「…………本当に皇帝陛下だった」
鏡の自分を覗き込みながら、崔蓉蓉はつぶやく。今の衣装は水色の絹の襦裙に藍色のひらひらした披帛。髪は結い上げられ、いくつものかんざしで飾られている。
実に妃嬪らしい装いと言えよう。
朝から崔蓉蓉を妃とする、という詔が出されたために宮女の宿舎は大騒ぎだった。
宮女たちに質問攻めにされそうになったが、詔を持ってきた宦官が一喝してその場は収まった。
そして、崔蓉蓉はあれよあれよと服を着替えさせられ、瑠璃宮という宮に輿に乗せられ運ばれた。これから瑠璃宮が崔蓉蓉の住まいであるらしい。
はあっとため息をつく。
(これからどうなるのかしら?)
「崔妃様、皇帝陛下がお越しになるとのことです」
部屋の外から女官の声が聞こえる。
「わかりました…………じゃなかった、わかったわ」
部屋を出て門前に向かう。妃嬪というものはこうして皇帝を迎えるらしい。
少しすれば、皇帝が乗る輿がこちらに向かって来るのが見えた。
大勢の女官、宦官らを引き連れた輿は徐々に瑠璃宮へと近づく。
(そういえば、皇帝陛下のお顔って見たことないわ)
雀の姿は見たが人間の姿を見るのはこれが初めてか。
輿が到着したが、傘がある輿なのでいまいち顔が見えない。深く頭を下げて揖礼する。
「皇帝陛下にご挨拶申し上げます」
「表を上げよ」
あの雀と同じ声が聞こえた。
崔蓉蓉は顔を上げた。
目の前には黄色の衣をまとう二十歳ほどの青年がいた。唇は薄く、鼻は高い。少しつり目がちだ。猛禽のような鋭さがある。どこか冷気を感じる氷のような美貌の男。まさに天下一の美貌と呼ぶにふさわしい。
あの雀の可愛さはどこにもなかった。
「崔妃よ、部屋に参ろうか」
「……は、はい、陛下」
崔蓉蓉は、慌てて答える。あの雀と目の前の男がどうも繋がらなくてポカンとしてしまった。
瑠璃宮の一室に入ると、皇帝お付きの女官が持ってきた湯圓を卓に並べてくれた。
茉莉花茶も淹れると雷暁宇は人払いした。
その場に二人きりになる。
「…………」
沈黙が落ちる。
(私から話を振るべき?)
崔蓉蓉が迷っていると雷暁宇が口を開いた。
「湯圓は好きか?」
「え? は、はい」
「私も好きだ。このような寒い時期にはよく食べる。身体が暖まるしな。餡は胡麻でも落花生でもどちらも美味だ」
と、雷暁宇は今までの冷たさを崩して笑った。それに崔蓉蓉は驚く。
こんなに柔らかく笑う人なのか。
「ん? どうした?」
びっくりしたのが顔に出ていたのかもしれない。
「いえ、何でもありません」
ごまかすように、崔蓉蓉は側に置いてあった湯圓に口をつける。湯圓はもちもちとした団子を湯に浮かべたものだ。中の餡は落花生であった。
「美味しいです、陛下」
「そうか」
微笑む雷暁宇に崔蓉蓉は『笑わない氷の美貌』なんて言われていたのは何なのかと思う。
氷というより春のような暖かささえ感じる。
緊張が多少は解けていくのがわかった。
「それで、だが。私の事情は昨日、一通り話したな」
「はい。陛下……ですが、どうして私を妃に?」
「理由はいくつかある。一つ目。即位して三ヶ月。私が後宮に行くのは弟に会うためくらいだ。それが臣下たちは気がかりらしい。誰でもいいから妃嬪を持てと。私は夜はあの姿なのにな。夜は人払いして龍麗宮の一室に籠るようにしているのだ。だが、事情を知るそなたを妃にして龍麗宮へ呼べば臣下たちも多少は黙るだろう。二つ目。そもそも私は後宮通いなんてするより政務がしたい。三つ目。そなたは雀の姿の私と会話出来る。そして宰相は事情を知っている。そなたを通訳にすれば宰相と政務のことが進められる。四つ目。そなたに解呪を任せたい。妃という立場は何かと便利であろう」
雷暁宇は一息、置いて言った。
「巻き込んで、すまなかった」
そして、崔蓉蓉に頭を下げた。それに崔蓉蓉はひどく驚く。
「へ、陛下。そんなことはお止めください」
雷暁宇は頭を上げる。それに崔蓉蓉は、ほっとする。さすがに、皇帝に頭を下げられるなんて思わなかった。
「解呪が終わったらいくらでも褒美を渡す。そして解放しよう。後宮から出ていってもよい」
皇帝の言葉に崔蓉蓉は何て返せばいいのかわからなかった。
だから、とりあえず感謝の言葉を述べてから、他の気になっていたことを訊いた。
