むすんで、ほどいて、君の名を呼ぶ

「──よし、出来たっ」

 小さく呟いたつもりだったけど、やけに大きく部屋に響いた気がする。

 でもそう思ったのはほんの一瞬だけで、僕は目の前に広がる『作品』をそっと手に取った。

 白くてふわふわした毛糸で編んだ、手の平に収まるくらいの小さな犬のぬいぐるみ。

 目は普通だと差し込むタイプや縫い付けるタイプの黒いパーツか、単に編み込んでいくのが主流だ。

 でも、僕はその代わりにビー玉によく似た、綺麗なパーツを探してきて縫い付ける。

 編み方が多少不格好でも可愛くなるから、重宝しているものの一つだった。

「ふふ、可愛い」

 無意識に笑みが浮かんで、ぽつりと思ったことが口から溢れる。

 毛糸が柔らかいから手触りもよくて、何より見た目が可愛い。

 小さなものだと三十分も掛からずに編めるから、時間を忘れて無心で二つ三つと量産している事もザラにある。

「……って、もうこんな時間」

 ぱっと傍に置いている時計を見ると、午後十一時をとっくに過ぎていた。

 明日は土曜日で学校は休みだけど、早めに家を出ないと目的のもの──限定色の毛糸の発売日に間に合わない。

 こればっかりは店舗のみの販売で、一人いくつまでっていう個数制限もある。

 特に編みものが好きな人──女の人が、こぞって集まると思う。

 正直、普段はそういう所に行くのは気(おく)れしてしまうけど、明日は心強い『味方』が居るから無敵だった。

「……おやすみ」

 僕は椅子から立ち上がると、今しがた作ったばかりの『あみぐるみ』の頭をそっと撫でる。

 ベッドの上には、小さい頃から大好きなゲームのキャラクターがちょこんと座っている。

 僕はそのまま、そのキャラクター──リオと呼んでいる──に抱き着いた。

「おまたせ、今日も一緒に寝ようね」

 ぎゅう、と力いっぱい抱き締めると、程よい柔らかさが返ってくる。

 赤くて鋭い瞳は意志が強そうで、でもよくよく見ると可愛くて、愛おしかった。




 窓からは太陽の柔らかい光が顔を覗かせていて、ベッドに座らせているリオの背中を淡く照らしていた。

「──えーっと、あと持っていくものは……」

 ある程度のまとまったお金は持ったし、たくさん毛糸が入るエコバッグも二つカバンに詰め込んだ。

 一つは僕の、もう一つは一緒に行く約束をした女の子の分だ。

 わざわざ用意しなくてもお店が無料で袋に入れてくれるけど、ただでさえ僕は『男』だから目立つ。

 ちらりと部屋の姿見で全身を見回してみるけど、どこからどう見ても……いや、確実に浮いてしまう。

 百六十九センチの、同性にしては高くも低くもない中途半端な身長を猫背で誤魔化して、服装はシンプルな黒一色。

 誰か知ってる人に会ったら嫌だから、一応黒いキャップを被って、ちょっとポーズを取ってみる。

 ……うん、壊滅的に似合わない。

「そばかす、消した方がいいかな」

 鏡に顔を近付けて、ちょんとそばかすのある頬の辺りを触る。

 といっても薄くてそんなに目立たないから、帽子を被っていたらもっと分からない。

 そもそも自分の見た目を嫌だと思う事はあんまりなくて、それよりも一緒に行く女の子が嫌な思いをしないかな、ってそんなことばかりだった。

「……よし」

 僕は手早くコンシーラーを手に取って、頬に軽くのせた。

 その後にファンデーションを少しと、あとは日焼け止めを塗ったら終わりだ。

 我ながら、毎日女の子と似たような事をしてるなと思う。

 朝起きてすぐに顔を洗うと化粧水に始まって乳液、それからクリームを顔全体に馴染ませてから、やっと僕の一日が始まる。

 まぁ仲いい友達もあんまりいないのに、誰に顔を見せるんだって話になるんだけど。

「もう大丈夫かな」

