好きだ。
そう思った日があった。
運動もできて、勉強もできて、そんな完璧な君のことを、私は好きになってしまった。
あたたかな日差しが降り注ぐ日のことだった。
卒業シーズンで盛り上がる校内と一線を画し、特進クラスの教室は凛とした空気が漂っていた。
そんな特進クラスにも少しロマンスはやってくるようで、普段よりはそわそわとした雰囲気だった。
「ねえ、ひより。もうすぐ三年生卒業だねー」
休み時間に問題集を解いていた私のもとに、友達のはなちゃんが話しかけてきた。
「うん。なんかみんなそわそわしてる感じじゃない?」
「確かに。告白する人とかいるみたいだよ」
告白、か。恋愛に興味のない私には程遠いなあ…。
それでも教室には、恋愛の話で盛り上がっている子たちがたくさんいた。
みんなそんなに恋を楽しんでいるんだなあ、と勝手に感じる。
すると、はなちゃんが、
「そういえばさ、塩谷くん、三年生の先輩に告白されたんだって!でもあっさり断ったって聞いたな」
「あ、それ…」
それ、私見ちゃったんだ。
塩谷くんは、私たちと同じ特進クラスだ。文武両道で才色兼備、性格の良さもあり、校内で一番かっこいいと言われている。
しかし、本人はそれを謙遜していて、またそれも人気の一つなのだと思う。
そんな塩谷くんがこの前三年生に告白されているところを、私は見てしまったのだ。
はなちゃんが言う通り、ごめんなさい、と、即答かつあっさりと断っていた。
勉強以外のことをあまり考えたくないので、と、微笑を浮かべてから、頭を下げ、自らその場を去っていく姿は、もはや見ている私からすると清々しさを感じるものだった。
苦笑いでさえ様になる顔。そんな完璧すぎる塩谷くんに圧倒されたのか、その先輩は、しばらくその場から動けなくなっていた。
私はその話をはなちゃんにしてみると、はなちゃんも同じように驚いていた。
「塩谷くん、すごいね。高嶺の花って、多分こういうことなんだろうね」
「そんな人が教室にいるとか、もう私たちどうすれば…?」
ふと、塩谷くんの方を見てみる。本を読んでいるようだった。
せっかく同じクラスなのに、私は塩谷くんとなかなか話せずにいた。
一度くらいはちゃんと話してみたいな、と思う私に、とあるチャンスがやってきた。
自習の授業、私は難問の壁に直面した。
何度も視点を変えて挑戦してみても、なかなか解くことができない。
放課後、はなちゃんに聞いてみたものの、はなちゃんも解くことができなかった。
本当なら先生に聞きたいところだが、今は会議中。仕方ない、明日先生に聞いてみよう、と思ったときだった。
「ひより、塩谷くんに聞いてみたら?」
…え、え?
瞬間的に、塩谷くんの方を向いてしまった。
確かに、まだ教室にいたんだ。でもいきなり…。
「ん?…何か僕のこと言った?」
「あ、ごめん…!」
「ちょっと、ひより!聞いてみたらいいじゃん、ね」
はなちゃんに強引に背中を押され、私は塩谷くんのもとへ小走りで向かった。
「あの、この問題がどうしてもわからなくて、もしよかったら教えてくれないかなって…」
突然ごめんね…。私は罪悪感に駆られていた。
しかし、あ、それ、と、なぜか塩谷くんは私の問題集を指差した。
「僕もおんなじ問題集使ってるよ。その問題、僕でよければ」
にこ、と微笑む顔に気を取られていたが、確かに塩谷くんの手には、同じ問題集が握られていた。
「本当に、いいの?大丈夫…?」
「うん。僕のおすすめスポットで教えてあげようじゃあないか〜」
塩谷くんは、そう言いながら早速リュックを背負った。
おすすめスポットはありがたいけれど、わざわざ学校を出る理由がわからなくて、私はこう言ってしまった。
「学校の図書室とか、そういう所でも大丈夫だよ…?」
「ううん」
塩谷くんが、私の目を見て、すぐに言った。
「僕が迷惑かけたら嫌だから」
…気がついた。
塩谷くんは影響力のある人だから、きっと、一緒にいるところを騒がれないようにしてくれたのだ。
塩谷くんは、いつも周りのことを見て動いていて、とても尊敬できる。
どうしてこんなに完璧なんだろう。
「そろそろ行くけど、富田さんは大丈夫?」
そうだ!はなちゃん…!
