牛丼のお弁当を買ってきて、温かいお茶をマグカップに淹れようとしていると、テーブルに置いているスマホが振動すると同時に画面が付いた。
「なんだろ」
アプリの通知かな?
そう思いながら画面を覗き込むと、目に入ったのは木嶋くんのアイコンで。
『この前、無理言ってごめん。糸瀬が嫌なことは言わないって決めてたのに』
「っ……!」
どくん、と心臓が大きく音を立てたのが分かる。
それと同じくして、なぜかお腹の奥がきゅうと鳴った。
気を抜けば力が抜けそうになる身体を、テーブルに両手を突いて耐える。
でも身体と脳が考える事は真逆みたいで、目線はそのままスマホに釘付けになった。
『言い訳に聞こえるかもだけど、糸瀬に言ったのは全部本音だから』
「……は、っ」
ひく、と喉が震えて、何度も文章を読み直す。
『嫌われたくないんだ』
震える指先でなんて打とうか考える暇もなく、ポコンと小さな音を立てて送られてきたそれに、僕は今度こそ大きく目を見開いた。
つい一時間前まで夢菜に相談していて、木嶋くんに対する気持ちを自覚したばかりで。
まだ恋とかそういうのははっきりとは分からないけど、文面から木嶋くんの優しさが伝わってくる。
一昨日の昼休み以降ずっと、木嶋くんを無視して話し掛けるなオーラを出していたのに。
どうして僕に優しくするんだろう。
──どうして優しいの。
「あっ」
心の声とキーボードを打つ指先が奇跡的にリンクして、気付いた時にはもう送信した後だった。
「け、消さないと」
既読は付いてないけど、もし返信されたらすぐには上手い言葉が出てこない。
誰が見ても、今の僕は面白いくらいテンパってる自覚がある。
それこそ兄さんが居たら心配するだろうな、って頭に兄さんの笑顔が浮かんでは消えていく。
焦れば焦るほど手が震えてまともに画面を押せなくて、でもなんとか送信取り消しのボタンを押した。
「見られてない、よね……?」
ただ三分前にメッセージが来たばかりだから、木嶋くんは今もスマホを見てるはずで。
いや、こんなの僕の想像だ。
お昼ご飯の牛丼を食べたら、気分転換も兼ねて編みものをしよう。
編みものをしてる時は何も考えなくていいし、少しは気持ちが楽になるはずだから。
……そう思っていたけど、びっくりするくらい喉が食べ物を受け付けなくて、結局四分の一も食べられなかった。
ほとんどお茶で流し込むようにして、残りは夜か明日食べようと決める。
改めて部屋に戻って、スケッチブックに編みもののデザイン画を描いているとスマホが鳴った。
「っ!」
その音に図らずもびくりと身体が跳ねて、そう食べていないのに吐きそうな錯覚に駆られる。
慌てて口元を抑えてスマホをそっと覗き見ると、木嶋くんからメッセージが連投されていた。
『もし作ってくれたら大事にする』
『糸瀬が嫌じゃなければだけど』
たった二行の、僕の性格を分かった上で最大限に気遣われた言葉。
同時にさっき送られた『糸瀬が嫌なことは言わない』って文章も目に入って、木嶋くんの優しさが手に取るように分かった。
「……っ」
一度きゅうと目を閉じて、細く長く息を吐き出す。
せっかく木嶋くんが勇気を出してメッセージを送ってくれたのに、僕が『嫌だ』って思ってちゃ駄目だ。
それに、さっきから心臓が痛いくらい脈打っているのを感じる。
木嶋くんに対するこの気持ちが『恋』なのか、早く知りたい。
それが分かりさえすれば、少しはネガティブな性格も変わるはずだから。
通知からメッセージアプリを開くと、木嶋くんとのやり取りが表示される。
『わかった』
緊張からか小刻みに震える指先で、それだけを打ち込む。
今度はすぐに既読が付いたから、一度文章を送ってしまったらもう取り消しはできない。
……何を作ろう。普段使い出来るもの、だよね。
『何かリクエストある?』
続けて送信すると、ものの十秒くらいで『糸瀬に任せる。完成はいつでもいいから』と返ってきた。
『待ってる』
ポコン、と小さな音を立てて黒猫が座ってるスタンプが送られた。
「……かわいい」
ふふ、と緩く口角が上がる。
動物の中でも猫が好きなのかな、月曜日に聞いてみようかな。
自分でもチョロいと思うけど、じわじわと木嶋くんへの気持ちが大きくなっていくのを感じる。
──早く会いたい。
たった数回のやり取りなのに普段話す時と変わらなくて、安堵すると同時に胸がいっぱいになった。
好き、って少しでも思ったら、人って変わるのかもしれないな。
「……頑張らないと」
ちゃんとしたものを作るのはもちろんだけど、木嶋くんにだけは嫌われないようにしないと。
「あ、こういうの……とか。喜びそう」
ふと頭に浮かんだものがあって、新しくページを捲るとスケッチブックに迷いなくシャーペンを滑らせた。
木嶋くんが普段使い出来るもの。
それから、男の子が持っててもそれほど浮かない、カッコイイもの。
ラフを描いてる間にスマホが何度か鳴ったけど、その相手が木嶋くんなのか確認する余裕はなかった。
もはや木嶋くんのことも忘れて、色鉛筆や水性マーカーを使い分けながら、休むことなくスケッチブックと向き合う。
「よし、こんな感じかな」
まだ下書きの段階だけど、アイデアさえ浮かべばほぼ完成したようなものだ。
ひと通りスケッチブックを眺めてから、とうに手に馴染んでいる六号のかぎ針と黒い毛糸を使って、あとはひたすら編んでいく。
「──出来たっ」
部屋の中に僕のやや掠れた声が反響する。
机の上には、ほとんど完成したペンケースが輝かんばかりに光を放っていた。
うん……? 光ってる?