 改めて自分の顔を包み込むようにして鏡を覗き込んでいると、丁度机に置いているスマホが振動した。

『外で待ってるね』

 通知が表示した文章は簡潔なもので、次に送られてきた丸みのあるうさぎのスタンプは彼女がよく使っているものだ。

 うるうるしたつぶらな瞳が可愛くて、先に使っていたのは僕だけど後から真似してきたんだよね。

「分かった、……っと」

(かおる)、来たよ〜!」

 ポン、と僕も同じうさぎのスタンプを送ると、今度は外から大きな声が聞こえた。

「もう終わるから待ってって」

 はは、と小さく苦笑しながら、彼女の明るい太陽みたいな笑顔を想像する。

 元気なのはいいことだけど僕とは真逆な性格だから、時々羨ましいと思う。

「お待たせっ……!」

 カバンとスマホを持って急いで外に出た瞬間、冬特有の冷たい空気が肌を突き刺した。

「おっそーい! 五分遅刻!」

 玄関を出ると同時に、黒いダウンジャケットに身を包んだ女の子が僕を見てびしりと指さしてくる。

「上から私の声聞こえてたよね、こんなに寒いのに女の子を待たせるなんて……っ」

「ごめんって、これ貸すから許して」

 僕は慌てて巻いていたお手製のマフラーを、未だ何か言いたそうな夢菜(ゆな)の首に巻き直す。

 今日の服装に合わせて黒にしたけど……うん。すらりとした長身の夢菜によく似合う。

 そのまま流れるように夢菜の足元を見ると、走る事も見越してスニーカーを履いてきてくれたみたいだ。

「大丈夫、走ったら間に合うよ」

 ……って言ったはいいけど、本当はあんまり走らせたくない。

 女の子だし、何より僕に付き合ってくれるだけで申し訳ないから。

 まぁ夢菜にそんなこと言ったら『馬鹿なの!?』って怒られる。

 でも間に合わなくなったら、背に腹は変えられないからその時はその時だ。

 ここ最近の編みものブームはすごくて、頑張ってお店まで走ったとしても、もう売り切れてるかもしれない。

 というのも、僕が編みものを始めた中学の頃とは、まるっきり変わっていた。

 店舗へ行けばもう完売御礼の札があったり、入荷待ちの札があったり……通販で買おうにも、発売直後だとサイトに張り付いてないと駄目なくらいだ。

「っ、間に合う……かな」

 やや早歩きで夢菜と隣り合って駅までの道を歩きながら、ぽつりと小さく呟く。

「なぁに弱気になってるの! そういうとこ、薫の悪い癖だよ!」

「痛っ! な、何も叩くことないだろ……!?」

 パシンと背中を思いっきり叩かれて、若干涙目になる。

 夢菜の男勝りな性格も治した方がいいと思うんだけど……あ、反論しちゃ駄目な顔してる。

 夢菜はきゅうと眉根を寄せて、尚もまくし立ててくる。

「喝を入れたの! いっつもオドオドうじうじ……私がいるのに、しっかりしない薫も薫だし」

 そこまで言うと、夢菜はどうしてか立ち止まった。
「……夢菜?」

 ちょっと、いや本当に急がないとなんだけど。

 怪訝(けげん)に思って僕が夢菜の方を振り返ると同時に、夢菜はいなくなっていた。

 ううん、正確には僕が振り返ったのに合わせて走り出したんだ。

「走ろっ、薫! 先に行ってるから!」

「え、ちょっと……!?」

 夢菜は陸上部に所属していて、それこそインターハイに出場して上位に食い込むくらい速い。

 帰宅部なのに加えて運動も苦手だから、男女の体力差とかそういうのは関係なく、僕じゃ到底追い付けない。

 ちらりとスマホを見ると、次の電車まであと十分くらい。

 ここから駅まで頑張って走ったとしても、結構ギリギリかもしれない。

 その後は階段を駆け上がらないといけなくて、なんだか僕の脚が先に死にそうな気がする。

 でも悩んでる暇はない。

 僕は大きく息を吸い込むと、もう米粒くらい小さくなっている夢菜の背中を追った。