むすんで、ほどいて、君の名を呼ぶ

 メッセージアプリを交換してからというもの、木嶋くんとよく話すようになった。

『糸瀬って器用だよな』

『俺も糸瀬みたいに何か描こうかな、美術の成績あんまよくないけど』

 朝起きると挨拶と一緒に、昨日の続きみたいにメッセージを送ってくる。

 時々『今日のメシ』って文章と一緒に、美味しそうなご飯の写真を送ってきたりもする。

 それとなく聞けば、木嶋くんが作ったというから驚きだった。

『卒業したら専門に行って、飲食の仕事したいんだ。見た目と違うからって笑うなよ?』

 怒った棒人間っぽいスタンプを追加で送ってきた時は可愛いと思って、でもそれ以上にすごいと思った。

 当たり前だけど木嶋くんにも夢があって、その夢に向かって頑張ってるんだ。

 その点、僕は自分の好きなものを気を許してる人以外には言えなくて、なんならいつもビクビクしながら生きてるって自覚してる。

 正直、木嶋くんとメッセージのやり取りをするのはすっごく楽しい。

 それこそ編みものをするのも忘れるくらいで、ここ一週間くらいは夜になると必ず木嶋くんと話していた。

 朝早く起きてランニングするのが日課みたいだから、長くても十時までしか話せないけど。

 ……ただ、一つ困ってる事があった。

「糸瀬ぇ、昼メシ食おー」

 お昼になると木嶋くんが僕の席に来て、決まって『一緒にご飯を食べよう』と誘ってくれる。

 兼末くんや中村くんを含めたグループと食べる時もあれば、木嶋くんと二人の時もあるから昼休みが近くなると胃痛がしてくる。

「う、うん」

 今日も今日とて、じわじわと胃が痛くなっていくのを感じながら、僕はにこりと愛想笑いを返す。

 胃薬、忘れてないよね……?

 無意識にブレザーのポケットを探ると、ふわふわした感触に少しだけ安堵する。

 余った毛糸で作った手の平サイズのそれは、初めて木嶋くんとお昼を食べたその日の夜に作った。

 小さめの巾着には一週間分の胃薬を入れていて、でも半分はお守りって意味もある。

 木嶋くんが僕の所に来る度に、クラスメイトの視線が突き刺さるから。

 僕みたいな奴が一軍の男の子と話してるなんて、って幻聴が聞こえてくるから。

「三階の空き教室空いてるって。そこでもいい?」

「うん」

 どうやら今日は木嶋くんと二人らしい。

 みんなで食べる時は教室だから、分かりやすくて助かる。

 机の中から軽く二つ折りにした『それ』とランチボックス、自販機で買ったお茶を持って廊下を出た。

「茜たち、シロセンに呼び出されたんだって。話、遅くなりそうだから別で食うって言ってきた」

「そう、なんだ」

 木嶋くんの広くて大きな背中を見つめながら、僕はいつものように相槌を打つ。

 シロセンこと白川(しらかわ)先生は物理を担当していて、呼び出されたのはきっと期末テスト関係かな。

「そろそろ期末ってダルいよなぁ。ずーっと集中してんの、苦手」

 あーあ、と木嶋くんが頭の後ろで手を組みながらボヤく。

「……そうだね」

「──あ、そういや糸瀬って成績いいよな。なんか集中するコツ? とかあったりする?」

 ふと木嶋くんがちらりと僕の方に顔を向けて、でもすぐには答えられない。

「えっ……と。ご……ご褒美、とか?」

 廊下から空き教室に繋がる階段の踊り場になって、僕はやっと口を開いた。

 木嶋くんは二段進んだところで立ち止まって、背中越しに振り返る。

 元々二十センチ近く身長差があるけど、いつもより見上げないと視線が合わないほどだ。

「へぇ、ご褒美ね。んじゃ、頑張ったら糸瀬に褒めてもらおっかなー」

「へ、っ……?」

 切長な瞳がゆっくりと弧を描いたかと思えば、木嶋くんが笑う。

「──なーんてな。ありがと、参考にするわ」

 すぐには何も言えなくて、ただただ木嶋くんを見つめていると、ふいと顔を(そむ)けた。

 声こそ普段と変わらないけど、なんだろう……何か変な感じがする。

 でも僕の勘違いかもしれないし、なにより誤魔化されたって少しでも考えてしまえば終わりだ。

 喉がからからに渇いて、暑くないのにじわりと背中に嫌な汗が伝っていく。

「そういや、聞いて。昨日郁人(いくと)が──」
 郁人、って中村くんのことだ。

 ぼんやりと木嶋くんの声を聞きながら、僕は昼食と『それ』を持つ手の力を込めた。

 僕の方から話さないのは元々気にしてないのか、木嶋くんが不用意に詮索(せんさく)してくることはない。

 聞いたらちゃんと教えてくれると思うけど、なんて言われるのか怖くて中々一歩が踏み出せなかった。

「──せ。いと……せ」

 ……ううん。僕がぼっちだから、気を遣って話し掛けてくれてるんだ。

 教室に居てもいつも一人で、やる事って言ったら次の編みもののデザインを描いてるくらい。

 元から『何してんの?』とか話し掛けてくる人はいないけど、他の人に比べて存在感が無いんだろうな。

「いーとーせっ」

「っ!?」

 ぽん、と肩を叩かれて、それまで考えていたことが頭から吹き飛んだ。

 見れば木嶋くんがにっこりと笑っていて、『着いたよ』と空き教室を指さす。

「あ、っ……ほんと、だ」

 あはは、と意味もなく笑っていると、木嶋くんが先に入って椅子を二人分持ってきてくれる。

「……ありがとう」

 ぺこりと小さくお辞儀をすれば『いーえ』と返ってくるのが、僕たちのお決まりだ。

「さっ、食べよーぜ」

 言いながら木嶋くんは椅子に座ると、購買で買ってきたらしい焼きそばパンを開けて一口かじる。

 僕はお弁当だから、それに比べると木嶋くんが圧倒的に早く食べ終わる。

 もちろんその間、木嶋くんがポツポツ話し掛けるから会話は途切れない。

 ただ、二人きりの時は余計にお弁当の味がしなかった。