「……えっと、ありがとうございます。……陛下は夜は龍麗宮にいらっしゃるようにしているのですよね? でも、昨日は後宮になぜいらしたのです?」
「突然、どこからか梟が現れた。とっさに小窓から逃げたのだ」
「どこからか入り込んだのでしょうか」
「だが、部屋は閉まっていた。急に現れた。幽鬼のようにな。部屋には小窓があるがせいぜい雀が通れるくらいの大きさだ」
「幽鬼のように……」
崔蓉蓉はふむと手で顎を触った。
思い至るものがあった。
「おそらくただの梟ではなく幽鬼に近いもの……ようするに蠱でしょう。……そして、それを行使する呪術師がどこかにいるのかと」
「蠱だと?」
「はい。呪術師をどうにかしなければなりません。陛下を恨んだものが呪術師を雇ったのか、それとも呪術師自身が陛下に恨みがあるのか……。心当たりはありませんか?」
「わからぬ」
雷暁宇は苦笑した。
「何せ、恨まれるようなことは散々してきたのでな。誰に命を狙われてもおかしくないのだ」
「……それは……」
「恨まれることは仕方がない。だが、今、私が死ぬわけには行かぬ。私が倒れたら次の皇帝は弟だ。まだ、六歳。また国が乱れる」
雷暁宇の目は力強い。きっとこの人は本気で国のことを想っているのだろうと崔蓉蓉は思った。父帝を弑したのもこれ以上、国を乱してはならないという想いからだったのではないだろうか。
「……陛下。私、陛下にご協力いたします。必ずや呪術師を見つけましょう」
だから、崔蓉蓉は雷暁宇にそう告げた。巻き込まれた以上、仕方ない。出来る限り協力しようと思った。
「ありがとう」
雷暁宇はそう笑って返した。
「そうだ、これから弟に会いに行くのだ。そなたも来るといい」
雷暁宇の誘いに崔蓉蓉は頷いたのだった。
「兄上! おまちしておりました!」
蓮池の近くで、少年の声が響いた。
青緑色の絹の衣をまとう幼い少年は、兄の雷暁宇に駆け寄った。
「浩然! 元気にしていたか?」
雷暁宇が微笑む。
「はい! ……あ、こちらのかたは?」
浩然は、雷暁宇の後ろに控えていた崔蓉蓉に気付いたようで視線を向ける。
「こんにちは、殿下。崔蓉蓉と申します。陛下の妃になったばかりのものです」
と崔蓉蓉は挨拶をした。
雷浩然はニコリと笑って頭を下げた。
「こんにちは。わあ、では義姉上ですね! 兄上もとうとう奥さんができたのですね! よろしくおねがいしますね!」
(事情があって妃になっただけだから、いずれは辞めるけれど……)
そんな事情はほとんどの人間は知らないのだ。
「ええ、殿下。こちらこそよろしくお願いいたします」
崔蓉蓉も頭を下げ返した。
「あら、陛下もとうとう妃嬪を娶ったとお聞きしましたがこのように可愛らしいお嬢さんでしたのね」
鈴の鳴るような女の声が聞こえた。
しずしずとこちらに深緋色の襦裙の女が歩いてきていた。年の頃は三十ほどか。宦官と女官たちを従えている。
崔蓉蓉は揖礼した。先帝の妃嬪の一人だろうことはわかった。おそらくは雷浩然の母妃だろう。
「月季太妃」
雷暁宇は女をそう呼ぶ。
「陛下、ごきげんよう」
月季太妃は微笑む。
「月季太妃様にご挨拶申し上げます」
と崔蓉蓉は言った。
「こんにちは。会えて嬉しいですわ」
「母上! 兄上に奥さんができたんですよ。ぼく、うれしいです!」
「私も嬉しいですわ、陛下。やっと妃嬪をお持ちになって。可愛らしい方ですね」
雷暁宇は崔蓉蓉の肩に手を優しく置いた。
「ああ、月季太妃。朕もとても可愛らしい妃だと思っている」
そう言われて顔が熱くなるのを感じた。
(そう言わないと不自然に見えるから、陛下はそうおっしゃってるだけなのに……!)
そう思うものの、肩に置かれた手も気になる。雷暁宇と距離が近い。
少し、ドキドキした。
日が暮れかけた頃、崔蓉蓉は雷暁宇に呼ばれて龍麗宮に来ていた。
龍麗宮の一室にて、崔蓉蓉、雷暁宇、王宰相の三人が円卓を囲んで座っていた。烏龍茶が卓には置かれている。
その部屋をキョロキョロと崔蓉蓉は見渡してしまう。はっきり言うとかなり想像と違った。
犬、猫、鳥、兎、亀などといった娃娃がぎっしりと並べられていた。
さまざまな種類があるが、雀が多かった。
(可愛い……!)