「はなちゃん、ど、どうしよ…」
「ひより!!」
私のことは大丈夫だから、行ってらっしゃ〜い!
そんなメッセージが、視線に乗って伝わってきた。
はなちゃん、何かを勘違いしている気もするけれど…。
さ、行こう、と塩谷くんが教師を出ようとしたので、私も急いでその後に続いた。
なんだか、不思議な一日になりそうだ。
「三条さん、決まった?」
そして、私たちが今いるのは喫茶店。塩谷くんのお気に入りの場所は、どうやらここらしい。
高校生は私たちしかいないようだ。安心するような、少し緊張するような。
「うん。ミルクセーキにしようかな」
いつもはコーヒーを頼むのに、なぜかミルクセーキを頼んでしまった。
あれ、私、なんかしっかり緊張してるんじゃ…?
「じゃあ、僕はレモネードで」
塩谷くん、レモネードなんだ。もしかして、コーヒーとか苦手なのかな。学校でも、コーヒーを飲んでいるのは見たことがない。少し可愛らしいと思った。
飲み物が届くと、私たちはすぐに勉強を始めた。
するりと伸びて私の問題集をなぞる指先が宝石のようだった。
見惚れそうになるときもあったけれど、そんなことよりも問題の解説が本当に上手で。
自分ではあれだけ悩んだ問題が、塩谷くんの説明ですんなりとわかってしまった。
これが、校内一かっこいいと言われる人。
「三条さん、頭良いからさ。僕なんかの説明でわかってくれるかな」
「そんな、すっごくわかりやすかった…!塩谷くん、すごいよ!」
ありがと、と微笑む顔を見て、私は自分の気持ちに確信を持ってしまった。
好きだ。
きっと、私はこの人のことが、ずっと前から好きだったんだ。
勢いでミルクセーキを飲んだ。
今までで一番甘く感じた。舌に強く余韻が残った。
せっかくだからあと何問か教えるよ、と言ってくれたので、気になっていた問題を解説してもらった。
「塩谷くん、なんでここに連れてきてまでたくさん問題教えてくれたの?」
そろそろ帰る雰囲気の中、私は質問した。
「それは、三条さんがちゃんと勉強する人だってわかってるから」
塩谷くんは、問題集をしまいながら、私にそう言った。
「ちゃんと、勉強…?」
「うん。ちゃんと勉強する人」
そんな考えなくても、と、塩谷くんが吹き出すように笑った。
「僕、ちゃんと勉強するつもりじゃない人に問題教えてほしいって言われたとき、全部断るの」
だからだよ、と言う、いつもより無邪気なその顔に、どこか期待している自分がいたことを気付かされた。
私、恋をしたんだ。
でも、この恋は、あと一口、この甘い甘いミルクセーキを飲んだら終わってしまう。
私は、塩谷くんにとって、ずっと「ちゃんと勉強する人」でありたいから。
それでも、たまには、君に話しかけてもいいだろうか。
「また、わからない問題があったら聞いてもいいですか…?」
帰り道、私は塩谷くんにそう訊ねた。
「僕も、また喫茶店で勉強したくなったら、三条さん誘ってもいいですか?」
し、質問返し…!