「え」
そっと机に置いている時計に目を向けると、もう十七時を過ぎていた。
カーテンは開けっ放しにしていたから、窓から太陽の光が射し込んでるんだってすぐに気付く。
僕、あれからずっと編んでたってこと……? まぁ、たまに時間を忘れて集中する時もあるけど。
うっすらオレンジに染まった室内で、ぽつりと小さく零す。
「……喜んでくれるかな」
つい五時間くらい前に『いつでもいい』ってメッセージをくれたばかりだけど、さすがに木嶋くんも一日で完成したとは思わないだろうな。
そろりと完成しつつある『それ』を手に取って、何度も角度を変えてほつれや穴はないか確認する。
「うん、大丈夫そう」
黒を基調にしたペンケースは、右端に白い毛糸で大小の星を二つ編んだシンプルなもの。
それだけじゃ味気ないから、ペンケースの周りを灰色のキラキラした毛糸で囲んでいる。
あとはファスナーを編み込めば終わりで、微調整をするくらいだった。
これくらいなら十分もあれば出来そう。
休憩がてらにちょっとだけ夜ご飯を食べて、でも一気に完成させた方がいいかもしれない。
「ファスナーは……あ、あった」
サイドデスクの引き出しから、手近にあった黒地に金色のファスナーを取り出す。
でも長さが合ってなくて、手当り次第に色とりどりのファスナーを机に広げてみる。
すると三十センチくらいの、まだタグを切ってない黒地のそれがあった。
「さ、もうひと踏ん張り──」
改めて自分を鼓舞するために小さく呟くと、その気持ちに反してぐぅ、と小さくお腹が鳴った。
「なんだろ」
アプリの通知かな?
そう思いながら画面を覗き込むと、目に入ったのは木嶋くんのアイコンで。
『この前、無理言ってごめん。糸瀬が嫌なことは言わないって決めてたのに』
「っ……!」
どくん、と心臓が大きく音を立てたのが分かる。
それと同じくして、なぜかお腹の奥がきゅうと鳴った。
気を抜けば力が抜けそうになる身体を、テーブルに両手を突いて耐える。
でも身体と脳が考える事は真逆みたいで、目線はそのままスマホに釘付けになった。
『言い訳に聞こえるかもだけど、糸瀬に言ったのは全部本音だから』
「……は、っ」
ひく、と喉が震えて、何度も文章を読み直す。
『嫌われたくないんだ』
震える指先でなんて打とうか考える暇もなく、ポコンと小さな音を立てて送られてきたそれに、僕は今度こそ大きく目を見開いた。
つい一時間前まで夢菜に相談していて、木嶋くんに対する気持ちを自覚したばかりで。
まだ恋とかそういうのははっきりとは分からないけど、文面から木嶋くんの優しさが伝わってくる。
一昨日の昼休み以降ずっと、木嶋くんを無視して話し掛けるなオーラを出していたのに。
どうして僕に優しくするんだろう。
──どうして優しいの。
「あっ」
心の声とキーボードを打つ指先が奇跡的にリンクして、気付いた時にはもう送信した後だった。
「け、消さないと」
既読は付いてないけど、もし返信されたらすぐには上手い言葉が出てこない。
誰が見ても、今の僕は面白いくらいテンパってる自覚がある。
それこそ兄さんが居たら心配するだろうな、って頭に兄さんの笑顔が浮かんでは消えていく。
焦れば焦るほど手が震えてまともに画面を押せなくて、でもなんとか送信取り消しのボタンを押した。
「見られてない、よね……?」
ただ三分前にメッセージが来たばかりだから、木嶋くんは今もスマホを見てるはずで。
いや、こんなの僕の想像だ。
お昼ご飯の牛丼を食べたら、気分転換も兼ねて編みものをしよう。
編みものをしてる時は何も考えなくていいし、少しは気持ちが楽になるはずだから。
……そう思っていたけど、びっくりするくらい喉が食べ物を受け付けなくて、結局四分の一も食べられなかった。
ほとんどお茶で流し込むようにして、残りは夜か明日食べようと決める。
改めて部屋に戻って、スケッチブックに編みもののデザイン画を描いているとスマホが鳴った。
「っ!」
その音に図らずもびくりと身体が跳ねて、そう食べていないのに吐きそうな錯覚に駆られる。
慌てて口元を抑えてスマホをそっと覗き見ると、木嶋くんからメッセージが連投されていた。
『もし作ってくれたら大事にする』
『糸瀬が嫌じゃなければだけど』