と崔蓉蓉はうっとりしていた。
さすが皇帝。娃娃は一見簡素に見えるが職人技によるものだと、よく見ればわかる。
こほんと雷暁宇が咳払いした。
「こんな変な部屋ですまないな。ここが、私の私室だ。この部屋にも結界が張ってあったのだが、この間は梟に侵入されてしまった。……後で結界を張り直してくれないだろうか?」
おそらく、結界は数カ月かけて徐々に破られ、梟が侵入出来る隙が作られたのだろう。
「結界のことはお任せください。というか……変な部屋って何ですか? とんでもない! 可愛らしいじゃありませんか!」
崔蓉蓉は目を輝かせて言った。
雷暁宇は目を見開く。
「本気で言っているのか?」
「本気です」
「そなたは……何というか変わっているな。普通、皇帝がこのような趣味だと変人だとか情けないとか思われるはずだが……」
「そんなことありませんよ!」
崔蓉蓉は断言した。
その勢いに押されたのか雷暁宇は、
「……そうか」
とだけ静かに言ってから笑う。その笑顔に、ドキリとする。
それを見ていた王宰相は意外そうな顔をした。
「このまま、本当の妃になさったらいかがですか?」
「え?」
その言葉に崔蓉蓉は驚く。
「馬鹿言うな。この件が終わったら彼女は自由の身だ」
「しかし、陛下が笑うなんて弟君の前くらいしかありませんでしたから。それが、崔妃様には笑いかけていらっしゃる。陛下は崔妃様を大層、気に入っていらっしゃるようで」
「……笑ったのは深い意味はない。気に入ったというわけでもない。勘違いするな」
その雷暁宇の言葉に少しがっかりするのはなぜだろうか。勘違いするな、という言葉は崔蓉蓉にも投げかけられたようで少し悲しい。
まだ出会ってまもない仲だというのに、そんなことを思う自分に崔蓉蓉は呆れた。
気持ちを振り払うように崔蓉蓉は提案した。
「まずは、結界を張り直してもいいですか?」
「頼む」
崔蓉蓉は呪言を唱える。すると、花びらが周りに散る。とはいえ、本物の花びらではない。まぼろしだ。
二人が息を飲むのがわかった。
やがて、花びらは消えた。
「結界を修復しました。とはいえ、また数カ月したら破られるかもしれませんが」
「そうか。ありがとう」
雷暁宇が感謝の言葉を述べた。
「……陛下、そろそろでは?」
王宰相が小窓に目を向けた。崔蓉蓉も小窓の外を見た。
日が落ちている。
雷暁宇を見れば、パッと一瞬だけ光り、彼の姿はかき消えた。
衣だけ残る。
衣がわずかに膨らんだところがあって、もぞもぞと膨らみは移動しながら服の中から這い出てきた。
可愛らしい雀が姿を見せる。雀は卓まで飛んできた。
『可愛い……雀は可愛いがなぜ雀なんだ。せめて猛禽なら外に出て、官吏や宦官たちが何を考えているか偵察出来るというのに。雀だと猫や猛禽、烏に食われかねないから外にもろくに出られぬ』
「崔妃様、陛下がちゅんちゅんと仰っていますがなんと?」
「雀じゃなくて猛禽が良かったと仰せです。それなら、官吏や宦官の偵察が出来るからと」
「おお」
王宰相は感嘆した。
「崔妃様のおかげで、陛下と夜も会話が出来ますな。感謝いたします」
「いえ、お役に立てれば良いのですが」
『早速だが、政の話がしたい。崔妃、通訳を頼む。まずは――』
そうして、夜は更けていく。
ちなみに、朝の日が昇る頃には彼は人間に戻った。その時は後ろを向いていろ、と言われたので崔蓉蓉は素直に、従ったのだった。
それから数日。二人は龍麗宮のあの部屋にいた。王宰相は後から来るそうでまだ来ていなかった。
「わあ、可愛らしいですね、陛下」
「そうであろう。一流の娃娃職人に作らせたのだ。……本当に可愛らしい。たまに、このようなものになってみたいと思っていたほどだ。……困った形で実現されてしまったが」
雀の小さなころんとした娃娃を崔蓉蓉は見つめた。
「……そなたにやろう」
「え?」
「いらぬか?」
本音を言うと欲しい。
「……欲しいです」
欲に負けて崔蓉蓉はそう言った。雷暁宇は鷹揚に笑って、崔蓉蓉の手のひらに小さな雀を乗せたのだった。
「可愛いです。大事にします!」
崔蓉蓉は心から言ったのだった。
「うーん、困ったわね」
妃となって一ヶ月ほど。
雷暁宇とは可愛いものの話をよくするようになった。彼はそういったものが好きなのだ。そして、崔蓉蓉もそういったものが好きだった。
しかし、まだ、解呪や梟を仕掛けた犯人を見つけるための解決の糸口は見えない。警戒しているのか、あの梟の姿も見ない。
だが、雷暁宇を狙っているならいずれは何かを仕掛けてくるはずだ。それは間違いない。
「崔妃様、そろそろお時間です」
女官に呼ばれ、崔蓉蓉は返事をする。
「わかった、今行くわ」
今日はお茶会に呼ばれていたのだ。月季太妃に招かれている。
お茶会場所である月季太妃の住まう宮に向かうと彼女はわざわざ門前で待っていてくれた。
「お待ちしておりましたわ」
「お招きいただき、ありがとうございます」
月季太妃の案内で、中庭を通る。冬薔薇が鮮やかに咲いていた。ほかにも花はつけいないが、いくつもの鈴蘭や椿、梅の木、桜の木などといった花を咲かす植物が植えてあった。
通された一室は、月季の名を冠する彼女にふさわしく月季の意匠がされた卓と椅子が置かれていた。
すでに卓には月季が描かれた皿に乗せられた酥と果酱が置かれていた。
そして部屋には、すでに一人の女が座っていた。萌黄色の襦裙。黒髪は結い上げられ銀の歩揺が揺れていた。
「孫太妃様、ご挨拶申し上げます。崔妃でございます」
崔蓉蓉が言うと孫太妃は、ふんと鼻を鳴らした。
(か、感じ悪すぎない!?)