「…うん。一緒に、勉強頑張ろうね」
なんか、変になっちゃったかな。
「うん!じゃあ、また明日」
塩谷くんは、最後まで爽やかだった。
一度、この想いには蓋をしよう。
でも、またあの喫茶店で、ミルクセーキを飲んだら。
その甘さと感情の記憶が、パブロフの犬のように、一瞬で溢れ出してしまうに違いない。
そう思った日があった。
運動もできて、勉強もできて、そんな完璧な君のことを、私は好きになってしまった。
あたたかな日差しが降り注ぐ日のことだった。
卒業シーズンで盛り上がる校内と一線を画し、特進クラスの教室は凛とした空気が漂っていた。
そんな特進クラスにも少しロマンスはやってくるようで、普段よりはそわそわとした雰囲気だった。
「ねえ、ひより。もうすぐ三年生卒業だねー」
休み時間に問題集を解いていた私のもとに、友達のはなちゃんが話しかけてきた。
「うん。なんかみんなそわそわしてる感じじゃない?」
「確かに。告白する人とかいるみたいだよ」
告白、か。恋愛に興味のない私には程遠いなあ…。
それでも教室には、恋愛の話で盛り上がっている子たちがたくさんいた。
みんなそんなに恋を楽しんでいるんだなあ、と勝手に感じる。
すると、はなちゃんが、
「そういえばさ、塩谷くん、三年生の先輩に告白されたんだって!でもあっさり断ったって聞いたな」
「あ、それ…」
それ、私見ちゃったんだ。
塩谷くんは、私たちと同じ特進クラスだ。文武両道で才色兼備、性格の良さもあり、校内で一番かっこいいと言われている。
しかし、本人はそれを謙遜していて、またそれも人気の一つなのだと思う。
そんな塩谷くんがこの前三年生に告白されているところを、私は見てしまったのだ。
はなちゃんが言う通り、ごめんなさい、と、即答かつあっさりと断っていた。
勉強以外のことをあまり考えたくないので、と、微笑を浮かべてから、頭を下げ、自らその場を去っていく姿は、もはや見ている私からすると清々しさを感じるものだった。
苦笑いでさえ様になる顔。そんな完璧すぎる塩谷くんに圧倒されたのか、その先輩は、しばらくその場から動けなくなっていた。
私はその話をはなちゃんにしてみると、はなちゃんも同じように驚いていた。
「塩谷くん、すごいね。高嶺の花って、多分こういうことなんだろうね」
「そんな人が教室にいるとか、もう私たちどうすれば…?」
ふと、塩谷くんの方を見てみる。本を読んでいるようだった。
せっかく同じクラスなのに、私は塩谷くんとなかなか話せずにいた。
一度くらいはちゃんと話してみたいな、と思う私に、とあるチャンスがやってきた。
自習の授業、私は難問の壁に直面した。
何度も視点を変えて挑戦してみても、なかなか解くことができない。
放課後、はなちゃんに聞いてみたものの、はなちゃんも解くことができなかった。
本当なら先生に聞きたいところだが、今は会議中。仕方ない、明日先生に聞いてみよう、と思ったときだった。
「ひより、塩谷くんに聞いてみたら?」
…え、え?
瞬間的に、塩谷くんの方を向いてしまった。
確かに、まだ教室にいたんだ。でもいきなり…。
「ん?…何か僕のこと言った?」
「あ、ごめん…!」
「ちょっと、ひより!聞いてみたらいいじゃん、ね」
はなちゃんに強引に背中を押され、私は塩谷くんのもとへ小走りで向かった。
「あの、この問題がどうしてもわからなくて、もしよかったら教えてくれないかなって…」
突然ごめんね…。私は罪悪感に駆られていた。
しかし、あ、それ、と、なぜか塩谷くんは私の問題集を指差した。
「僕もおんなじ問題集使ってるよ。その問題、僕でよければ」
にこ、と微笑む顔に気を取られていたが、確かに塩谷くんの手には、同じ問題集が握られていた。
「本当に、いいの?大丈夫…?」
「うん。僕のおすすめスポットで教えてあげようじゃあないか〜」
塩谷くんは、そう言いながら早速リュックを背負った。
おすすめスポットはありがたいけれど、わざわざ学校を出る理由がわからなくて、私はこう言ってしまった。
「学校の図書室とか、そういう所でも大丈夫だよ…?」
「ううん」
塩谷くんが、私の目を見て、すぐに言った。
「僕が迷惑かけたら嫌だから」
…気がついた。
塩谷くんは影響力のある人だから、きっと、一緒にいるところを騒がれないようにしてくれたのだ。
塩谷くんは、いつも周りのことを見て動いていて、とても尊敬できる。
どうしてこんなに完璧なんだろう。
「そろそろ行くけど、富田さんは大丈夫?」
そうだ!はなちゃん…!
