こえる。
でも愛美ちゃんの声音を聞くと、ふざけてるようにも聞き取れた。
何を言ってるのか分かってるのに、見たくない。
……男女の友達って、こんなに距離が近いものだったかな。
僕と夢菜の場合、確かに友達だけどそこに恋愛感情は無い。
でも愛美ちゃんは木嶋くんのことが好きだって、全身で言ってるのが分かる。
いいな、女の子だったら好きな人に堂々とくっ付けるんだから。
もし僕が愛美ちゃんだったら……。
そこまで考えるとボッと頬が熱くなって、今しがた想像した事を打ち消すように素早く首を振った。
「──気を付けるのは愛美な。って、薫……? どした、大丈夫か」
僕がいきなり首を振ったからか、それまで愛美ちゃんに反論していた兼末くんが心配そうに尋ねてくる。
でも僕はその問い掛けに答えられなくて、膝に置いている両手を俯きがちにぎゅうと握り締めた。
木嶋くんと話す人の言動でネガティブな事を考えるくらいには、彼の事が好きなんだってやっと気付く。
……やっぱり休み時間とかに一度メッセージして、人がいない所で渡すべきだったかな。
もしくは昨日のうちに『出来た』ってメッセージを送って、どこかの空き教室に来てもらって……ううん、どっちもあんまり変わらないかも。
「茜も愛美もワガママ言うな。それに──」
「っ!」
不意に力強く肩を抱き寄せられたかと思えば、低い声がすぐ近くで聞こえた。
そのまま声がした方に目を向けると、木嶋くんが怒ったふうに鋭い瞳で愛美ちゃんを見ていた。
「用って糸瀬にだから。お前らが居たら普通に話せないだろ」
な、と木嶋くんが同意を求めるように、僕に顔を向けてきた。
「っ……いや、そこまでじゃ」
頑張ったら話せるけど、何も木嶋くんに気遣ってもらうほどでもない。
あ、でも編みものは木嶋くん以外に見られたら嫌かも。
僕が黙ったのをどう取ったのか、木嶋くんが更に抱き寄せてくる。
「き、っ……」
無意識に木嶋くんを呼びそうになったけど、すんでのところで堪えた。
ここで名前を呼んだら、木嶋くんは僕の声に耳を傾けようとする──そういう人だから。
「ま、すぐに終わると思う。そのあと糸瀬と行くから、ラインに場所送っといて」
「ほんとー?」
もはや疑う素振りを隠すことなく、愛美ちゃんが眉を顰める。
かと思ったら愛美ちゃんが僕の方をちらりと見て、なんなら睨まれた気がする。
「ほんとほんと。嘘言わないって」
でも木嶋くんは愛美ちゃんの様子に気付いてないみたいで、にこにこと笑う。
逆に人の感情の機微を気にしてばっかりで、女の子に嫉妬する自分が醜くてたまらなかった。
「でも大河、信用ないんだもん。これならいっくんの方がマシー」
ぷいと愛美ちゃんが顔を背けて、それまで彼女から背を向けて男の子達と談笑していた中村くんががばりと振り返った。
「これならってなんだよ、ヒドくね!?」
「バカで一途だもんな、郁人は」
「ねぇ今バカって言ったの誰よ! 怒らないから名乗り出なさいよぉ!」
愛美ちゃんや友達のの言葉に、キィーッ! と中村くんがわざとらしく高い声を出して、ドッとみんなが笑う。
木嶋くんが笑ったり話したりする度に、僕にまでかすかな振動が伝わってくる。
制服越しなのに自分以外の体温を感じて、さっきから心臓の音が聞こえやしないか心配になった。
でも木嶋くんもみんなも笑ってるから、しばらく気付かれないよね……?