「孫太妃、この方が崔妃ですわ。実に可愛らしい方でしょう」
笑う月季太妃に孫太妃は言う。
「普通よ」
「あら? 私はとても可愛らしいと思いますわ。……とにかく、座りましょうか」
後半は崔蓉蓉に月季太妃は言って、椅子に腰かける。
「はい、座らせていただきます」
崔蓉蓉も椅子に腰掛けた。
「果酱に酥をつけて食べるのがおすすめですわ。この果酱はお手製の月季果酱ですの。」
「私はいらないわ。月季って好きじゃないもの」
孫太妃が言った。
(孫太妃様って嫌味を言いに来たのかしら?)
度々、月季太妃とお茶会をしているらしいが万事、こんな感じなのか。
「あら、残念」
月季太妃が少し悲しげに微笑む。
「あなたは食べてくださる?」
月季太妃は崔蓉蓉に笑顔を向けた。
「もちろん、いただきます」
そして、崔蓉蓉は月季果酱を開けると酥につけた。
月季太妃も同じようにした。
「では、いただきましょう」
「はい、いただきます」
月季太妃の言葉に頷いて、月季果酱の塗られた酥をかじった。月季太妃も、酥を口にしている。
(あれ……?)
だが、すると胸が急に苦しくなった。くらくらする。目の前が徐々に暗くなる。
「月季太妃……!? 崔妃!? 誰か! 太医を呼んで!」
孫太妃の叫びで、月季太妃も自分と同じ状況とわかった。
意識を手放さないように努めたが、むなしく暗闇に意識が落ちるのがわかった。
「……ここは?」
崔蓉蓉は、うっすらと目を開けた。
知らない天蓋だった。
どうやらふかふかの寝台に自分は寝ているようだと気づく。そして、周りにはたくさんの娃娃が置かれていた。
(可愛い……)
「目が覚めたか!」
突然、手を取られて、ひどくびっくりした。しかし、雷暁宇だと気づくとホッとした。
「陛下……? ここは……?」
「龍麗宮の寝台だ。そなた、三日も眠っていたのだぞ」
「それは……ご心配をおかけしました。申し訳ありません」
雷暁宇が顔をしかめる。
「なぜ謝る? そもそもそなたがこのような目にあったのは私がそなたを巻き込んだせいではないか。謝るのは私のほうだ。……すまない」
雷暁宇が頭を下げるので崔蓉蓉は慌てる。
「皇帝陛下がそんな簡単に頭を下げるのはいかがなものかと……!」
「簡単ではない。本当にすまないと思っている。そなたがもし命を落としていたらと思うと……」
真剣な声音に、まなざしに息を飲む。思わず、雷暁宇から少し目を背けて崔蓉蓉は他の話題を出した。
「……私はなぜ、倒れたのです? 月季太妃様は?」
「月季果酱の中に鈴蘭の実が混ざっていたのだ。月季太妃はそなたより早く目を覚ました」
(鈴蘭……。確かに鈴蘭には毒があるわ。しかも、実には特に強い毒がある)
崔蓉蓉は思案する。頭の中で欠片がはまりそうだった。
「孫太妃が容疑者として、今は獄にいる。月季太妃は、お茶会が行われた部屋を離れてそなたを待っていた。その間に、果酱はすでに卓にあった。とすると、鈴蘭の実を混ぜたのは孫太妃の可能性が高い。しかも、孫太妃は倒れず、そなたと月季太妃は倒れた。孫太妃と月季太妃は仲が悪かったからな」
だが、と雷暁宇は眉間にシワを寄せる。
「これは不可解だ。まるで孫太妃が犯人と言わんばかり。孫太妃といえど、そんなにわかりやすく『私が犯人です』といわんばかりの犯行をするだろうか。しかし、衝動的な犯行の可能性もある……」
「陛下。私、犯人がおそらくわかりました」
「なに?」
雷暁宇の瞳は驚きの色に染まっている。
「……そして今回の事件の犯人と、梟を操る呪術師、陛下を雀にしたものは、すべて同一人物でしょう」
鏡の自分を覗き込みながら、崔蓉蓉はつぶやく。今の衣装は水色の絹の襦裙に藍色のひらひらした披帛。髪は結い上げられ、いくつものかんざしで飾られている。
実に妃嬪らしい装いと言えよう。
朝から崔蓉蓉を妃とする、という詔が出されたために宮女の宿舎は大騒ぎだった。
宮女たちに質問攻めにされそうになったが、詔を持ってきた宦官が一喝してその場は収まった。
そして、崔蓉蓉はあれよあれよと服を着替えさせられ、瑠璃宮という宮に輿に乗せられ運ばれた。これから瑠璃宮が崔蓉蓉の住まいであるらしい。
はあっとため息をつく。
(これからどうなるのかしら?)