たった二行の、僕の性格を分かった上で最大限に気遣われた言葉。
同時にさっき送られた『糸瀬が嫌なことは言わない』って文章も目に入って、木嶋くんの優しさが手に取るように分かった。
「……っ」
一度きゅうと目を閉じて、細く長く息を吐き出す。
せっかく木嶋くんが勇気を出してメッセージを送ってくれたのに、僕が『嫌だ』って思ってちゃ駄目だ。
それに、さっきから心臓が痛いくらい脈打っているのを感じる。
木嶋くんに対するこの気持ちが『恋』なのか、早く知りたい。
それが分かりさえすれば、少しはネガティブな性格も変わるはずだから。
通知からメッセージアプリを開くと、木嶋くんとのやり取りが表示される。
『わかった』
緊張からか小刻みに震える指先で、それだけを打ち込む。
今度はすぐに既読が付いたから、一度文章を送ってしまったらもう取り消しはできない。
……何を作ろう。普段使い出来るもの、だよね。
『何かリクエストある?』
続けて送信すると、ものの十秒くらいで『糸瀬に任せる。完成はいつでもいいから』と返ってきた。
『待ってる』
ポコン、と小さな音を立てて黒猫が座ってるスタンプが送られた。
「……かわいい」
ふふ、と緩く口角が上がる。
動物の中でも猫が好きなのかな、月曜日に聞いてみようかな。
自分でもチョロいと思うけど、じわじわと木嶋くんへの気持ちが大きくなっていくのを感じる。
──早く会いたい。
たった数回のやり取りなのに普段話す時と変わらなくて、安堵すると同時に胸がいっぱいになった。
好き、って少しでも思ったら、人って変わるのかもしれないな。
「……頑張らないと」
ちゃんとしたものを作るのはもちろんだけど、木嶋くんにだけは嫌われないようにしないと。
「あ、こういうの……とか。喜びそう」
ふと頭に浮かんだものがあって、新しくページを捲るとスケッチブックに迷いなくシャーペンを滑らせた。
木嶋くんが普段使い出来るもの。
それから、男の子が持っててもそれほど浮かない、カッコイイもの。
ラフを描いてる間にスマホが何度か鳴ったけど、その相手が木嶋くんなのか確認する余裕はなかった。
もはや木嶋くんのことも忘れて、色鉛筆や水性マーカーを使い分けながら、休むことなくスケッチブックと向き合う。
「よし、こんな感じかな」
まだ下書きの段階だけど、アイデアさえ浮かべばほぼ完成したようなものだ。
ひと通りスケッチブックを眺めてから、とうに手に馴染んでいる六号のかぎ針と黒い毛糸を使って、あとはひたすら編んでいく。
「──出来たっ」
部屋の中に僕のやや掠れた声が反響する。
机の上には、ほとんど完成したペンケースが輝かんばかりに光を放っていた。
うん……? 光ってる?
「え」
そっと机に置いている時計に目を向けると、もう十七時を過ぎていた。
カーテンは開けっ放しにしていたから、窓から太陽の光が射し込んでるんだってすぐに気付く。
僕、あれからずっと編んでたってこと……? まぁ、たまに時間を忘れて集中する時もあるけど。
うっすらオレンジに染まった室内で、ぽつりと小さく零す。
「……喜んでくれるかな」
つい五時間くらい前に『いつでもいい』ってメッセージをくれたばかりだけど、さすがに木嶋くんも一日で完成したとは思わないだろうな。
そろりと完成しつつある『それ』を手に取って、何度も角度を変えてほつれや穴はないか確認する。
「うん、大丈夫そう」
黒を基調にしたペンケースは、右端に白い毛糸で大小の星を二つ編んだシンプルなもの。
それだけじゃ味気ないから、ペンケースの周りを灰色のキラキラした毛糸で囲んでいる。
あとはファスナーを編み込めば終わりで、微調整をするくらいだった。
これくらいなら十分もあれば出来そう。
休憩がてらにちょっとだけ夜ご飯を食べて、でも一気に完成させた方がいいかもしれない。
「ファスナーは……あ、あった」
サイドデスクの引き出しから、手近にあった黒地に金色のファスナーを取り出す。
でも長さが合ってなくて、手当り次第に色とりどりのファスナーを机に広げてみる。
すると三十センチくらいの、まだタグを切ってない黒地のそれがあった。
「さ、もうひと踏ん張り──」
改めて自分を鼓舞するために小さく呟くと、その気持ちに反してぐぅ、と小さくお腹が鳴った。