その間にどうにか鼓動を落ち着かせたくて、制服の上から胸を抑えた。
「明日から期末週間かぁー」
月曜日の放課後。
教室が穏やかな、でもいつもと変わらない喧騒に紛れて、僕は心臓が飛び出そうな気持ちで真っ暗なスマホを見つめていた。
最後の授業が終わってすぐに、木嶋くんへ『渡したいものがあるから残って欲しい』ってメッセージをした。
『りょーかい』
もう僕の中ではお馴染みになりつつある、黒猫が座ってるスタンプで木嶋くんとの会話が終わって十分くらい。
「──なぁ薫は? 一緒、行く?」
「兼末くん」
ふと誰かが僕の机の前に来た気配がして、スマホから顔を上げると兼末くんがにこりと笑い掛けてきた。
体育の授業でペアに入れてもらってから、木嶋くんほどじゃないけど兼末くんとも仲良くなった。
気付けば授業中に名前呼びになっていたけど、僕はまだ兼末くんのことを名前で呼べてない。
まぁ兼末くんはあんまり気にしてないみたいで、変わらず苗字で呼んでいる。
「来週、期末じゃん? あんま勉強得意じゃねぇから、今からみんなでファミレスか図書館行こっか、って話してたんだよな」
兼末くんが視線を投げたところには、中村くんの他にも男の子が二人と女の子が一人、椅子に座ってる木嶋くんを中心に楽しそうに話していた。
「……ううん、僕は」
「──ね、わたしも一緒に待ってちゃ駄目なの?」
遠慮しておく、っていう前に女の子が木嶋くんの腕に半ば抱き着いたのが視界に入る。
「遅くなったらなったで文句言うだろ、愛美は。ほら、今日は茜に送ってもらいな」
けれど木嶋くんは慣れた様子で女の子──愛美ちゃんをあしらって、ほんの一瞬だけ僕の方を見た。
いや、話の流れで兼末くんを見ただけかもしれないけど。
「えー、茜くんあんま好きじゃないー。大河に送ってほしい!」
いーやーだー、と愛美ちゃんが両手で木嶋くんの腕を振る。
なんだか小さい子の相手をしてるみたいで、ちょっと可愛いかもしれない。
「あの、聞こえてるんですけど。もしかして泣けってフリだったりします?」
兼末くんがくるりと振り返って、文字通り悲しそうな声で愛美ちゃんに呼び掛ける。
「ねー、大河ぁ」
「兼末どんまいー」
でも愛美ちゃんは木嶋くんしか見えてないみたいで、フル無視だ。
……見えてない、か。
ちくりと小さく胸が痛んで、同時に胃がキリキリしてきて気持ち悪い。
加えて教室が騒がしくなってきて、段々と僕が蚊帳の外になっていくのがいやでも分かった。
「あーもう、離れろ愛美っ」
「やぁだー」
本気で言ってるのか分からないけど、木嶋くんのちょっと怒った声が聞こえる。
でも愛美ちゃんの声音を聞くと、ふざけてるようにも聞き取れた。
何を言ってるのか分かってるのに、見たくない。
……男女の友達って、こんなに距離が近いものだったかな。
僕と夢菜の場合、確かに友達だけどそこに恋愛感情は無い。
でも愛美ちゃんは木嶋くんのことが好きだって、全身で言ってるのが分かる。
いいな、女の子だったら好きな人に堂々とくっ付けるんだから。
もし僕が愛美ちゃんだったら……。
そこまで考えるとボッと頬が熱くなって、今しがた想像した事を打ち消すように素早く首を振った。
「──気を付けるのは愛美な。って、薫……? どした、大丈夫か」
僕がいきなり首を振ったからか、それまで愛美ちゃんに反論していた兼末くんが心配そうに尋ねてくる。
でも僕はその問い掛けに答えられなくて、膝に置いている両手を俯きがちにぎゅうと握り締めた。
木嶋くんと話す人の言動でネガティブな事を考えるくらいには、彼の事が好きなんだってやっと気付く。
……やっぱり休み時間とかに一度メッセージして、人がいない所で渡すべきだったかな。
もしくは昨日のうちに『出来た』ってメッセージを送って、どこかの空き教室に来てもらって……ううん、どっちもあんまり変わらないかも。
「茜も愛美もワガママ言うな。それに──」
「っ!」
不意に力強く肩を抱き寄せられたかと思えば、低い声がすぐ近くで聞こえた。
そのまま声がした方に目を向けると、木嶋くんが怒ったふうに鋭い瞳で愛美ちゃんを見ていた。
「用って糸瀬にだから。お前らが居たら普通に話せないだろ」
な、と木嶋くんが同意を求めるように、僕に顔を向けてきた。
「っ……いや、そこまでじゃ」
頑張ったら話せるけど、何も木嶋くんに気遣ってもらうほどでもない。
あ、でも編みものは木嶋くん以外に見られたら嫌かも。
僕が黙ったのをどう取ったのか、木嶋くんが更に抱き寄せてくる。
「き、っ……」
無意識に木嶋くんを呼びそうになったけど、すんでのところで堪えた。
ここで名前を呼んだら、木嶋くんは僕の声に耳を傾けようとする──そういう人だから。
「ま、すぐに終わると思う。そのあと糸瀬と行くから、ラインに場所送っといて」
「ほんとー?」
もはや疑う素振りを隠すことなく、愛美ちゃんが眉を顰める。
かと思ったら愛美ちゃんが僕の方をちらりと見て、なんなら睨まれた気がする。
「ほんとほんと。嘘言わないって」
でも木嶋くんは愛美ちゃんの様子に気付いてないみたいで、にこにこと笑う。
逆に人の感情の機微を気にしてばっかりで、女の子に嫉妬する自分が醜くてたまらなかった。
「でも大河、信用ないんだもん。これならいっくんの方がマシー」
ぷいと愛美ちゃんが顔を背けて、それまで彼女から背を向けて男の子達と談笑していた中村くんががばりと振り返った。
「これならってなんだよ、ヒドくね!?」
「バカで一途だもんな、郁人は」
「ねぇ今バカって言ったの誰よ! 怒らないから名乗り出なさいよぉ!」
愛美ちゃんや友達のの言葉に、キィーッ! と中村くんがわざとらしく高い声を出して、ドッとみんなが笑う。
木嶋くんが笑ったり話したりする度に、僕にまでかすかな振動が伝わってくる。
制服越しなのに自分以外の体温を感じて、さっきから心臓の音が聞こえやしないか心配になった。
でも木嶋くんもみんなも笑ってるから、しばらく気付かれないよね……?
その間にどうにか鼓動を落ち着かせたくて、制服の上から胸を抑えた。