「崔妃様、皇帝陛下がお越しになるとのことです」
部屋の外から女官の声が聞こえる。
「わかりました…………じゃなかった、わかったわ」
部屋を出て門前に向かう。妃嬪というものはこうして皇帝を迎えるらしい。
少しすれば、皇帝が乗る輿がこちらに向かって来るのが見えた。
大勢の女官、宦官らを引き連れた輿は徐々に瑠璃宮へと近づく。
(そういえば、皇帝陛下のお顔って見たことないわ)
雀の姿は見たが人間の姿を見るのはこれが初めてか。
輿が到着したが、傘がある輿なのでいまいち顔が見えない。深く頭を下げて揖礼する。
「皇帝陛下にご挨拶申し上げます」
「表を上げよ」
あの雀と同じ声が聞こえた。
崔蓉蓉は顔を上げた。
目の前には黄色の衣をまとう二十歳ほどの青年がいた。唇は薄く、鼻は高い。少しつり目がちだ。猛禽のような鋭さがある。どこか冷気を感じる氷のような美貌の男。まさに天下一の美貌と呼ぶにふさわしい。
あの雀の可愛さはどこにもなかった。
「崔妃よ、部屋に参ろうか」
「……は、はい、陛下」
崔蓉蓉は、慌てて答える。あの雀と目の前の男がどうも繋がらなくてポカンとしてしまった。
瑠璃宮の一室に入ると、皇帝お付きの女官が持ってきた湯圓を卓に並べてくれた。
茉莉花茶も淹れると雷暁宇は人払いした。
その場に二人きりになる。
「…………」
沈黙が落ちる。
(私から話を振るべき?)
崔蓉蓉が迷っていると雷暁宇が口を開いた。
「湯圓は好きか?」
「え? は、はい」
「私も好きだ。このような寒い時期にはよく食べる。身体が暖まるしな。餡は胡麻でも落花生でもどちらも美味だ」
と、雷暁宇は今までの冷たさを崩して笑った。それに崔蓉蓉は驚く。
こんなに柔らかく笑う人なのか。
「ん? どうした?」
びっくりしたのが顔に出ていたのかもしれない。
「いえ、何でもありません」
ごまかすように、崔蓉蓉は側に置いてあった湯圓に口をつける。湯圓はもちもちとした団子を湯に浮かべたものだ。中の餡は落花生であった。
「美味しいです、陛下」
「そうか」
微笑む雷暁宇に崔蓉蓉は『笑わない氷の美貌』なんて言われていたのは何なのかと思う。
氷というより春のような暖かささえ感じる。
緊張が多少は解けていくのがわかった。
「それで、だが。私の事情は昨日、一通り話したな」
「はい。陛下……ですが、どうして私を妃に?」
「理由はいくつかある。一つ目。即位して三ヶ月。私が後宮に行くのは弟に会うためくらいだ。それが臣下たちは気がかりらしい。誰でもいいから妃嬪を持てと。私は夜はあの姿なのにな。夜は人払いして龍麗宮の一室に籠るようにしているのだ。だが、事情を知るそなたを妃にして龍麗宮へ呼べば臣下たちも多少は黙るだろう。二つ目。そもそも私は後宮通いなんてするより政務がしたい。三つ目。そなたは雀の姿の私と会話出来る。そして宰相は事情を知っている。そなたを通訳にすれば宰相と政務のことが進められる。四つ目。そなたに解呪を任せたい。妃という立場は何かと便利であろう」
雷暁宇は一息、置いて言った。
「巻き込んで、すまなかった」
そして、崔蓉蓉に頭を下げた。それに崔蓉蓉はひどく驚く。
「へ、陛下。そんなことはお止めください」
雷暁宇は頭を上げる。それに崔蓉蓉は、ほっとする。さすがに、皇帝に頭を下げられるなんて思わなかった。
「解呪が終わったらいくらでも褒美を渡す。そして解放しよう。後宮から出ていってもよい」
皇帝の言葉に崔蓉蓉は何て返せばいいのかわからなかった。
だから、とりあえず感謝の言葉を述べてから、他の気になっていたことを訊いた。
「……えっと、ありがとうございます。……陛下は夜は龍麗宮にいらっしゃるようにしているのですよね? でも、昨日は後宮になぜいらしたのです?」
「突然、どこからか梟が現れた。とっさに小窓から逃げたのだ」
「どこからか入り込んだのでしょうか」