「はなちゃん、ど、どうしよ…」
「ひより!!」
私のことは大丈夫だから、行ってらっしゃ〜い!
そんなメッセージが、視線に乗って伝わってきた。
はなちゃん、何かを勘違いしている気もするけれど…。
さ、行こう、と塩谷くんが教師を出ようとしたので、私も急いでその後に続いた。
なんだか、不思議な一日になりそうだ。
「三条さん、決まった?」
そして、私たちが今いるのは喫茶店。塩谷くんのお気に入りの場所は、どうやらここらしい。
高校生は私たちしかいないようだ。安心するような、少し緊張するような。
「うん。ミルクセーキにしようかな」
いつもはコーヒーを頼むのに、なぜかミルクセーキを頼んでしまった。
あれ、私、なんかしっかり緊張してるんじゃ…?
「じゃあ、僕はレモネードで」
塩谷くん、レモネードなんだ。もしかして、コーヒーとか苦手なのかな。学校でも、コーヒーを飲んでいるのは見たことがない。少し可愛らしいと思った。
飲み物が届くと、私たちはすぐに勉強を始めた。
するりと伸びて私の問題集をなぞる指先が宝石のようだった。
見惚れそうになるときもあったけれど、そんなことよりも問題の解説が本当に上手で。
自分ではあれだけ悩んだ問題が、塩谷くんの説明ですんなりとわかってしまった。
これが、校内一かっこいいと言われる人。
「三条さん、頭良いからさ。僕なんかの説明でわかってくれるかな」
「そんな、すっごくわかりやすかった…!塩谷くん、すごいよ!」
ありがと、と微笑む顔を見て、私は自分の気持ちに確信を持ってしまった。
好きだ。
きっと、私はこの人のことが、ずっと前から好きだったんだ。
勢いでミルクセーキを飲んだ。
今までで一番甘く感じた。舌に強く余韻が残った。
せっかくだからあと何問か教えるよ、と言ってくれたので、気になっていた問題を解説してもらった。
「塩谷くん、なんでここに連れてきてまでたくさん問題教えてくれたの?」
そろそろ帰る雰囲気の中、私は質問した。
「それは、三条さんがちゃんと勉強する人だってわかってるから」
塩谷くんは、問題集をしまいながら、私にそう言った。
「ちゃんと、勉強…?」
「うん。ちゃんと勉強する人」
そんな考えなくても、と、塩谷くんが吹き出すように笑った。
「僕、ちゃんと勉強するつもりじゃない人に問題教えてほしいって言われたとき、全部断るの」
だからだよ、と言う、いつもより無邪気なその顔に、どこか期待している自分がいたことを気付かされた。
私、恋をしたんだ。
でも、この恋は、あと一口、この甘い甘いミルクセーキを飲んだら終わってしまう。
私は、塩谷くんにとって、ずっと「ちゃんと勉強する人」でありたいから。
それでも、たまには、君に話しかけてもいいだろうか。
「また、わからない問題があったら聞いてもいいですか…?」
帰り道、私は塩谷くんにそう訊ねた。
「僕も、また喫茶店で勉強したくなったら、三条さん誘ってもいいですか?」
し、質問返し…!
「…うん。一緒に、勉強頑張ろうね」
なんか、変になっちゃったかな。
「うん!じゃあ、また明日」
塩谷くんは、最後まで爽やかだった。
一度、この想いには蓋をしよう。
でも、またあの喫茶店で、ミルクセーキを飲んだら。
その甘さと感情の記憶が、パブロフの犬のように、一瞬で溢れ出してしまうに違いない。