「だが、部屋は閉まっていた。急に現れた。幽鬼のようにな。部屋には小窓があるがせいぜい雀が通れるくらいの大きさだ」
「幽鬼のように……」
崔蓉蓉はふむと手で顎を触った。
思い至るものがあった。
「おそらくただの梟ではなく幽鬼に近いもの……ようするに蠱でしょう。……そして、それを行使する呪術師がどこかにいるのかと」
「蠱だと?」
「はい。呪術師をどうにかしなければなりません。陛下を恨んだものが呪術師を雇ったのか、それとも呪術師自身が陛下に恨みがあるのか……。心当たりはありませんか?」
「わからぬ」
雷暁宇は苦笑した。
「何せ、恨まれるようなことは散々してきたのでな。誰に命を狙われてもおかしくないのだ」
「……それは……」
「恨まれることは仕方がない。だが、今、私が死ぬわけには行かぬ。私が倒れたら次の皇帝は弟だ。まだ、六歳。また国が乱れる」
雷暁宇の目は力強い。きっとこの人は本気で国のことを想っているのだろうと崔蓉蓉は思った。父帝を弑したのもこれ以上、国を乱してはならないという想いからだったのではないだろうか。
「……陛下。私、陛下にご協力いたします。必ずや呪術師を見つけましょう」
だから、崔蓉蓉は雷暁宇にそう告げた。巻き込まれた以上、仕方ない。出来る限り協力しようと思った。
「ありがとう」
雷暁宇はそう笑って返した。
「そうだ、これから弟に会いに行くのだ。そなたも来るといい」
雷暁宇の誘いに崔蓉蓉は頷いたのだった。
「兄上! おまちしておりました!」
蓮池の近くで、少年の声が響いた。
青緑色の絹の衣をまとう幼い少年は、兄の雷暁宇に駆け寄った。
「浩然! 元気にしていたか?」
雷暁宇が微笑む。
「はい! ……あ、こちらのかたは?」
浩然は、雷暁宇の後ろに控えていた崔蓉蓉に気付いたようで視線を向ける。
「こんにちは、殿下。崔蓉蓉と申します。陛下の妃になったばかりのものです」
と崔蓉蓉は挨拶をした。
雷浩然はニコリと笑って頭を下げた。
「こんにちは。わあ、では義姉上ですね! 兄上もとうとう奥さんができたのですね! よろしくおねがいしますね!」
(事情があって妃になっただけだから、いずれは辞めるけれど……)
そんな事情はほとんどの人間は知らないのだ。
「ええ、殿下。こちらこそよろしくお願いいたします」
崔蓉蓉も頭を下げ返した。
「あら、陛下もとうとう妃嬪を娶ったとお聞きしましたがこのように可愛らしいお嬢さんでしたのね」
鈴の鳴るような女の声が聞こえた。
しずしずとこちらに深緋色の襦裙の女が歩いてきていた。年の頃は三十ほどか。宦官と女官たちを従えている。
崔蓉蓉は揖礼した。先帝の妃嬪の一人だろうことはわかった。おそらくは雷浩然の母妃だろう。
「月季太妃」
雷暁宇は女をそう呼ぶ。
「陛下、ごきげんよう」
月季太妃は微笑む。
「月季太妃様にご挨拶申し上げます」
と崔蓉蓉は言った。
「こんにちは。会えて嬉しいですわ」
「母上! 兄上に奥さんができたんですよ。ぼく、うれしいです!」
「私も嬉しいですわ、陛下。やっと妃嬪をお持ちになって。可愛らしい方ですね」
雷暁宇は崔蓉蓉の肩に手を優しく置いた。
「ああ、月季太妃。朕もとても可愛らしい妃だと思っている」
そう言われて顔が熱くなるのを感じた。
(そう言わないと不自然に見えるから、陛下はそうおっしゃってるだけなのに……!)
そう思うものの、肩に置かれた手も気になる。雷暁宇と距離が近い。
少し、ドキドキした。
日が暮れかけた頃、崔蓉蓉は雷暁宇に呼ばれて龍麗宮に来ていた。
龍麗宮の一室にて、崔蓉蓉、雷暁宇、王宰相の三人が円卓を囲んで座っていた。烏龍茶が卓には置かれている。
その部屋をキョロキョロと崔蓉蓉は見渡してしまう。はっきり言うとかなり想像と違った。
犬、猫、鳥、兎、亀などといった娃娃がぎっしりと並べられていた。
さまざまな種類があるが、雀が多かった。
(可愛い……!)
と崔蓉蓉はうっとりしていた。
さすが皇帝。娃娃は一見簡素に見えるが職人技によるものだと、よく見ればわかる。
こほんと雷暁宇が咳払いした。
「こんな変な部屋ですまないな。ここが、私の私室だ。この部屋にも結界が張ってあったのだが、この間は梟に侵入されてしまった。……後で結界を張り直してくれないだろうか?」
おそらく、結界は数カ月かけて徐々に破られ、梟が侵入出来る隙が作られたのだろう。
「結界のことはお任せください。というか……変な部屋って何ですか? とんでもない! 可愛らしいじゃありませんか!」
崔蓉蓉は目を輝かせて言った。
雷暁宇は目を見開く。
「本気で言っているのか?」
「本気です」
「そなたは……何というか変わっているな。普通、皇帝がこのような趣味だと変人だとか情けないとか思われるはずだが……」
「そんなことありませんよ!」
崔蓉蓉は断言した。
その勢いに押されたのか雷暁宇は、
「……そうか」
とだけ静かに言ってから笑う。その笑顔に、ドキリとする。
それを見ていた王宰相は意外そうな顔をした。
「このまま、本当の妃になさったらいかがですか?」
「え?」
その言葉に崔蓉蓉は驚く。
「馬鹿言うな。この件が終わったら彼女は自由の身だ」
「しかし、陛下が笑うなんて弟君の前くらいしかありませんでしたから。それが、崔妃様には笑いかけていらっしゃる。陛下は崔妃様を大層、気に入っていらっしゃるようで」
「……笑ったのは深い意味はない。気に入ったというわけでもない。勘違いするな」
その雷暁宇の言葉に少しがっかりするのはなぜだろうか。勘違いするな、という言葉は崔蓉蓉にも投げかけられたようで少し悲しい。
まだ出会ってまもない仲だというのに、そんなことを思う自分に崔蓉蓉は呆れた。
気持ちを振り払うように崔蓉蓉は提案した。
「まずは、結界を張り直してもいいですか?」
「頼む」
崔蓉蓉は呪言を唱える。すると、花びらが周りに散る。とはいえ、本物の花びらではない。まぼろしだ。
二人が息を飲むのがわかった。
やがて、花びらは消えた。
「結界を修復しました。とはいえ、また数カ月したら破られるかもしれませんが」
「そうか。ありがとう」
雷暁宇が感謝の言葉を述べた。
「……陛下、そろそろでは?」
王宰相が小窓に目を向けた。崔蓉蓉も小窓の外を見た。
日が落ちている。
雷暁宇を見れば、パッと一瞬だけ光り、彼の姿はかき消えた。
衣だけ残る。
衣がわずかに膨らんだところがあって、もぞもぞと膨らみは移動しながら服の中から這い出てきた。
可愛らしい雀が姿を見せる。雀は卓まで飛んできた。
『可愛い……雀は可愛いがなぜ雀なんだ。せめて猛禽なら外に出て、官吏や宦官たちが何を考えているか偵察出来るというのに。雀だと猫や猛禽、烏に食われかねないから外にもろくに出られぬ』
「崔妃様、陛下がちゅんちゅんと仰っていますがなんと?」
「雀じゃなくて猛禽が良かったと仰せです。それなら、官吏や宦官の偵察が出来るからと」
「おお」
王宰相は感嘆した。
「崔妃様のおかげで、陛下と夜も会話が出来ますな。感謝いたします」
「いえ、お役に立てれば良いのですが」
『早速だが、政の話がしたい。崔妃、通訳を頼む。まずは――』
そうして、夜は更けていく。
ちなみに、朝の日が昇る頃には彼は人間に戻った。その時は後ろを向いていろ、と言われたので崔蓉蓉は素直に、従ったのだった。
それから数日。二人は龍麗宮のあの部屋にいた。王宰相は後から来るそうでまだ来ていなかった。
「わあ、可愛らしいですね、陛下」
「そうであろう。一流の娃娃職人に作らせたのだ。……本当に可愛らしい。たまに、このようなものになってみたいと思っていたほどだ。……困った形で実現されてしまったが」
雀の小さなころんとした娃娃を崔蓉蓉は見つめた。
「……そなたにやろう」
「え?」
「いらぬか?」
本音を言うと欲しい。
「……欲しいです」
欲に負けて崔蓉蓉はそう言った。雷暁宇は鷹揚に笑って、崔蓉蓉の手のひらに小さな雀を乗せたのだった。
「可愛いです。大事にします!」
崔蓉蓉は心から言ったのだった。
「うーん、困ったわね」
妃となって一ヶ月ほど。
雷暁宇とは可愛いものの話をよくするようになった。彼はそういったものが好きなのだ。そして、崔蓉蓉もそういったものが好きだった。
しかし、まだ、解呪や梟を仕掛けた犯人を見つけるための解決の糸口は見えない。警戒しているのか、あの梟の姿も見ない。
だが、雷暁宇を狙っているならいずれは何かを仕掛けてくるはずだ。それは間違いない。
「崔妃様、そろそろお時間です」
女官に呼ばれ、崔蓉蓉は返事をする。
「わかった、今行くわ」
今日はお茶会に呼ばれていたのだ。月季太妃に招かれている。
お茶会場所である月季太妃の住まう宮に向かうと彼女はわざわざ門前で待っていてくれた。
「お待ちしておりましたわ」
「お招きいただき、ありがとうございます」
月季太妃の案内で、中庭を通る。冬薔薇が鮮やかに咲いていた。ほかにも花はつけいないが、いくつもの鈴蘭や椿、梅の木、桜の木などといった花を咲かす植物が植えてあった。
通された一室は、月季の名を冠する彼女にふさわしく月季の意匠がされた卓と椅子が置かれていた。
すでに卓には月季が描かれた皿に乗せられた酥と果酱が置かれていた。
そして部屋には、すでに一人の女が座っていた。萌黄色の襦裙。黒髪は結い上げられ銀の歩揺が揺れていた。
「孫太妃様、ご挨拶申し上げます。崔妃でございます」
崔蓉蓉が言うと孫太妃は、ふんと鼻を鳴らした。
(か、感じ悪すぎない!?)
「孫太妃、この方が崔妃ですわ。実に可愛らしい方でしょう」
笑う月季太妃に孫太妃は言う。
「普通よ」
「あら? 私はとても可愛らしいと思いますわ。……とにかく、座りましょうか」
後半は崔蓉蓉に月季太妃は言って、椅子に腰かける。
「はい、座らせていただきます」
崔蓉蓉も椅子に腰掛けた。
「果酱に酥をつけて食べるのがおすすめですわ。この果酱はお手製の月季果酱ですの。」
「私はいらないわ。月季って好きじゃないもの」
孫太妃が言った。
(孫太妃様って嫌味を言いに来たのかしら?)
度々、月季太妃とお茶会をしているらしいが万事、こんな感じなのか。
「あら、残念」
月季太妃が少し悲しげに微笑む。
「あなたは食べてくださる?」
月季太妃は崔蓉蓉に笑顔を向けた。
「もちろん、いただきます」
そして、崔蓉蓉は月季果酱を開けると酥につけた。
月季太妃も同じようにした。
「では、いただきましょう」
「はい、いただきます」
月季太妃の言葉に頷いて、月季果酱の塗られた酥をかじった。月季太妃も、酥を口にしている。
(あれ……?)
だが、すると胸が急に苦しくなった。くらくらする。目の前が徐々に暗くなる。
「月季太妃……!? 崔妃!? 誰か! 太医を呼んで!」
孫太妃の叫びで、月季太妃も自分と同じ状況とわかった。
意識を手放さないように努めたが、むなしく暗闇に意識が落ちるのがわかった。
「……ここは?」
崔蓉蓉は、うっすらと目を開けた。
知らない天蓋だった。
どうやらふかふかの寝台に自分は寝ているようだと気づく。そして、周りにはたくさんの娃娃が置かれていた。
(可愛い……)
「目が覚めたか!」
突然、手を取られて、ひどくびっくりした。しかし、雷暁宇だと気づくとホッとした。
「陛下……? ここは……?」
「龍麗宮の寝台だ。そなた、三日も眠っていたのだぞ」
「それは……ご心配をおかけしました。申し訳ありません」
雷暁宇が顔をしかめる。
「なぜ謝る? そもそもそなたがこのような目にあったのは私がそなたを巻き込んだせいではないか。謝るのは私のほうだ。……すまない」
雷暁宇が頭を下げるので崔蓉蓉は慌てる。
「皇帝陛下がそんな簡単に頭を下げるのはいかがなものかと……!」
「簡単ではない。本当にすまないと思っている。そなたがもし命を落としていたらと思うと……」
真剣な声音に、まなざしに息を飲む。思わず、雷暁宇から少し目を背けて崔蓉蓉は他の話題を出した。
「……私はなぜ、倒れたのです? 月季太妃様は?」
「月季果酱の中に鈴蘭の実が混ざっていたのだ。月季太妃はそなたより早く目を覚ました」
(鈴蘭……。確かに鈴蘭には毒があるわ。しかも、実には特に強い毒がある)
崔蓉蓉は思案する。頭の中で欠片がはまりそうだった。
「孫太妃が容疑者として、今は獄にいる。月季太妃は、お茶会が行われた部屋を離れてそなたを待っていた。その間に、果酱はすでに卓にあった。とすると、鈴蘭の実を混ぜたのは孫太妃の可能性が高い。しかも、孫太妃は倒れず、そなたと月季太妃は倒れた。孫太妃と月季太妃は仲が悪かったからな」
だが、と雷暁宇は眉間にシワを寄せる。
「これは不可解だ。まるで孫太妃が犯人と言わんばかり。孫太妃といえど、そんなにわかりやすく『私が犯人です』といわんばかりの犯行をするだろうか。しかし、衝動的な犯行の可能性もある……」
「陛下。私、犯人がおそらくわかりました」
「なに?」
雷暁宇の瞳は驚きの色に染まっている。
「……そして今回の事件の犯人と、梟を操る呪術師、陛下を雀にしたものは、すべて同一人物でしょう」

